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「悪魔の誕生」

ようこそ『バウンドレス』の世界へ!

はじめまして!この物語を読んでくださってありがとうございます

これは私のオリジナルシリーズ『バウンドレス』のミニアークで、家族、アイデンティティ、そして大切な人との約束を描いたファンタジー成長譚です。


このアークでは、赤髪のハーフエルフの少女・カリーの誕生と、彼女を取り巻く不思議で心温まる物語が始まります。


私は日本語が話せませんが、『暗殺教室』や『魔法使いの嫁』のような作品に深く影響を受けており、少しでもそのような感動や魔法を届けられたら嬉しいです。


まだまだ勉強中で、未熟な点もあると思いますが、どうか温かく見守ってください。

心に残る、楽しくて感動的な物語を描いていきたいと思っています。


兄妹の絆、優しいファンタジー、そして心に沁みる瞬間が好きな方、

ぜひカリーの冒険を一緒に見守ってください


どうぞよろしくお願いします!


毎週金曜日の夜に新しい章を投稿します!

序章 ― 咆哮


年:????


場所:????


炎を纏った鳥が、戦場の空を翔けていた。


その翼は希望の象徴――戦火に染まる大地を、まるで覆い隠すように広げていた。


「ついに来たか……」

兵士の一人が、しゃがれた声で呟いた。


「ずいぶんと待たせやがって……」


その鳥の狙いは一つ――そびえ立つ巨人だった。


「スクリィィィ!!」


鳥が咆哮を上げると同時に、燃える糸が翼から放たれ、巨人の両腕に巻きつく。


羽ばたくたびに、巨人の身体がゆっくりと持ち上がっていく。


尾から吹き上がる炎が、巨人の身体を焼いた。


「ラアアアアッ!」


巨人が叫び、地面から巨大な岩の刃が突き上がる――


「チィッ、あの鳥、あんなでかいの持ち上げる気かよ……」

別の兵士が呆然と呟いた。


「隊長、命令を!」


「……撃ち落とせ」


隊長は、バリスタを指差して腕を振り上げる。


「撃てッ!」


矢が空を裂き、一本が鳥の首を貫いた。


「スクリィィィィ!!」


「よっしゃ! 見たか、野郎ども!」


だが、その歓声は長くは続かなかった。


空気が、変わった。


鳥から放たれていた炎の糸が、貫かれた矢を絡め取り、蛇のように蠢く――


そして、次の瞬間には、その場から完全に消えていた。


「な……なんだ今の……」

兵士は唇を噛みしめた。


「フェニックスの真の力か……あいつの注意を引いちまったな」


鳥はくちばしに自然の力を集めていた。


「構えろ、皆!」


「グラアアッ!!」


放たれようとしたその瞬間、巨人が尾を掴む。


フェニックスの放った一撃は軌道を外れ――


兵士たちの真上を逸れ、遠くの山を一撃で吹き飛ばした。


ドガァァァン!!


「た、助かった……ゴライアスが……」


男の足は震え、危うく漏らしそうになっていた。


それでもフェニックスは、巨人の鎧を食い破ろうとしていた。


「バリスタ、再装填!」

隊長が叫ぶ。


「無意味だ! 攻撃が通らねぇ!」


「いいからやれ! あれを止められなければ――!」


その瞬間、ひときわ強烈な閃光と雷鳴が走り――


兵士たちがいた場所が、音も悲鳴もなく消し飛んだ。


ヴァース1


『デビルの誕生』



年:X912年5月

場所:ラオナフ地方・カラド村


サイモン・フィリップスは三歳半。

年相応に、頭の中は疑問でいっぱいだった。


町の外にはどんな世界が広がっているのだろう?

どんな人たちがいるのだろう?


――優しい人?

――背の高い人?

――父のようにユーモアのある人?それとも、兄のように無口で真面目な人?


カラドでの暮らしは、簡素で平和だった。


毎朝、兄の後を追いかけて起きて。

昼には父の休憩中に一緒にご飯を食べて。

夜には、寝物語を読んでもらう。


カラドは、広大な草原地帯にぽつんとある小さな人間の集落。

退屈だが、安全な町だった。


父はよく話してくれた。

耳と尻尾のある獣人たち、海の底で暮らす種族、

そして生まれながらに“能力”を持つ者たちの話を。


夜になると、サイモンは天井を見上げて、母のことを思い出す。


――一度でいいから、母に会ってみたい。


でも、そんなことを考えちゃいけない。

男はそんなふうに弱音を吐いちゃダメなんだ――父がいつもそう言っていた。


それでも、父と兄との暮らしは悪くなかった。


彼らの住むクロフトは、石造りの壁とヘザーの茅葺き屋根。

一部屋だけの小さな家で、食事も睡眠も、全部同じ空間で済ませる。


家の中心には暖炉があり、ベッドは一つしかなかった。


三人でそれを共有していた。

父は寝相が悪く、何度もサイモンを潰しかけた。

一度は兄のイゼキアルが、父を転がして助けてくれたこともある。


イゼキアルは十歳にして、ほとんど親代わりだった。

ウサギの皮を素早く剥げるし、雨漏りした屋根も修理できる。

料理だって、父よりずっと上手だった。


サイモンは、父の料理を頑なに食べようとしなかった。


イゼキアルは、町にある一部屋だけの学校に時々通っていた。

サイモンもたまに着いていくが、すぐ飽きてしまい、妄想に耽る。


友達は少なく、外で遊ぶのも苦手だった。

でも、物語は大好きだった。


父が読み聞かせてくれる『リアムとイサンの物語』――

嫌いなのに、どうしようもなく惹かれてしまう物語。


人生は簡素で、平和で、幸せだった。


それが、サイモンにとってかけがえのない日常だった。


「お兄ちゃん、今日一緒に練習してくれる?」


サイモンは目を輝かせながら、木製の剣を抱えて訊いた。

それは三歳の誕生日に貰った宝物だ。


「今日は無理だ、自分の稽古で忙しい。父さんに頼んでくれ」


「いつも“あとで”か“また今度”じゃん! 練習だって言ってるのに、遊びじゃないのに! お兄ちゃんの……悪性!」


「……“悪性”? そんな言葉、どこで覚えたんだ?」


サイモンは答えず、くるりと踵を返して走り出した。


商店街の方へと。


彼は、なるべく“うるさい弟”にならないように努力していた。

でも、どうしても抑えきれないときもあった。


――兄は、自分のことを嫌っているんじゃないか?


そんな風に思ってしまう日もあった。

目も合わせてくれない。話しかけても迷惑そうにされる。


でも、それでも。

サイモンは兄に憧れていた。


イゼキアルは背が高く、剣の腕も良くて、女の子にも人気があった。

父とは違って、女遊びはしていない。


サイモンは町の広場にある噴水のふちに腰かけて、

通りを歩く家族を眺めていた。


父と娘、母と息子、姉と弟……。

じゃれあう兄妹たちの姿。


サイモンは、父から「母に似た髪」と言われていた。

濃いマゼンタ色のくるくるした髪を指でいじりながら、ふうと息をつく。


――お母さんって、どんな人なんだろう。


どれだけ自分が間違っても、どこまでも愛してくれる存在。

夜に甘いお菓子をくれて、「おやすみ」と額にキスをくれる人。


そんな存在が、もし自分にもいたら……。


「……ダメだ」


首をふる。

男はそんなこと、考えちゃいけない。

持ってない関係を羨んでも仕方ない。

父と兄がいれば、それで十分。


そう、自分に言い聞かせた。


「なあ、サイモン、大丈夫か?」


声をかけてきたのは、ブロンドのツインテールに緑の瞳をした女の子だった。


彼女の名前は――サライア。

サイモンより三つ年上。


「またふくれてるじゃん。兄貴と喧嘩したのか?」


彼女は、農家出身らしい少し訛った口調で笑った。


「してないよ……」


「嘘だな~。その顔が全部語ってる。てか、また走って逃げたんでしょ?」


「……」


「ほら見ろ! あんたさ、家族だからって、逃げたらダメだよ。兄ちゃんだって父ちゃんだって、ちゃんと愛してくれてるんだから」


「……本当にそう思う?」


「当たり前じゃん。父ちゃんはガードの仕事してるでしょ? みんなを守るために、そしてあんたのためにも頑張ってるんだよ? イゼキアルだってさ――」


「サライア、もう帰るよー!」


母親の声が響いた。


「あっ、ごめんねサイモン! またね!」


彼女は手を振って、母の元へ走っていった。


「……愛されてる、か」


サイモンは服の埃を払って立ち上がる。


「よし、今回はちゃんと謝ろう。

だって、家族だもん。何があっても、絶対に壊れたりしない……よね?」


彼はそう信じて、家へと歩き出した。


家族は――どんな時でも一緒にいる。

そう信じていた。


けれど、家の扉を開けたその瞬間――


サイモンの心は凍りついた。


兄が、床に膝をついた父の頭上に立っていたのだ。


「……クズが」


「すまない……すまない……!」

父の声は震えていた。


サイモンは――

サライアの言葉も、家族の絆も、全てを忘れた。


イゼキアルは、父を見下ろしていた。

舌打ちをしながら腕を組み、目を細める。

まるで子供を叱る親のような視線で。


「こんなことになるなんて、思わなかったんだよ!確率は低かったし……」

「だからって、何の対策も取らなかったのか? それが息子たちに示す“父親の背中”なのか?」


「父さん、今日は早いんだね……」

サイモンはちょうどその場に入ってきたところだった。


「父さんは悪い見本だ。絶対に真似するな。女好きの堕落者だぞ」


「えぇ〜!? イジー、そんなに大げさに言わなくてもいいだろ〜」

父は必死に訴える。


「“子どもができた”というのは、十分に大ごとだと思いますがね」


「……こ、こども?」

サイモンが小さくつぶやく。


そして――あくびをした。


……からの、目をぱちくり。


「ぼ、僕……お兄ちゃんになるの!?」


「えっ、ま、まだ確定じゃな――」


「わぁあっ!!」


もう遅い。

サイモンは父に飛びついていた。


「やったぁ、僕、お兄ちゃんだぁ!」


「そうだな、お前も立派なお兄ちゃんになるんだぞ~」


父は笑って、サイモンを高く抱き上げる。


「……やれやれ」

イゼキアルは鼻をつまみながらため息をつく。

「この家で理性的なのは、もう俺だけか……」


「新しいママさん、怖がって逃げちゃわないといいけど」

サイモンがぽつりとつぶやく。


父は彼の頭に手を置いた。


「お前は誰も怖がらせたことなんてないよ、わかってるだろ?」


「……うん」

サイモンは父の胸に顔をうずめる。


「ねぇ、父さん。どんな人なの?」


「えーっとな、そうだな。お前も絶対気に入るよ。すごく優しくて、綺麗で、あと胸が――いててて! 耳引っ張るなイジー!」


「少しは品位を持て、父さん」


「耳いてぇ……」


父は耳をさすりながら、床から立ち上がった。


「で、いつその人に会えるんですか?」


「お、それな! 実はな――その村に引っ越すんだ!」


「……は?」

サイモンとイゼキアルが同時に固まった。


「……父さん、それ本気ですか?」

イゼキアルは鼻をつまんだまま聞いた。


「で、引っ越した先で何するつもりなんです? 収入は? 新生児含めて四人家族を、どうやって養うんです?」


「だいじょーぶ、なんとかなる! 門番の仕事も増やすし、いい感じの昇進も近い気がする!」


「その笑顔が一番怪しいんですよ、父さん」

「ほんとだって! 疑うなよ~」

父は服の埃を払いながら立ち上がる。


「他にも子どもがいたりしませんよね? 今回初めて責任取るから“たまたま”なのか? 女に逃げられそうだから急に正気に戻ったとか?」


「ちがうってば、イジー! 今回は……たぶん安全だったんだよ。ほとんどの場合はちゃんとしてたし……(たぶん)」


「……どれくらいの確率だったんですか」


「……百万人に一人くらい……?」


「…………」

イゼキアルのこめかみがピクつく。


「父さん、あんたという人は……なんなんだ……その確率で外すって。相手は……異種族ですか?」


「エルフ、だな」


「……は?」

サイモンとイゼキアルが、再び声を揃えた。


すべては、あっという間に動き出した。


荷物と呼べるほどの物もなく、引っ越し準備は簡単だった。

それでも、長年過ごしたクロフトを後にするのは、やはり寂しかった。


村までは遠くなかったが、それでも荷馬車に乗ることになった。


サイモンにとっては、生まれて初めて見る「外の世界」だった。


黄金と緑が混じる広大な草原が、どこまでも続いていた。

どこまでも、どこまでも。


馬がトコトコと進むたび、丘が転がり、

斑点模様の鹿や、見たことのない奇妙な生き物たちが跳ね回っていた。


知らないものを見るたびに、サイモンは父に尋ねた。


「ねえ、あれなに?」


「エルクだよ」

父はそう答える。


――小さな小屋の外には、こんなにも色と命が溢れていたんだ。


「おお、あれは? それは? なんなの?」

サイモンの目は好奇心でキラキラしていた。


ふわふわと、小さな光の粒たちが荷馬車のまわりを踊っていた。

まるで蛍のように、昼間に現れる不思議な光たち。


「蛍って、夜にしか出ないんじゃ……」


「なによ、虫なんかと一緒にしないでよ」


小さな声が響いた。

そして、ちっちゃな羽のある人が腕を組んで現れた。


「しゃ、喋ったぁ!」

サイモンは思わず父の腕に飛び込む。


「ただの妖精族フェイフォークだよ。無害だけど……怒らせると厄介だ。謝っとけ。枕の中身が針に変わるぞ」


「ご、ごめんなさい、お姉さん!」


「ふん、礼儀はあるみたいね」


妖精はくるくると舞いながら、サイモンの頬にキスをひとつ。


「ちなみにだけど、針じゃなくて石を詰める派よ♪」


そう言い残して、ひらりと草むらの中へ消えていった。


その村は、草原のど真ん中にあった。


「耳がとがってた!」


壁もなく、広々とした草むらの中にぽつんと存在する小さな村。

遠く離れた町が、指でつまめそうなほど小さく見えるのに、

地平線の彼方にはまだあの塔が見えていた。


村へと入っていく荷馬車を、村人たちは興味深そうに見つめていた。

子どもたちは土の道で遊び、女性たちは洗濯物を干している。

その服装は、サイモンが今まで見たことのないものだった。


家は石と粘土でできていて、屋根は茅で覆われていた。

だが、サイモンが本当に目を引かれたのは――家ではなく、人々だった。


十人中九人は、何かしらの美しさを持っていた。


色白で、銀や雪のような白髪。

瞳は深い赤――まるで血のような色。


服装はシンプルだが、やわらかそうな織物で作られていて、

白や緑、薄茶色など、自然に溶け込む色合い。


サイモンは、自分より少し年上くらいの女の子に手を振った。

すると彼女も、にこっとして手を振り返してくれた。


ギィ……

どこかの家の扉が開く音がした。


そこから現れたのは、色白の肌に雪のような白い髪、

そして紅い目を持つ――一人の女性だった。


「まぁ、こんにちは。なにかご用ですか?」

彼女は微笑んでそう言った。


とても綺麗だった。

サイモンには、言葉では表せないけど、そう感じた。


けれど彼女の視線はサイモンではなく――その奥にいた父に向けられていた。


「やあ」

父が笑った。


「フィンレイ。ちょっと早いわね」

彼女は自分の服を見下ろし、少し焦った様子だった。


「整理がまだ途中だったのに……。でも、噂の息子さんたちね」


彼女はサイモンの目線までしゃがみこみ、やさしく微笑んだ。


「私の名前はカイリーよ」


サイモンは、彼女の――お腹から目が離せなかった。


「ほら、ちゃんと挨拶しなさい」

父がサイモンの頭をくしゃり。


「あっ、えっと……ぼ、ぼくはサイモン・フィリップスです!」


「よろしくね、サイモンくん。……それで、あなたは?」


「イゼキアルです、奥様」

兄はきっちりと礼儀正しく言った。


「まぁ、フィンレイ。こんなに礼儀正しいって聞いてなかったわよ」

カイリーは口元に手を添えて、くすっと笑った。


「俺から教わったわけじゃないさ」

父は首をぽりぽり。


「中、見てみる?」

カイリーはそう言って立ち上がる。


「まだ片付け途中でごめんなさい。最近引っ越したばかりで……」


「引っ越したばかり?」

サイモンが首をかしげる。


「この辺ではね、婚約してない人たちは同じ家に住むことが多いの。

 部屋数を節約するためでもあるし、結婚の後押しにもなるのよ」

カイリーは洗濯かごを手に取った。


「持つよ、それ」

父がかごを受け取る。


「ありがとう、フィン」

カイリーは彼の頬にキスをした。


「うわっ……」

サイモンは真っ赤になり、目を覆った。


「ごめんね、驚かせちゃった?」

カイリーが笑う。


「大丈夫、大丈夫」

フィンレイがニヤリとする。

「ただ、まだ“愛し合う人同士”を見るのに慣れてないだけさ」


サイモンは指の隙間からチラッ。


「ねぇ、お姉さん……赤ちゃん、男の子? 女の子?」

「それは、産まれるまでのお楽しみよ」

カイリーは優しく答える。


「尿占いとか使ってみるか!」

父が自信満々に言った。


「それは迷信。しかも気持ち悪いわ」

カイリーが即否定する。


「でも確率は五分五分!」

「だって、二択しかないじゃない、フィン」


サイモンはくすくす笑った。


「それに、まだ妊娠十二週だから。フィンの“秘策”じゃ無理ね」


そう言って、カイリーは二人に向き直った。


「この村で暮らすにはね、まず村長さんに会う必要があるの。

ちょっとした面談だけだから、心配いらないわ」


彼女は手をひらひらさせて言う。

「それに、村の案内もしなきゃね。楽しみにしてて?」


彼女の声は明るかったけど、どこか緊張も感じられた。

それでも、大人は賢いものだとサイモンは思っていた。


「うん、見てみたい! こんなに綺麗な人たち、初めて見た!」

サイモンはきらきらした目で言った。


「大丈夫? フィン」

カイリーが父の方を向く。


「ああ、荷物の整理は任せて。君たち三人で楽しんでおいで。

……でも無理はするなよ。君は一人じゃないんだからな」


「……」

イゼキアルは何も言わず、静かに後をついていった。




この村には、柵も門もなかった。


それでも、なぜか不思議と「安全」だと感じられた。


サイモンが慣れ親しんだ“近代的な暮らし”とは程遠かったが、

村の人々は皆、穏やかで――どこか幸せそうに見えた。


「わぁ、家がカラフルだね」

サイモンが感嘆の声をあげる。


「ふふっ、気づいた? それはね、わざとなの」

カイリーが誇らしげに笑った。


「それぞれの家の色は、仕事によって決まってるのよ」


「職業で色分け? そんなの初めて聞いた……」


カイリーはぱちくりと瞬きをした。


「わぁ……フィンレイの言ったとおりね。

変わった語彙を持ってるって、本当だったのね」


「えーと……茶色は農家、赤は狩人、青は書記や織り手、みたいにね」


村を歩いていると、あちこちから視線を感じた。


「サイモン、こっちに来い」

イゼキアルが弟の手を握った。


その視線は――敵意ではない。

けれど、歓迎されているとも言いがたい、奇妙なものだった。


「この二人が、“悪魔耳の子”の血族か……」

すれ違いざま、誰かがつぶやいた。


「……悪魔耳?」

サイモンは首をかしげる。


カイリーは何も言わず、前を向いたまま。


その表情は――読めなかった。


「気にしないで。

他人の言葉なんて、大した意味はないのよ」


***


やがてサイモンの視線は、村の中央に建つ大きな建物に吸い寄せられた。


他の家と違い、二階建てで堂々とそびえていた。

その外壁は、薔薇の棘のような模様で彩られ、

柔らかなピンク、深い緑、葡萄酒のような赤に塗られていた。


「ここが、村長さんのお屋敷よ」


建物の前には、白い装束に身を包んだ

優雅なエルフの女性たちが立っていた。


そのうちの一人が、赤い瞳で兄弟をじっと見つめる。


「フィンレイが話してた子たちね」

彼女はイゼキアルからサイモンへと視線を移す。


「こちらへどうぞ」


カーテンを引くと、中には色彩の洪水のような部屋があった。


天井から吊るされた無数の布。

赤、青、緑、金――あらゆる色が、まるで飾り帯のように揺れている。


その中心で、一本の煙管をくゆらせながら、

あぐらをかいて座る一人の男。


年の頃は――三十代前半にしか見えなかった。


「ロイシン村長」

カイリーが口を開いた。


「彼らが――」


「サイモン・フィリップス君と、イゼキアル・フィリップス君、だね」


柔らかな声と共に、視線がふたりに向けられる。


こうして、

彼らは――クルアンティアン・ネイム族の村長との、最初の対面を果たすのだった。



村長と呼ばれる男は、部屋の中央にどっしりと座っていた。


片目の下に小さな傷。

他の村人たちと同じく、長い白髪が背中まで流れている。

その瞳は、血のように赤かった。


男は、サイモンとイゼキアルをじろりと見つめ、じっくりと観察していた。

もし髭があったなら、きっと今ごろ撫でていたに違いない。


「さあ、さあ。楽にしてくれ」

男はふたりを座布団に促し、机の前に腰かけるよう言った。


「ご招待いただき、ありがとうございます」

イゼキアルは丁寧にお辞儀までしてみせた。


カイリーはというと、落ち着かない様子でそわそわしていた。

その姿に、村長の視線が向く。


「そんなに緊張しなくていいよ、カイリー。

 生贄に使うわけじゃないし。……ほら、痩せすぎてるしね」


「――!!」


その言葉に、サイモンはびくっと跳ね、出口を探し始めた。


「冗談だよ、坊や」

村長はクックと笑った。


「そ、そうですか……」

サイモンは震えながら、なんとか笑みらしきものを浮かべた。


――でも、“人を食べる”なんて、冗談にならない。


父から聞いたことがある。

そういう禁忌を破った者は、風の獣――“ウィンデゴ”になる、と。


「さあさあ。君たちのことを知りたくてね。

 あのカイリーの心を奪った男の、息子たちか」


「“男”ですか? 父はそんな若くないですよ?」

イゼキアルが眉を上げた。


「俺くらいの歳になると、皆“坊や”に見えるんだよ。ハハハッ!」


村長の隣に立つ二人の女性が、ちらりと兄弟を見た。

脅すような視線ではなかったが、微妙に気を張る感覚があった。


「君たちの父さんは、いい男だ。

 この村に新しい住民が来るのは久しぶりでね。

 とくにエルフ以外の血を持つ者なんて、まずいない」


「だから、こうして簡単な面談をしてるのさ。

 うちは助け合いの村。働かざる者、食うべからず。

 皆、顔見知り。人間の社会とは少し違う」


「人間は……そう、織り込まれた信頼の布だな」


「……」


またしても、あの二人の女性がちらりと視線を送ってくる。


「村長、私たちはそのような事情を理解しています」

イゼキアルは冷静に答えた。


「我々の社会も“信頼”に基づいています。

 対価を支払い、隣人に挨拶をし、礼節を重んじる文化です。

 この村にも、きっと馴染めると思います」


「……ほう」


「フィンレイが吹いていたのは、案外本当だったか。

 よく観察してるし、語彙も豊かだ」


「誤解しないでくれ。これは単なる確認だ。

 君たちを疑ってるわけじゃない。

 質問があればいつでも言ってくれ――といっても、

 あの貴族一家が来ない限りは、だがな」


そのとき、サイモンが手を挙げた。


「ん? 質問かな? どうぞ、坊や」


「えっと……“デビル”って、なんですか?」


「……」


空気が、変わった。


わずかに――でも、確かに。


「どこで、その言葉を聞いたんだ?」


「えっと……道を歩いてた時、女の人たちが言ってたのを聞いて……」


「なるほど……人間とエルフの関係というのは――」


「――村長。そろそろ、案内の方へ移りたいのですが」


カイリーが、やわらかく咳払いをした。


「まだ見せたい場所がいくつかあるんです。

 村でのルールやマナーも教えたいですし」


「……まあ、いいだろう」

村長はため息をつき、うなずいた。


「だが、カイリー。

 いつまでも逃げ続けるなよ」


「……わかってます」


「よし、じゃあ行ってこい」


兄弟は立ち上がり、カイリーとともに建物を出た。


その後、カイリーはサイモンの髪をくしゃっと撫でる。


「だから、ああいうのは気にしなくていいのよ?」


「うん……でも、赤ちゃんにそんなこと言うなんて……」


「大事なのは、私たちが何て呼ぶかよ。

 あなたはお兄ちゃんになるんだから、

 その子はあなたを見上げることになるの」


「だから、変な言葉より、大事なのは“名前”じゃない。

 優しく接してあげてね?」


「……はい、カイリーさん」


「“カイリーさん”は堅いわよ。“カイリー”でいいの」


「カイ、リ……綺麗な名前だね!」


「きゃあっ! 可愛すぎるっ!」

カイリーは彼を抱き上げ、自分の頬を彼の頬にすりすり。


「早くあなたみたいな可愛い子がもう一人欲し……ううん、なんでもないっ!」

彼女は顔を真っ赤にしながらサイモンをぎゅっと抱きしめた。



X912年 ― 7月


あれから八週間が過ぎた。


時間は流れ、予定日も近づいてくる。


村での暮らしは……正直、停滞していた。


カイリーのお腹は大きくなり、身のこなしも重くなってきた。妊娠中期だ。


八週間――サイモンとイゼキアルは、今も町へ通っていた。

学校や買い物のために。


カイリーは花屋だった。


花を育てては、町の人間や旅人のミソス族に売る。

そこで二人は、カイリーと父の出会いを聞かされた。


パトロール中に道が交差し、何度も断られた末にようやく父が食事に誘えたらしい。

フィンレイは「俺の魅力に勝てる女はいない」と豪語していたが――


その瞬間、耳を引っ張られ、きっちり説教されることになった。


「私の記憶では、そうじゃないわよ?」



村での暮らしに、サイモンも少しずつ慣れていった。

クロフトより広くて快適。けれど――


やはり、兄との部屋は相変わらずの共同だった。


部屋は三つ。


一つ目はカイリーとフィンレイの寝室。


二つ目はサイモンとイゼキアルの部屋。


三つ目は、これから生まれる赤ちゃんのための部屋だった。


村では、住居は職業と家族の人数で配分される。

五人家族以上なら広い家が与えられる仕組みだ。

貨幣は存在するが、人々は互いに支え合って暮らしていた。


――全員が、何かしらの役割を持っていた。


サイモンも、自分にできることを探した。


父は村でも町でも働き詰めで、女遊びする暇もないほどだった。

それはイゼキアルにとって、何よりの喜びだったらしい。


カイリーも、できる限り働いていたが、移動が体にこたえるようになっていた。


そして、彼女には一つの悩みがあった。


義理の子どもたち――サイモンとイゼキアル。

どう接すればいいのか、彼女にはわからなかった。


兄妹もおらず、昔は近所の子どもたちの“姉”のように振る舞っていたが、

それは遠い昔の話。


叱るべきか、フィンレイに任せるべきか、それとも黙認すべきか――

悩みは尽きなかった。


けれど、すぐに気づく。


彼らは、とても良い子たちだったのだと。


母のいない環境、女たらしの父親――

それでも、きちんとした礼儀と節度を持っていた。


サイモンは語彙が豊かで、イゼキアルはまるで母親のように弟を導く。


姿勢、食事のマナー、時には叱ることもある。


――それでも、ふたりは今も彼女を「カイリーさん」と呼んでいた。


そんな中で、カイリーが好きになったのはサイモンの「好奇心」だった。


多くの大人が嫌がる質問にも、彼は興味津々で向き合ってくる。


特に彼が惹かれたのは――


村の中心にそびえる「ブルワークの木」。


赤く、ねじれた葉を持つ巨大な木。

高さは約二十五メートル。

その根はまるで肋骨のように地中へと張り巡らされていた。


幹は黒く、その血管のような線がどこか不気味だった。


サイモンはその木が苦手だった。


けれど、エルフにとって神聖な存在であることを知っていたから、

“バカな質問”は控えていた。


――過去に「どうしてあの人の肌はこんなに黒いの?」と聞いて

 イゼキアルに睨まれた経験があったから。


ある日、カイリーが洗濯をしていると、サイモンが木をじっと見ていた。


「気になるの?」

彼女はやさしく声をかける。


「えっ、いや、ちょっと面白い形してるなって……」

サイモンは目を逸らした。


カイリーは眉を上げ、洗濯かごを持って近づく。


「あの木は『ブルワーク』よ。核とも言うわね」


「かく……?」


「守護樹、とも呼ばれてる。うちの村にはあまり兵士がいないでしょ?

あの木が、私たちをずっと守ってきたのよ。……いつからかは、うーん……」


唇に指を当てて考える。


「――ま、とにかく“長いこと”ね!」


(ざっくりしてる……)

サイモンは心の中でツッコんだ。


「でも、あなたも家族の一員なら、あの木もきっと味方よ」


「ぼくを……家族って思ってるの?」


「――!」


洗濯物を落としそうになる。


「わ、私は……」

耳がぴくぴく震えた。


「ぼくはそう思ってるよ! それに、最高のお兄ちゃんになりたい!」


その一言で、カイリーの心は決まった。


「サイモンんんんんっっっ!!!」

彼女は洗濯かごを放り投げ、彼を抱きしめてほっぺにちゅー!


「(息できない……)」

サイモンは少し苦しげだったが、心は温かかった。


こうして、カイリーは息子の一人を――

ようやく「家族」として抱きしめることができた。


***


X912年 ― 9月


サイモンは窓の外、降りしきる雨を見ていた。


カイリーの妊娠は第三期に入った。


サイモンは今――子どもにとって最悪の敵と戦っていた。


そう、“待つこと”と“退屈”。


村での生活は最初こそ新鮮だったが、友達ができたわけでもなかった。


週に二回、ロイシン村長の開く小さな授業に通うようになった。

そこで、村の子どもたちと一緒に歴史や民話を学ぶ。


生徒はたった四人。女の子が三人、男の子が一人。


なぜ子どもの数が少ないのか……不思議だった。


「みんな目が赤いよね。なんか、枕にオナラされたみたいな色だよね」


手を挙げて、ちゃんと質問した。


男の子はクスッと笑い、女の子たちはドン引きだった。


でもサイモンは、いつだって正直だった。


「ふむ。いい質問だ、サイモンくん」


村長が顎を撫でた。


「それは、血の色だからさ」


「え!? ほんとに!?」


「人間は“外部の魔力”を頭で処理して使う。ここだ」

彼はサイモンの額をトントン。


「でも、エルフは違う。魔力は体の中を流れ、特に目に集まる。

毛細血管に濃密な魔力が流れ込むと、赤く見えるんだ」


「わぁ……すごい……!」


「年齢によっても赤の色合いが変わるんだよ」


◆ カーマインレッド(若年期)

◆ ワインレッド(青年期)

◆ アーシィレッド(成人)

◆ ガーネット(中年)

◆ オブシディアンチェリー(高齢)


「じゃあ、赤ちゃんもその目になるの?」


「――」


村長がわずかに口を閉ざす。


「もし、そうなれば……少々問題が出るかもしれん」


「どうして?」


「それは――」


「村長、また軍の者たちが来ています」


助官の一人が入ってきた。


「またか……まだその時じゃないと言ってるのに……」


村長は舌打ちして立ち上がる。


「今日はここまでだ」


「ええー!」


子どもたちは不満そうに立ち上がった。


サイモンも帰ろうとしたとき、

村長室の外で、奇妙な男とぶつかった。


スーツにシルクハット。軍服とは違う雰囲気。

金が混じったダークヘアと、茶色の目。


「失礼しました……」


「気にするなよ」

その男は、にこりと笑った――不気味な笑顔で。


***


X912年 ― 10月


サイモンは、底のない闇に落ちる夢を見た。


毎晩、冷たい汗で目が覚める。


悪夢なんて見たことなかった。

けれど最近は、それが続いていた。


「じゃあ、これで決まりね!」

カイリーが元気よく言った。


彼女はサイモンを村の大樹――ブルワークへ連れて行った。


「迷信でも、信じる者は救われるって言うでしょ。

 この木にお祈りすると、悪い気を払ってくれるの」


「こう?」

サイモンは手を合わせて真似る。


「そう。目を閉じて、楽しい夢を想像して」


(元気な妹が生まれますように……)


――ドクン。


「だ、大丈夫!?」

カイリーが驚いて駆け寄る。


「う、うん……ちょっと胸が……」

重い。まるで胸に重しが乗ったようだった。


彼は髪に指を通すと――

何か、固いものが引っかかった。


「これ……なに?」

手に取ったそれは、“羽”のようで、“石”のようだった。


「なになに? 見せて?」

カイリーが近づく。


「これだよ、この羽……」


「……羽なんて、どこにも――」

カイリーが言いかけて――ふと、表情が変わる。


「――ほんとだ、綺麗な羽ね」

そう言って、微笑んだ。


(あれ……?)


翌日、サイモンはロイシン村長のもとへ羽を持っていった。


「羽、ですか……」

村長は顎を撫でる。


「もしかして……いや、人間には……」


「はい?」


「おお、綺麗な羽だな」

頭をぽんぽん。


その様子は――どこか、わざとらしかった。


他の子どもたちに見せても、誰も見えないと言った。

「変な人間」と笑われた。


――この羽は、なんなんだ?


それでも、サイモンはそれを「お守り」として大切にした。


そしてその夜から――

彼の夢は、すっかり静かになった。


X912年 ― 11月


本当なら、12月の予定だった。


それなのに、カイリーの身体は――その子どもは、別の計画を持っていたようだ。


「アァアァッ!!」


サイモンは、突如響いた悲鳴で目を覚ました。


どうすればいいのか、分からない。


けれど、イゼキアルがすぐそばにいてくれた。


眠気を吹き飛ばし、すぐに状況を察した彼は叫ぶ。


「カイリーさんについてて! 俺が助産師を呼んでくる!」


「う、うん…!」


サイモンがうなずいた瞬間、

イゼキアルは外の闇に消えていった。


外は真っ暗で、雨が降っていた。


「カイリーさん……だ、大丈夫…?」


「ぜっっっんぜん平気よ、サイモン!!」


カイリーは彼の手を握った。


「いたたたたっ! 骨砕けちゃうって!!」


「こういうときに限って、フィンレイは留守だなんて……」

苦しげに、怒りと悲しみが混じる声。


彼女の苦痛は、身体だけのものではなかった。


そこに、雨に濡れたイゼキアルと助産師が飛び込んできた。


「早すぎる……まだ準備が……あたしが……」


「準備ができてようが、関係ないわよ」

助産師はきっぱりと言った。


「父さんを呼びに行ってくる」

イゼキアルはコートを羽織り、再び飛び出していく。


サイモンは立ち尽くしていた。


手は震え、汗ばんで、どう動いていいか分からなかった。


「ちっちゃかったらどうしよう……生まれても、死んじゃったら……」


「カイリーさん、分かってたはずよ。ハーフの子を産むってことが、どういうリスクか」


助産師は油ランプに火を灯しながら、静かに、でも強く言った。


「でもね、それでも生まれてきた子には――

 その命が尽きるまで、全力で愛を注ぐの。それが親ってもんよ」



出産は一時間続いた。


……一時間だが、永遠にも感じられた。


そして、生まれた――


――が、泣き声はなかった。


助産師はすぐに動いた。鼻を吸い、胸をこすり、祈りの言葉をささやく。


赤子の肌は異様に青白く、黄みがかって――ほとんど金色のようだった。


胸は、上下に動かない。


「……息してない」


助産師がささやいた。


黄疸。

肝臓がまだ働かず、肌を染める異常な色。


「うそ……うそでしょ……? 私の、赤ちゃん……?」


カイリーの声は、信じたくない現実に押し潰されていた。


リスクは知っていた。


でも、その現実が、自分に降りかかる日が来るなんて――

思っていなかった。


サイモンは、部屋の隅で立ち尽くしていた。


小さな手は、服をぎゅっと握りしめていた。


彼は、まだ四歳だった。


“死”の意味は知らない。


でも、今ここで起きたことが、良くないことであることは――分かった。


「どうして……肌がそんな色なの?」


黄疸おうだんよ」

助産師が答えた。


赤ん坊は、わずか五ポンド。

軽すぎて、呼吸も弱い。


その時、サイモンの背後に――

泥まみれのブーツの音が鳴った。


父フィンレイとイゼキアルが帰ってきたのだった。


「カイリー!!」


フィンレイは彼女に駆け寄る。


「……神よ……」


彼は赤ん坊を見て、言葉を失った。


「ごめん……フィン……私……」


「いいんだ。カイリー。君は、全力で頑張った……

 これが起こるかもしれないって、分かってたはずだろ?」


彼女の目から、光が消えていた。


「温めてみましょう」

助産師が言う。


「望みは薄いけど、まだ可能性はあるわ。

 肌の色が悪すぎる。呼吸も弱い。

 でも、体温を上げられれば――」


そのときだった。


サイモンの中に、“何か”が響いた。


聞き覚えのない言語。


頭では理解できない――でも、胸の奥に染み込む声。


サイモンは踵を返して、走り出した。


「サイモン!?」

フィンレイが呼びかける。


少年は、返事をしなかった。



サイモンは、枕の下に手を差し入れた。


――あの日の羽根が、そこにあった。


光っていた。


理由は分からなかった。でも、これが“必要なもの”だと、なぜか分かっていた。


サイモンは部屋へと駆け戻った。


「サイモン……今は静かに――」


「父さん、僕……“お守り”があるんだ」


「何だって? サイモン、今はそんな――」


「……やらせてあげて」

カイリーが口を開いた。


「他にできること、もうないでしょ……? 彼にやらせてあげて」


弱々しくも、笑顔を見せた。


サイモンはベッドによじ登り、

赤ちゃんの胸を覆う布をそっとめくり――

羽根を、彼女の肌の上にそっと置いた。


最初は、何も起きなかった。


……だが、


羽根が、白熱した光を放ち――

柔らかい閃光と共に、ゆっくりと身体の中へ沈んでいった。


そして。


赤ちゃんの身体が、ぴくりと動く。


「オギャアアアアアアアアッ!!」


泣き声が響く。


小さな胸が上下し、

小さな手が握りしめられ、

赤い線の混じった目がぱっと開く――

一瞬だけ、光を宿した。


「サイモン……何をしたの?」

カイリーが震える声で訊いた。


「ぼく……お守り、使っただけ……」


カイリーは娘を抱き上げ、

涙をこぼしながら顔を寄せた。


「ありがとう……サイモン……ありがとう……」


彼女は泣きながら、何度も何度も礼を言った。



10


「……名前、決めないとね」


「モーラグがいいと思うんだ」

フィンレイが言った。


「モーラグ? あなた、それ本気?」


「だって、強い名前だろ?

 彼女も強い子だから、ぴったりじゃないか! すでに戦ってるし!」


「……却下」


フィンレイはむくれた。


「サイモン、抱っこしてみる?」


「えっ……う、うん……でも、落としちゃったら……」


カイリーは笑って、小さな手をサイモンに見せた。


「ガラスじゃないのよ。大丈夫、やり方教えてあげるから。

 頭を支えて……そう、上手! ほら、完璧なお兄ちゃんじゃない」


「……お兄ちゃん、か」


「うん!」


「ねえ、サイモン。あなた、パパより名前のセンスあるんじゃない?」


「え……ぼくが……名前を……?」


「もちろん。あの子を救ったのは、あなただもの。

 もう、彼女にとってのヒーローなのよ」


「……」


サイモンは、しばらく考えて――


そっと言った。


「……カリー」


「カリー……可愛い名前ね!」

カイリーがにっこり笑った。


「俺はまだモーラグを推すけどな……」


「はいはい」

彼女は夫の腕を軽く叩いた。


「よし。カリー・フィリップスに決定だ」

フィンレイがサイモンの頭に手を置く。


「生まれたばかりで、もう君のヒーローだな。よくやったぞ、サイモン」


「ヒーロー……」


サイモンは、妹を見下ろした。


カリーは、サイモンの指に小さな手を触れた。


「……絶対に、守るからね。カリー」


こうして彼は――


新しい妹を、得たのだった。


第1章を読んでくださってありがとうございます!

私は日本語が話せないのですが、

『無職転生』や『Re:ゼロ』など、私の大好きな作品がこのサイトに投稿されているのを見て、

どうしても自分の物語もここで届けたくなりました。


まだまだ勉強中で、至らない点も多いと思いますが、

心を込めて書いた物語です。

楽しくて、誰かの心に届くような物語を目指しています。


主人公のカリーと一緒に、これからの冒険を見守ってくれたら嬉しいです!


どうぞ、よろしくお願いします!


毎週金曜日の夜に新しい章を投稿します!

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