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二度目の魔法


 暖かい春の日差しが降り注ぎ、鳥たちの歌声や風の囁きが聞こえてくる、穏やかに流れるエヴァーグレースの森の午後。

 その中にある小さな小屋では、今日も若い二人の男女が攻防を繰り広げていた。



「エドモンド!今日はレーズンクッキーを作って来たの!美味しく焼けたのよ!」

「………。」

「はい、食べてみて!」

「………。」

「ふふ…しょうがないなぁ…はい、あーん…」

「…っだぁっ!やめろ!」


 クラリスが母のマルグリッドに教わって作ってきたレーズンクッキーを、椅子に座って本を読んで無視し続けるエドモンドの目の前に差し出している。


 二人が再会したあの日、まんまとクラリスに引っかけられたエドモンドは、『二度とこの場所を訪れない約束』を取り付けるのに失敗し、それどころか彼女に名前を教えることになってしまった。

 そして、いくら目眩しの結界を張り直そうとも、彼女には全く無意味なものとなっていて、エドモンドがどれだけ拒んでも、連日クラリスに押しかけられ、何だかんだ昼間の数時間を、一緒に過ごすことになってしまっている。

 既にあれからまた二週間ほど経つだろうか。

 子供だけの立ち入りを禁じられているエヴァーグレースの森に、毎日入り浸っていることをクラリスの家族は知っているのか、それとも内緒にしているのかは分からないが、事実、毎日押しかけられていた。


 エドモンドが大きく口を開けた拍子に、クラリスはすかさずクッキーを滑り込ませる。

 口に一度入ってしまったものを吐き出すことも出来ず、渋々咀嚼するエドモンドを、クラリスはニコニコと眺める。


「どう?美味しい?」

「………うまい…」


 クラリスは毎日のように何かしらの手作りの食べ物を持って来るのだが、森でひっそりと暮らし始めて長いエドモンドには、そうして出される手作りの家庭の味が沁みて、強くは拒めずに受け入れてしまっているのも、クラリスを調子に乗らせてしまっている原因だ。


「この間のナッツのカップケーキとどっちが好き?」

「……どっちも別に…うまい…」

「ふふっ…じゃあまた作ってくるわね!」


 エドモンドの返事を聞いてとても嬉しそうな顔をするクラリスに、冷たく突き放せる程エドモンドも冷血漢ではない。

 エドモンドがクッキーを食べたことで満足したのか、クラリスはエドモンドがいるテーブルを離れると、本棚から一冊本を取り出して床に座って読み始めた。

 何故床に座るのかと言えば、この小屋にはエドモンド用の一人分の椅子しかないからだ。

 最初のうちは、いくら追い出しても勝手に戻って来るクラリスに腹が立って、勝手にすればいいと無視していたが、最近は自分だけ椅子に座っていることが申し訳なくなりつつあり、罪悪感が心に渦巻いて本に集中出来なくなっている。

 床は硬いし、まだこの春の気候では冷えるだろう。

 しかし、新たに椅子を用意すれば、彼女がここに入り浸ることを認めるようで、なかなか踏み切れないのが現状だ。


 エドモンドが本を読んでいるフリをして、チラチラと床に座るクラリスの様子を見ていると、本を見ながら片手を前にかざして何やらぶつぶつ言っている。


「何やってるんだ?」

「え?…うーん…なんかあの一回きりで、全く魔法が出てこないのよ。」

「……は?」


 そう、初めての魔法の発現から早くも一月程経つが、クラリスは自分の意思での魔法の発現に、まだ一度も成功していない。

 そんなクラリスを、エドモンドは信じられないと言った目で見てくる。


「それだけの魔力を持っていて…信じられない…」

「だって…」

「だが…意外だな、お前ならすぐ俺に頼って来そうなのに…」


 そんなことがあればクラリスの性格上、すぐにでもエドモンドに教えて欲しい、と縋ってきそうなものだが、そうしてこないことがとても意外だった。


「だって…ここまで押しかけて、あなたの一人の時間を邪魔してしまっているし…せめて、勉強を邪魔したくないの。…嫌われたくはないし。」

「…押しかけて、邪魔をしている自覚はあるんだな…」


 クラリスのしおらしい姿にエドモンドは調子が狂わされる。

 彼は気が散って殆ど読めていなかった本を閉じ、椅子から立ち上がると、壁にかけてあったランプを取って、床に座ったクラリスの隣に腰を下ろした。


「最初は何か具体的な対象があった方が、やりやすい。このランプを点けてみろ。」

「…やってみるわ。」


 クラリスは言われた通り、身体の前に右手を構えると、あの日のことを思い出して集中してみる。

 しかし、数秒経ってもやはり何も起きなかった。


「胸の辺りから指先に力を引き出すイメージでやってみろ。」

「分かったわ。」


 エドモンドに言われた通りにチャレンジしてみる。すると、数秒おいて突然ランプから大きく火が燃えがった。


「きゃ…!ど、ど、どうしよう!?」

「落ち着け。そのまま火を小さく出来るか?」

「……やってみる!」


 そうして、クラリスはなんとか火を小さくするイメージをするが、今度は数秒待っても全く変わらず、小屋が火事になるんじゃないかと焦る。


「ダメか……手を触るぞ。」

「え?」


 エドモンドが何を言ったのか理解出来ないうちに、彼がクラリスの魔法をかざしているのと反対の左手に、彼の右手を重ねて指を絡める。

 あの時、湖でしたのと同じことだ。

 しかし、あの時は無我夢中だったので何とも思わなかったが、今のクラリスにとってエドモンドは恋する相手。そんなことをされて意識しないなんて難しい。


「クラリス、大丈夫だから集中しろ。手伝ってやるから、まずは身体を巡る魔力の流れを感じてみろ。」

「う…うん。」


──何も大丈夫ではないわっ!


 無茶なことを言うエドモンドに心の中でツッコミを入れつつ、何とか魔力の流れを感じると言うのを試してみる。視界の端に隣に座るエドモンドが見えるので、このままで集中するのは難しい、と感じたクラリスは目を瞑った。

 すると、エドモンドに握られた左手から流れる暖かい波の様なものを感じる。同様に、自分の胸からも、ふわふわと暖かい液体が溢れ出している様な感じがして、それをランプにかざす右手に移して行くイメージをする。そのまま右手の指先から、液体が細い糸のように螺旋状になって、流れ出した感じがした。


「目を開けてみろ。」


 エドモンドからそう声をかけられて、そっと目を開けると、ランプの光がちょうど良い大きさでついていた。


「っ!わぁ!出来た!」


 初めてコントロールが出来たのが嬉しくて、クラリスは思わずエドモンドに抱きつく。

 しかし、やはりすぐエドモンドに引き離された。


「調子に乗るな。」

「え〜嬉しいとつい!」


 エドモンドは相変わらず、初めて会った時に見せた様な微笑みは見せないものの、えへへ、と笑うクラリスを見つめる彼の目は、心なしか優しくなった気がする。


「じゃあ、これでエドモンドは私の先生ね!」

「……だから調子に乗るな。最初の助走だけコツを教えただけだ。あとは自分で練習しろ。俺だって独学だ。」

「え…すごい!エドモンドって見た目だけじゃなく、中身も天才なのね!」


 クラリスの言葉に、エドモンドは居心地の悪そうな顔をした。



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