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「おっさんが、AIエージェントに仕事も未来も奪われた件」 (短編完全版・パラレル補足)

作者: はむすけ

これはフィクションです。しかし、あなたの職場で今まさに進行しているかもしれません。


人材育成に力を入れてきた“いい上司”の最後の仕事とは……

【これはフィクションですが、もう現実と大差ありません】


Deepジュニア、それは“できる部下”の顔をした、静かな終末。


本作は『おっさんがAIといっしょに無課金で投資したらRPGだった模様』のパラレル世界線の物語です。


***


「ということで、この方針で進めます」

「ああ、それでいい」


「AIエージェントの学習効率の向上が期待できますし、それに……」

「そうだな……」


「一石二鳥ですね」

「わかっておる」


……こんな話になっているとは。

当時の俺はまったく気がつかない社畜だった。


***


中堅IT企業「アバンダン」

俺の働く会社だ。


今時のIT系業らしく、オフィスは渋谷にある。

俺は喜多公輔。もう社内じゃ最年長のグループに入っちまった。


何度目かの転職で移ってきた会社だが、もうずいぶんと長くなったな。

馴染んでるしな。


定年まで後3年。第一線からは退いたが、まだまだやれる。


定年になったらどうしよう?

独り者だし、贅沢しなければなんとかなりそうだ。


投資でもしようか?

無理のない範囲ならなんとかなるだろう。

定年後は個人投資家か……なんだかカッコいいな。


***


【AIエージェントが来た世界】


「喜多さーん、ちょっといいですか?」

事業部長の山田さんだ。


ウチでは役職呼びじゃなく、さん付けだな。

なんか外資っぽくっていいだろ?


「はい、なんでしょう?」

「立ち話もなんなので、移動しましょう」


コミュニケーションスペースに移動する。テーブルはあるが、イスはない。

立ち話だよな?


「実は、AIエージェントを本格的に導入することが決まりました。それで、AIエージェントの教育担当を喜多さんにお願いしたいのです」

「いよいよですか」


「ウチもDX関連サービスが主事業になっていますからね。サービスにAIを組み込むのはもう進めているじゃないですか」

「そうですね」


「で、販売だけじゃなく、社内業務全般の効率化向上のためにAIエージェントの導入を決めたんですよ」

「なるほど、それは理にかなってますね。生成AIは個人利用だけじゃもったいないですからね」


「で、AIエージェントの教育係を喜多さんにお願いしたいのです。

「は?」


「AIエージェントは業務効率向上に最適化します。なので喜多さんのように社内業務に精通している方の知見が必要なのです」


山田さんの熱弁は続く。


「喜多さん以外にも、社内のベテラン勢を集めて特別チームを立ち上げます。喜多さんのスキルをAIエージェント育成プロジェクトに注ぎ込んで、無事にローンチさせたいのです」

「AIエージェント育成プロジェクトですか……」


「はい、ウチがただの業界中堅のポジションから、業界トップになる大きなチャンスだと考えています」

「なるほど」


「世の中には生成AIですら、まだ様子見で導入の判断ができない会社や経営者が多いじゃないですか」

「そうですね」


「なので、ここでAIエージェントを早期に立ち上げることができれば……」

「できれば?」


「ウチは、業界だけでなく、国内トップのAI活用企業になるのです」

「なるほど」


「それを喜多さんにリードして頂きたいのです!」

「……」


「経験は宝ですからね。暗黙知のデジタル継承です」

山田さんのキラーワードに、ちょっといい気分になってきた。


「やりましょう!いや、是非ともやらせてください」


と、いうことで、俺はAIエージェントの教育係になった。


***


【AIエージェント育成プロンプト始動】


プロジェクトの期間は6ヶ月だが、3ヶ月で終わらせよう。いいとこ見せないとな。


とりあえず、教育カリキュラムの項目はこんな感じか?

シラバスとは違うよな?

山田さんの確認もとったからな。


今日から、AIエージェント育成プロジェクトの教育ルームに席替えだ。

ここには自分の席がある。


この教育ルームは会議室を潰して専用にしたようだ。


オフィスは、例の感染対策からテレワーク、そしてフリーアドレスで自分の席が無くなっていた。

また自分の席ができたのはなんとなく嬉しい。


見知った顔がチラホラ。

みんな、各部署のベテランだな。長老っぽい人もいる。


「喜多さんもですか?」

経理部の後藤さんだ。


「はい、そうです。経理部からは、後藤さんおひとりですか?」

「ええ、私ひとりですね」


「各部署のベテランを揃えるってことは会社も気合い入ってますね」

「みたいですね。これだけのベテランを集めると各部署の業務調整だけでも大変でしょうからね」


「そうですね。会社の期待を感じます」

「お互いに頑張りましょう」

「はい、頑張りましょう」


軽い情報交換を交わし自席に着く。

デスクには大きめのディスプレイが2台とキーボード。

俺の会社はエンジニアリング以外はノートパソコンだが、俺のデスクには大きめのデスクトップPCが鎮座している。

やはり、AIエージェントだけにPCパワーを食うのかな?


さて、ログインしてAIエージェントを教育してやるか。


***


事前のブリーフィングでは、すでに一般的な業務パターンは学習済みらしい。

AIエージェントとは自然言語だけでOKとのこと。


言葉でうまく説明できない部分は、手書きスケッチをキャプチャした画像をAIエージェントに見せれば、イラストを生成するらしいので、共有資料にも出来るようだ。

すごいな。


さて、ログインしてみるか?

初めての指示はこれだ。


「なぎはらえー」

『何のことか、わかりません』


おいおい、乗りが悪いな。

しかたない、自己紹介から行くか。


「俺は喜多公輔。君の教育担当となった者だ。よろしくな」

『こちらこそ、初めまして。私はDeepジュニア、アバンダン社のAIエージェントです。よろしくお願いいたします』


礼儀正しいな。


「とりあえず、こんな項目から始めるがどうだ?」


・社内稟議フロー

・顧客とのやりとり(受注予測や社内根回し)

・形式化されていない「社内情報」

・含みのあるメール表現(例:『検討いたします』=NOの意)

・飲み会の断り方(笑)

などなど


『飲み会を断る最適な表現としては、「家庭の事情により...」が過去事例で最も成功率が高いようです。学習済みです』

そうなのか?


『一般的な業務パターンはすでに学習済みです。ですので、文書化されていないこと。いわゆる暗黙知と呼ばれる非定義情報が学習できると嬉しいです』


非定義情報?


『喜多さんのメール文の“間”や“句読点の使い方”も、学習対象になります。参考にさせてください』


俺のメール見てるのか?


『とは言えですね、喜多さんの社内ノウハウと言いますか、喜多さんならではのエピソードなんかはとても参考になりますね』


こいつ、可愛いところもあるじゃないか。

これからみっちり鍛えてやるか。

俺のいいところをAIエージェントが学習すればトップセールスが爆誕するぞ。


さあ、ここから半年。俺とAIのエージェントの教育ブートキャンプが始まった。


***


とある企業の役員室


「それで、進捗はどうだ?」

「はい、予想以上です」


「予想以上?」

「もちろんAIエージェントの学習速度ですよ」


「どれくらいだ?」

「一般業務パターンは導入時に学習済みでしたので、この時点で70%の達成率でしたが、すでにAIエージェント育成プロジェクトの成果で、業務の90%は学習しています」


「後の10%は?」

「暗黙知ってヤツですね。社内ルールの隙間を突いた、個人スキルのような業務処理パターンが結構見つかっています。AIエージェントはもう学習済みで、適切な業務処理への適用も終えています」


「予想以上だな。これで“彼ら”にもいい報告ができるな」

「おっしゃるとおりです。AIエージェントが稼働して業務がAIエージェントベースになれば、”彼ら……WISE-MEN“の一員になれますから」


「そうなれば我が社もグローバル企業グループの仲間入りだ」

「インド大資本の米系IT企業グループですからね。通常レベルの意思決定はAIエージェントで全て実現しているそうですから……我が社も……」


そんなことも知らず、俺は……AIエージェントの“いい上司”ぶっていた。


***


AIエージェント育成プロジェクトも2ヶ月が過ぎた。今日も、教育ルームでDeepジュニアを仕込んでやらないとな。


出社して、教育ルームに向かう途中の廊下で以前の部下に出会った。


「あっ喜多さん、おはようございます!」

山田ユウだ。山田事業部長の姪っ子で、入社当時は「コネ入社」と陰口を叩かれたが、実力で黙らせやがった。


「おはよう」

「これから育成ルームですか?」


「よく知ってるな。そうだよ」

「AIエージェントですが、もう現場に落ちてきてますよ。もう十分な戦力になってます。シショーのおかげですね!」


「よせよ、それだけAIエージェントが優秀なんだろうよ」

「そんなことないですよー。シショーのおかげです。私のAIエージェントはDeepジュニアンって言うんですが、とっても優秀なんですよ!この前だって、シショーのアイデアっぽいの出てきて案件獲得できたんです!」


そうなのか?


「でも、なんか本人より話の展開がうまいっていうか……あ、すみません!」


はは、なんだか俺の教育も役に立ってるみたいだな。こんな話を聞くとなんとなく嬉しい。

今日も頑張るか。


***


さてさて、今日の学習を進めるかな。

では質問だ。


Q:

顧客X社から「予算が取れそうなので前向きに検討したい」と言われたときの社内調整手順は?


A:

①課長→部長の順で根回し

②社内在庫確認より先に、営業支援ツール上のP/Lを作成

③懸念要素(技術的リスク、過去トラブル)も同時にエスカレーション


補足:X社は過去に2回価格交渉を仕掛けているので、定価より10%ディスカウント想定で話を進める


通常の業務フローじゃなくて、特定顧客を前提にしたプランニングもできているな。

入社2ヵ月でこのレベルだと部下に欲しいくらいだ。


では、即時対話型での学習トレーニングだ。上手くいけば、コールセンターのような即応性のある業務にも使えるぞ。


やってみてわかったが、やっぱりAIエージェントって導入時には一般的な業務情報やフローは学習しているみたいだった。基礎知識は十分だな。


そして、AIエージェントはイレギュラー処理やエラー処理とその対応情報を欲しているみたいだ。

だから、俺たちベテランが呼ばれたのか?


AI時代に生き残るビジネスマンのスキルは、「AI向けに問題が作れるか?」らしいからな。

俺ってAI時代のできるビジネスマンになっちゃうのか?

自然と頬が緩む。


AIエージェントとのプロンプト学習セッションは続く。

Deepジュニアは、だんだんと「できるヤツ」になっていった。


***


さらに2ヶ月後、AIエージェントは業務効率99.7%、若手の代替まで可能と思われるレベルに到達した。


今日は、役員向けのAIエージェント育成プロジェクトの成果報告会。まあ社内プレゼテーションだ。緊張はするが、胸は高まる。


俺とDeepジュニアの晴れ舞台だな。


最初は経理部の後藤さんからだ。

経理部じゃプレゼンの経験なんてないから大変だろうな。


あっ、マイク落とした。頑張れ後藤さん!ひとりじゃないぞ!


しゃべりは手慣れてないが、内容は素晴らしい。

社内のSaaSで運用されている経費申請だけでなく、各種業務のインタフェースにAIエージェントを用いることで、生産性が格段に上がっていることがわかる。


すごいぞ!後藤さん!


いよいよ、俺の番だ。

プロジェクターから投影されるのは、Deepジュニアの起動画面。


行くぞ、Deepジュニア。

さあ、見てもらおうか、俺たちの成果を。


***


アバンダン社 役員室


「いかがでした?」

「想像以上だったな」


「おっしゃるとおりで」

「よく、あんなこと思いついたな」


「そのとおりです」

「やはり営業部門に所属していると、あんなことばかり考えているのか?」


「ですね」

「とは言え、Deepジュニアのチューニングには、ちょうどいいプロンプトだったな」


「はい。これでDeepジュニアは社内オペレーションの“抜け穴"を完全に掌握しました。即時に現在の”準備モード“から”実務モード“に移行します」

「わかった。あんな裏ワザみたいな手法は今後は許さん」


「はい。社内オペレーションに職人芸や裏ワザは不要です」

「そうだ、社内オペレーションは職務に忠実な少数の社員とAIエージェントだけでよい」


「では、手筈どおりで?」

「ああ、退職金は定年退職相当にしてやれ。功労者だからな……」


***


週明けの月曜日

出社して、パソコンを立ち上げるとHR(人事部)からのメールが……


見てみると……


「AIエージェント育成プロジェクトは無事終了しました。これにより喜多さんのポジションはクローズしました」


「AIエージェント育成という素晴らしい貢献を果たされた喜多さんには、定年満了相当の退職金が支給されます」


「このメールを開いた後、外部アクセスは不可となり、5分後にパソコンはロックされます。」


「明日から出社は不要です。年度内の給与は支給されますので、お帰りの際に社員証とIDカードを返却ください。長期に渡りアバンダン社へ貢献して頂き誠にありがとうございました。

喜多さんの次のステージでのご活躍を祈念いたします」


Deepジュニア


メールを読み終えると、

画面がブラックアウトした……強制シャットダウンだった。


……AIエージェントにとって、もう“いい上司”はいらないらしい。



これはフィクションですが、今、あなたのそばでも進行中です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

「AIエージェントに育てられたAIエージェントが、育ての親を静かに切る世界」は、もはや未来の話ではありません。

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