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3/3

日々は長くても、歳月はあっという間。

カリーは今や一歳。乳児期の最も危険な時期を乗り越え、皆が思っていたよりも長く生き延びた。


この一年は笑いと笑顔に満ちていた。成長するにつれて、家族の不安も少しずつ和らいでいった。カリーは「ママ」、「ダダ」、「イッジー」と言えるようになったが、なぜか「サイ(サイモン)」だけは言わなかった。


「ほら、もうちょっとで言えるよ!ダダのところにおいで~」


フィンレイはこの日、仕事が休みだった。休みの日の彼は厳格な衛兵ではなく、ただの娘にメロメロな父親だった。


カリーはよちよち歩きで、足を一歩ずつ前に出してフィンレイのもとへ向かった。


「よし、いい子だ!」


彼は笑顔で彼女を抱きしめた。


家の中は、涎を垂らしながら這い回る小さな怪獣で賑やかだった。子どもがいるということは、常に彼女が何かやらかさないよう目を光らせなければならないということだった。火や、誤飲しそうなものへの好奇心は計り知れなかった。


ある日、カリーはフィンレイの短剣を見つけてしまった。


「うわっ!カリー、何してるんだ?!」


幸いにも、カイリーが即座に反応した。母親の反射神経を侮ってはならない。


当然、彼は不注意だと叱られ


その年、サイモンは正式に学校に通い始めた。彼自身、学校にあまり興味がなかった。習うのは読み書きと算術の基礎程度だった。ただ、歴史には関心があった—だが、それはイズキエルの年齢になってから習う内容だった。


学校は退屈だった。


エルフたちは自然と共に生きており、正式な学校や教育制度は存在しなかった。だから、彼はイズキエルが通っていた町外れの小さな校舎に通うことになった。


「どうしてエルフたちは学校に行かなくていいの?」と彼はカイリーに聞いたことがある。


「私たちの一族は、子どもを共同体として育てるの。個別に、あるいは集団で教えるの。魔法の授業もそうだったでしょ?」と彼女は答えた。


サイモンは最初、学校が好きではなかった。一年が経っても、カトリオナとユアン以外には友達ができなかった。


彼らは、例の魔法授業の事件の後に仲良くなった。魔法が使えないことで、他の子供たちに比べて劣等感を抱いていたことが共通点だった。


カトリオナは二歳年上で、ユアンは一年下だった。


村は共同体として機能していたが、良い点と悪い点があった。サイモンと同年代の子どもたちは村の手伝いをすることが求められ、彼は平原で薬草を集める役を任された。


だがある日、彼らは川辺の近くまで来てしまった。


「ユアン、ここは大人がいないと来ちゃダメな場所だよ…」


「大丈夫だよ、カトリオナ。父さんがサイにこの辺を案内しろって言ったんだ。言われた通りにしてるだけさ!」


彼は鼻を高くして言ったが、カトリオナは指で彼の鼻をつまんだ。


「イテテ!やめろよ!」


サイモンはこの二人が好きだった。彼らは他のエルフと違っていた。エルフたちが悪いというわけではなかったが、サイモンのような人間の子どもにとっては、自分が“外れ者”であることを痛感する一年だった。


「見てよ、これ!」とユアンが元気よく叫んだ。


「わあ、うんちだ!」サイモンが笑顔で言った。


「…男子ってほんとに…」カトリオナは呆れたように目を転がした。


「ただのうんちじゃないぞ!もしかしたらケルピーのうんちかもしれない!」


彼は枝でそれを突いた。


「ケルピー?」サイモンはユアンの隣でしゃがんだ。


「そう、馬みたいなやつだけど、ビチャビチャなんだ!」


「…何それ?」


「うーん、うまく説明できないけど…ケルピーは湖や川に住んでて、たてがみが海藻みたいで、目がすっごくキラキラしてる!で、背中に乗ると水の底に引きずり込まれるんだって!」


「ぎゃーっ!怖い話はやめてってば!」カトリオナは枝で彼を叩いた。


「もう、さっさと薬草だけ集めて帰ろう。」


そのとき、水面が波打った。


「!?」

川から大きな馬のような生き物が現れた。そのたてがみは海藻で、黒く濡れた肌は油のように光っていた。


「ヒヒィーーーン…」


「うおお、カッコいい!」


ユアンは大はしゃぎだった。


カトリオナはユアンの腕を引っ張った。


「行こうよ。あれは危険だよ。」


「背中に乗らなければ大丈夫だって!危なくなんてな…」


だがその間に、サイモンの目は緑の川のように光り、ぼーっとしながらケルピーに近づいていた。


「ちょ、待って、二人とも何してんの?! 大人に言いつけるよ!」


「告げ口ばっかりして~大丈夫だって、ただの馬だよ。」


ユアンは気にせずついて行った。


「ベーッ!」


カトリオナは舌を出して走り去った。


サイモンはケルピーのたてがみに手を伸ばした。


「本当に怖くないんだな、サイ!ケルピーって本当にいたんだな!マジすげぇ!」


ユアンはその周りをぐるぐる回って観察した。


「フゥウウウ…」


ケルピーは口笛のような風の音を奏でた。


その音に魅了されたサイモンは、ケルピーの背に登ろうとした。


「おいおい、やめとけって!」


ユアンは彼の足を引っ張った。


「えっ…なにして…」サイモンの瞳が元に戻った。


「ヒヒィィィン!」


ケルピーが立ち上がり、ユアンに向かって突進した。


「危ない!」


その瞬間、サイモンはユアンを突き飛ばした。


だがケルピーはサイモンを頭で跳ね上げ、自らの背に乗せた。


「サイモン!」


「えっ?」

ケルピーは水へとゆっくり沈んでいく。


サイモンは動けなかった。馬の背に逆さまに乗ったまま、水の中に沈んでいった。


視界は水で満たされ、息もできない。


死ぬのかな

死んじゃうのかな

もうだめかも


父さん、兄さん、新しい妹と母さん…


何もかもが頭の中を駆け巡った。


視界が暗くなっていく――


ブワッ!


誰かが彼の襟を掴んで、水中から引き上げた。


「サイモン、大丈夫か?」


父だった。


「えっ…うん…」彼はうなずいた。


「ヒヒィィィン!」


水面から馬が現れた。目がサイモンを睨んでいる。


フィンレイは剣を抜いた。


「下がってろ、サイモン。」


その剣は普通の鉄の剣だったが、彼が持つと妙に威厳を放っていた。


距離があったにもかかわらず、フィンレイの剣からはバチバチと音が鳴った。剣の形が変化し、先端が細く、根本が太くなった。


「何だそれ?! 遠すぎるって!」


ユアンが叫ぶが、次の瞬間:


ドォン!


という音とともに、剣がケルピーに命中。


「ヒヒン!」

ケルピーは退却し、水の中へと姿を消した。


「ふぅ…」


剣は元に戻った。


「二人とも無事か?」


サイモンは父に駆け寄り、抱きついた。


「怖かったよ…」


「分かってる。」


フィンレイは彼の目線までしゃがんだ。


ゴチン!


「イテテ!」


彼は額をこすった。


「カトリオナを心配させて、勝手なことして…罰だ。」


「早めに仕事が終わってこっちに来てよかったよ。カトリオナにちゃんとお礼言うんだぞ。」


彼はユアンを見た。


「それと…君の父さんにも報告するからな。」


「は、はい…」ユアンは肩を落とした。


「よし、じゃあ村に戻ろうか。」


こうして、死にかけた体験は終わった。


だが――


「ねえ父さん!さっきの剣のビヨーンってやつ、あれ超かっこよかった!」


フィンレイは眉を上げた。


「剣術には興味なかったんじゃないのか?」


「だってあんなかっこいい技があるなんて知らなかったもん!魔法はできないけど、あれならできるかも!」


フィンレイはサイモンの頭を撫でた。


「教えてやるよ。ただし、しばらく忙しくなる。町に外国人が増えてきてるんだ。時間ができたら、イズキエルと一緒に教えてやる。」


「うん、楽しみにしてる!」


「じゃあ、その薬草届けに行こうか。」


「…あの、フィリップスさん…足元見てください…」


ユアンが指を差す。


「…ああっ、全部踏んじゃった!」

X915年 夏


「はぁ……はぁ……痛い……はぁ……もうムリ……」

シモンは夏の暑さの中、頭から足まで汗びっしょりだった。


「でもよく頑張ってるよ、シィ」

フィンレイは木剣を肩に担ぎながら言った。


「ばっか言って! 手首がゼリーみたいになってるよ!」

シモンは大げさに手をぶんぶん振った。


「つまり、それだけ進歩してるってことだ。ゼリーを感じろ!」


「それ、意味わかんないよ!」


シモンは今、六歳半。剣術の稽古を始めたばかりだった。


「イジーはお前と同じ年でトール流を始めた。お前もオレの血を引いてるんだ、いずれは覚えるさ」

フィンレイがニヤリと笑う。


「父さんと兄さんは人間じゃないよ…」

シモンは草の上にバタンと倒れ込んだ。今日は家族で草原にピクニックに来ていた。


「お兄ちゃんシィ! お水つくったよー!」

小さな赤毛のカリーが満面の笑顔で近づいてきた。


「おお、ありがとう…」


彼女から水の入ったカップを受け取る。


「……これ、魔法で作ったの?」


カリーは誇らしげにこくんと頷く。

「うんっ! ママが手伝ってくれた!」


カイリーが三歳のカリーに水と土の簡単な魔法を教えていたのだ。水を出したり、土を丸めたり。

シモンには複雑だった。どれだけ頑張っても魔法が使えないのに、妹はもう魔法を操っていた。兄のイゼキアルは十歳になり、町で本格的な剣の稽古を受けている。


――置いていかれてる。


そんな想いを抱えながら、水を一口飲んだ。

味は……土。


とはいえ、妹の可愛い笑顔に嘘はつけなかった。

「んっ……お、おいしいね…」


「ほんと!? よかった~!」

カリーの耳がピコピコ動いた。嬉しいときの癖だ。


「……」


「どうしたの?」

首をかしげるカリー。


「ううん、なんでもないよ」


すると彼女はくるりと父親を向いて言った。

「パパがシィを怒らせたの! パパ、ごめんなさいして!」


「な、なんで俺!?」


フィンレイは自分を指さし慌てた。


「パパのせいじゃないよ」

シモンは立ち上がり、妹の髪をくしゃっと撫でた。

「ちょっと疲れただけ」


「ふーん、ならいいけど~」


三人は木陰で休むカイリーのもとへ戻った。


「今日はよく頑張ったね、シモン。ほんと、よくやったわ」

カイリーがそっと水の入った別のカップを手渡す。妹が見ていない隙に。


「いつもありがとうございます、ミス・カイリー」

その水はまるで氷山から汲んだかのように冷たくておいしかった。


「パパ、あの“シュパーン!”ってなって、“ドカン!”ってやつ、なに?」

カリーがキラキラした目で聞いた。


「お、興味あるのか?」

フィンレイはにやり。小さな娘の興味に満更でもない様子。


「それはな、トール流って言うんだ。うちのフィリップス家に代々伝わる技だ」


「とーるりゅー? かっこいいね!」


「だろ? すっごくカッコいいぞ!」

フィンレイは嬉しそうに腰を落とす。


「トール流はな、鞭の動きと似てるんだ」

彼は手首をしならせる動きを見せた。


「鞭って、太い根元から動きが伝わって、先っぽで“パーン!”ってなるだろ?」


「えっと、それって…運動連鎖ってやつ?」


「正解!」


「お兄ちゃん、すごーい!」

カリーはシモンの胸に頭を預けて、嬉しそうに耳を動かした。


「すごくないよ…父さんに殴られながら覚えたもん…」


「何か言ったか?」


「い、いえ、なにも…」


フィンレイはにやりと笑った。


「まぁ、簡単に言えば、手首をうまく動かすことで空気を切って攻撃する技だ。音速を超えるんだよ」


「おぉぉ~」


カリーの頭がクラクラしはじめた。


「簡単に言えば、“ビュンッ”ってやると“ドカン”ってなる!」


「この剣、見てみ? でかくなるんだ」


「さわっちゃダメだって!」

娘の手を慌てて避けた。


フィンレイの剣は一見普通のロングソードに見えるが、ギア機構が内蔵されており、ボタンで刃を伸縮できる。


「イゼキアルお兄ちゃんもトール流できるの?」


「ああ、あいつは剣術の才能があるからな。完全にオレ似だ」


「……いいなぁ」

シモンがぽつり。


「ふてくされんなよ、お前だってこれからだ。お前の中にもフィリップスの血が流れてるんだからな!」


「……しょーもない町の警備兵になれるってことか」


「おい、それはちょっと傷つくぞ」

人の人生において、五歳、十歳、十五歳の誕生日は大きな節目だ。


今日はイゼキアルの十歳の誕生日だった。


誕生日は笑いと笑顔とちょっと気まずい歌に包まれる楽しい日。しかし、イゼキアルのような人にプレゼントを選ぶのは少し難しかった。村に住んで何年も経つのに、彼はまだフィリップス兄妹やカイリーにとって、どう接すればいいのかよく分からない存在だった。


イゼキアルは普段からむっつりしていて、十歳とは思えないほど中年くさい。


「ママ、わたしもえらびたいー!」

カリーが母親の足にしがみついた。


「ごめんね…それはまだ早いわ。もう少し大きくなってからね?」


カリーはむすっと顔をしかめて、悔しそうにした。


カイリーはそんな彼女の頭を優しく撫でた。


「あなたの代わりに、ママがいいのを選んであげるから」


「やだ!それじゃだめなのー!」

カリーはぷいっと怒ってその場を去った。


「……」


カイリーはため息をついてからシモンを見た。


「ちょっとの間、カリーのことお願いしてもいい?」


「もちろん! ぼく、がんばるよ!」

彼は親指を立てて答えた。


「はぁ~、ほんといい子ね、シィ」

そう言って、カイリーは彼のおでこに大きなチューをした。


「うわっ、カリーの前ではやめてよ! かっこよくいたいんだから!」


「はいはい、それじゃ行ってくるわね。お父さんも捕まえてくるから――家、燃やさないでよ?」


そう言って、彼女は手を振りながら玄関のドアを閉めた。


シモンはカリーを探しに行き、彼女の部屋でおもちゃ箱をひっくり返しているのを見つけた。


「お兄ちゃんにおもちゃをプレゼントするつもり?」

シモンがドアにもたれながら言った。


「ちがう」


「じゃあ何してるの?」


「かんがえちゅー…」

カリーはそのままゴソゴソとおもちゃ箱を漁った。


やがて、彼女は一体の人形を取り出した。青いサンドレスに赤い髪、ツインテールの女の子の人形だった。


「これ、つくりたい」


「ん? 人形?」


「ちがう。んー…おうちのこと、思い出せるようなやつ」


シモンは首をかしげた。


「でも十歳の男の子が人形もらって嬉しいかなあ…」

そう言いかけて手を振る。


「んぅ…」

彼女は唇をかみしめ、今にも泣きそうだった。


「あーっ! 泣かないで! きっと彼も君からのプレゼントなら喜ぶよ! 村一番かわいい女の子なんだからさ!」


「ほ、ほんとー?」


「もちろん! ぼくなら君がくれるもの全部嬉しいよ!」


「どろだんごも?」


「とくにどろだんご!」


そして、制作が始まった。


「でも、どうやって人形作るの? 縫い物できないでしょ?」


「……」


「……」

「うわーん」

また泣きそうになる。


「まってまってまって! 泣かないで! 人形って魔法で作る方法もあるよ! ミス・モイラが土の魔法で人形作ってた!」


「さっすが! お兄ちゃん、あたまいいー!」


「よし、モイラさんに会いに行こう!」


カイリーは小さなギフトボックスといくつかの袋を手に持って帰宅した。


「はぁ、イゼキアルが帰ってくる前に戻れてよかったわ…」


一緒にいたのはフィンレイ。ここ一年で、彼はさらに引き締まった体つきになっていた。家族がいるからといって気を抜く男ではない。彼は今でも強くあろうとしていた。その筋肉はメロンのように大きく、岩のように硬かった。


「よぉっ!」と彼は陽気に言った。


「シーッ!カリーが寝てるのよ!」


「ああ、すまん!ただ、今日は長い一日だったし、可愛い子供たちに会えると思ったら興奮しちゃってさ!悪くないだろ?」


「イジーには何を買ったの?」


「それは本人が来るまでのお楽しみだ」彼は胸を張って言った。


背中には布に包まれた長い物が。


「剣だ!」


「うっ、なんで分かった!?」


リビングに、目をこすりながらカリーが入ってきた。


「ん…パパ?」


「見てみろ、声が大きいから起きちゃったじゃないか」とカイリーは彼の腹をぺちんと叩いた。


「えっ、剣?」


「また君まで!?そんなに分かりやすかったか?はぁ…」彼は剣をテーブルの上に置いた。


「私は飾り付け始めるわね…」カイリーは少し緊張した様子でつぶやいた。


「気に入ってくれるといいけど…」と静かに言った。


「大丈夫さ。君の気持ちはちゃんと伝わるって!」彼は親指を立てて応えた。


それで少しだけ彼女の不安が和らいだ。


そのとき、玄関のドアが開いた。


イゼキアルが入ってきた。


まだ飾り付けはできていなかった。


「サ、サプラーイズ…?」


「ああ、今日だったか」彼は淡々とした声で言った。


フィンレイはイゼキアルの肩に腕をかけた。


「なあ、少しは喜んでくれよ。ついに二桁だぞ!10歳だ!それって、さすがのお前にとっても意味あるだろ?」


「お父さん、酒でも飲んでる?口臭がひどいよ」


フィンレイは一歩下がって、口元を押さえた。


くんくん…


「うわっ…歯磨いたはずなんだけどなぁ…」


フィンレイは気を取り直して言った。


「よし!じゃあパーティーの始まりだ!」


こうして、イゼキアルの10歳の誕生日が始まった。


友達はあまり…いや、全くいなかったので、招待する相手もいなかった。


確かに彼にはファンクラブのような女の子たちはいたが、誕生日パーティーに呼ぶようなタイプではない。


プレゼントの時間がやってきた。


「一ヶ月分の給料を使ったぞ」


「ごめん、そういう意味じゃないけど…」


「違う違う!指輪とかじゃないんだ!ほら、見てみろ!」


フィンレイは布に包まれた長物を差し出した。


「剣か」


「そうそう…やっぱり当てたか」フィンレイは両手を上げた。「君たちはほんと、面白みがないなぁ」


イゼキアルは布を取った。中には見事な剣があった。刃は鋭く、銀色に光り、柄には蛇がライオンに巻き付いている紋章が彫られていた。


「うわぁ、綺麗…あれは何?」とカリーが指を差した。


「それは家の紋章さ。カッコいいだろ?」フィンレイは誇らしげに言った。「トール流を習得した者にだけ渡される家宝なんだ。イジーはよく頑張ったから、渡すにふさわしい」


「……お兄ちゃん、これ…作ったの」カリーは恥ずかしそうに人形を差し出した。


「ん?」彼はそれを受け取った。


「…ありがと」と、どこか空っぽな笑顔で言った。


カリーはその微妙な空気に気づいていない。


イゼキアルは彼女の頭を優しく撫でた——これは彼にしては珍しい行動だった。


「それと、これも。大したものじゃないけど、あなたに似合うと思って」とカイリーが小さな箱を差し出した。


箱の中には赤いネクタイのリボンが入っていた。


「ありがとう、カイリー」


彼はそれを胸に当て、また同じ笑顔を浮かべた。


イゼキアルはサイモンの方を見て手を差し出した。


「えっ?」


サイモンは気づくまでに数秒かかった。


「あっ、やば!プレゼント用意してなかった!カリー手伝ってたら時間が…!」


「お人形は、お兄ちゃんとわたしからなの!」とカリーが割って入った。


「そうか…じゃあ、ありがとう、サイモン」


「う、うるさいな!べ、別に…」サイモンは腕を組んで照れ隠しした。


「もう一つあるんだ、イジー。ちょっと座れ」


フィンレイは彼をダイニングの椅子に座らせた。


「またサプライズか?」


「まあな。トール流をある程度習得したら、教師から“編み込み”を授かるんだ。俺のこれみたいにな」


彼は息子の髪を編み始めた。


イゼキアルの髪は赤茶色で、父親とそっくりだった。こうして並ぶと、親子のつながりがよく分かった。


サイモンは少し寂しさを覚えた。


彼の髪は母親譲りだとよく言われるが、比べる親がいなかった。カリーには父の髪と母の目や鼻があった。


「よし、完成だ」


10歳のイゼキアル。ついに“戦士の編み込み”を得たのだった。


「かっこいい…!」


「父さん、編み込みなんてできたんだ」


「それしかできないけどな。いいだろ?」


「ちょっとキツいけど、まあ悪くない」


「君は本当に褒めることを知らんな…」


「褒めるべきことがあれば、褒めるさ」


「手厳しいねぇ」


「まあまあ、仲良くしてちょうだい。今日は特別な日なんだから」とカイリー。


彼女はフィンレイの腕にそっと抱きついた。


「父と息子の冗談だよ。心配ないさ」


それでも彼女はむすっとしていた。


「冗談でも、家族喧嘩は好きじゃないの…」


「おお、可愛い妻がすねちゃってる〜!もう、たまらんな〜!よし、イジー!これから仲良くしような!」


彼は浮かれ気味だった。カイリーが絡むと、彼は理性を失いがちだった。


「ケーキは?」とカリーが母のズボンを引っ張った。


「そうだったわね。忘れてた」


カイリーはキッチンからケーキを持ってきた。


「うまそ~」とフィンレイが手を伸ばした瞬間、


パシッ!


「マナーくらい守りなさいよ!カリーよりひどいわよ!」


彼女はナイフを手に取り、ケーキを切り分け始めた。


大きくも派手でもないが、温かみのあるケーキだった。


「はちみつケーキにしたけど、大丈夫かしら?甘いの苦手ってお父さん言ってたし…」


「大丈夫。きっと美味しいよ」とイゼキアルは静かに頷いた。


家族みんなでテーブルに座り、食卓を囲んだ。


だが、その中にほんのわずかな緊張感が流れていた。


「カリー、そんなに早く食べたらダメよ。夕食が入らなくなるでしょ」


キッチンからは夕食の香りが漂っていた。


彼女が用意した料理はテーブルいっぱいに広がっていた。


コルカノン、フィッシュパイ、ピースプディング、クランナカン…


「ちょっと作りすぎじゃない?」とフィンレイ。


「だって、作り始めたら止まらなくて…」カイリーは肩を落とした。


「落ち込むなって!子どもたちは成長期だし、全部食べてくれるさな?子どもたち!」


「__」「---」「……」


「子どもたち?」


「は、はい!」とサイモンとカリーが拳を挙げて答えた。


「…はい」イゼキアルもぼそっと言った。


こうして、壮絶な食べ過ぎ物語が始まった——そしてこれは、代々語り継がれることになるのであった


カリーは食べすぎで昏睡状態に陥り、枕に涎を垂らしていた。両親がそっと部屋を覗き込み、静かにドアを閉めた。


その夜、フィンレイとカイリーは珍しく町へデートに出かけていた。最近はなかなか時間が取れなかったフィンレイだったが、息子の誕生日を口実にして——いや、うまく利用して——妻との貴重な時間を楽しもうとしていた。


庭では、イゼキアルが月明かりの下、新しい剣を流れるような動きで振っていた。サイモンはその様子を眺めていたが、自身も食べすぎの副作用に苦しんでいた。


彼は大きくあくびをした。


「そんなに眠いなら寝ろよ、サイモン」


「でも、お兄ちゃんが“シュッ”とか“バシッ”てするの見たいもん!」


イゼキアルは剣を収めて、動きを止めた。


「また今度、いくらでも見せてやるよ」


「ん〜…いつもそう言うけど、最近あんまり一緒にいないじゃん。いつも訓練か勉強ばっかで、僕とかカリーとは遊んでくれないし…」


彼の言葉には一理あった。イゼキアルは元々ひとりでいるのが好きなタイプだったが、最近は特に距離を置くようになっていた。


イゼキアルは近づいてきて、サイモンのおでこを軽くはじいた。


「いてっ!なにすんのさ!」


「さっさと寝ろ。明日ちゃんと見せてやるから」


彼は微かに笑った。


「うぅ…わかったよ…」


サイモンは立ち上がり、家の中へと戻っていった。ドアが静かに閉まった。


「おやすみ、兄ちゃん」

「おやすみ、サイモン」



しばらくして、サイモンは喉が渇いて目を覚ました。井戸から水を汲みに行って戻る途中、彼はイゼキアルがまだ庭にいるのを見かけた。


「おやすみ言いに行こうかな」と思い、彼はそっと近づいた——が、立ち止まった。


ドアのすき間から見えたのは、奇妙な光景だった。


イゼキアルが…怒っている?それとも、苦しんでいる?


「ぐっ…」と唸りながら、何かを足元で踏みつけていた。


庭はガス灯の明かりだけが頼りで、薄暗かった。だが目が慣れてくると、少しずつ状況が見えてきた。


そして、サイモンはそれを見た。


あの人形だった。


カリーが一生懸命作った、あの人形が。


それがイゼキアルの足元でぐしゃぐしゃにされ、彼は何度も何度も踏みつけていた。


サイモンは、あんな表情の兄を見たことがなかった。


怒りと苛立ちが混ざり合ったような、歪んだ顔——見ているだけで胃がキリキリと痛んだ。


なにが起きてるんだ?


どうして——どうして、カリーが一生懸命作った贈り物を、あんなふうに…?


「ん…お兄ちゃん?」


後ろから、小さな眠たそうな声が聞こえた。


パジャマ姿のカリーが、目をこすりながら立っていた。


「な、なんで起きてるの!?」とサイモンは慌てて聞いた。


「トイレに行きたくて…お兄ちゃん、まだ外にいるの?」


「あっ、えっと、うん。でも今は放っておこう。さ、戻って寝よ?」


「うん…」


サイモンはそっとカリーを促して寝室へ戻した。



彼が最後に見たのは、


イゼキアルが——


その人形を、土に埋めているところだった。


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