エドモンドの苦悩①
エドモンド視点のお話です。
「あのお転婆なクラリスがついに初恋だって。」
町に買い物に来ていたエドモンドは、聞き覚えのある名前に驚いて、思わず足を止める。
話しているのは果物屋の店主の中年男性だ。
「そうそう!初恋の人を探してるって私も聞いたよ!その人のことを目をキラキラさせて話すんだ。初々しくていいね〜。」
店に買い物に来ていた、女性客が楽しそうに答える。
『クラリス』と言う名は、そう珍しいものではない。もしかしたら彼らが話している人物は、エドモンドが思い浮かべる人物とは別人かもしれない。
だが、人付き合いの殆どないエドモンドの頭に浮かぶのは、あの少女一人だ。
先日、エドモンドがひっそりと暮らしているエヴァーグレースの森の中で出会った、魔力の強い少女。彼女はクラリスと名乗った。
いつもは静かな湖の方が何か騒がしく、様子を見に行ってみれば、突如膨大な魔力が嵐の様に吹き荒れ、初めてみる魔力量に唖然としていると、それが一人の小さな少女から溢れ出していることに気がついた。
ふわふとしたプラチナブロンドの長い髪と、健康的なそばかすに、大きな青い瞳が印象的な少女だった。
その姿はどこか、俺が探している彼女に面影があるように感じた。
しかし、少し期待をして触れた彼女の魔力で違うと悟った。
──彼女ではない…
落胆したエドモンドが、「これ以上関わるな。」と言った時の、傷ついた様な彼女の顔を思い出す。
あれから数日、自分で関わるなとシャッターを下ろした挙げ句、彼女が別のことに気を取られている間に姿を消しておいて、ふとした時に彼女のことが頭に浮かび、そのことが彼を悩ませている。
──『クラリス』と言う名に反応してしまうのは、きっとそのせいだ。
エドモンドはその思考を頭から追い出すように頭を振ると、次の目的の店へ行こうと一歩踏み出して、新たに聞こえて来た言葉に耳を疑った。
「特徴はなんて言ったかな…確か緑がかって見える茶色の長髪ストレートヘアに、ローブを着て、緑の目をしてるって言ってたかなぁ?」
「そうそう!しかもとびきりのイケメンだって言ってたわよ!」
「そこに関しては当てにならんよ。どんな不細工だって、恋をしたらイケメンに見えらぁ!はははっ!」
店主と女性客が話している、『クラリス』の探す初恋の人の特徴は……自分に似ている。確かに彼女はエドモンドのことを『初恋の人』と言っていた。
だか、まさか…自分の情報を殆ど与えず、関わるなとハッキリ伝えたのに、こんな大々的に捜索されるなんて誰が予想しただろうか。
──何を考えてるんだあの少女は…
一瞬でも彼女に同情した自分が馬鹿だったと思えてくる。
確かに彼女は関わるなと伝えた後もあの短時間で立ち直り、「魔法を教えて欲しい。」としつこく縋りついてくる図太さを感じた。
これでは居場所を突き止められるのは、時間の問題かもしれない、と危機感を覚える。
念の為、エドモンドは町に出る時、周りから見えにくくする魔法を自身にかけているので、見た目の特徴で町の人にバレる心配はないだろう。
『隠す』魔法に関しては一番得意な自負があるが、とても嫌な予感がする。
──あぁ…頭が痛くなってきた…
エドモンドは次に寄るつもりだった店に行くことをやめ、森の奥に帰ることにした。
そうして、ドッと疲れて帰って来たエドモンドは、彼が得意とする小屋の結界を解いて、勝手に上がり込んでいるクラリスに再会することになったのだった──