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クラリスの決意


「お前、歳はいくつだ?」

「え…15歳…」

「は?…じゅ…15!?…歳の割に幼いと言うのか…発現が遅いと言うのか…」


 クラリスの年齢を聞いて、男性は何かぶつぶつと言っている。


「あ…そう言えば、まだ名前も名乗ってなかったわね。私クラリス!クラリス・ラヴェルよ!助けてくれてありがとう!」


 クラリスはそう言って、握手を求めて右手を差し出したが、男性は眉をひそめてその手を取ってはくれなかった。


「別にいい…。俺は名乗るつもりはない。」

「なっ…!」

「この先の町のやつか?近くまで送ってやるから、これ以上俺に関わるな。」


 男性の言葉は、先程微笑みを見せた優しげな雰囲気と打って変わって、酷く冷たい。

 突然シャッターを下ろされたような気分になり、クラリスはショックで悲しくなった。

 彼女が何も言い返せずにいると、男性は気を失ったままのロザリーを背負って歩き出した。ベッキーもその隣について行く。

 他にどうすることもできず、クラリスも彼らの後について歩き始めた。

 

 歩き始めて少し経った頃、男性が再び話を始めた。


「お前…クラリスと言ったな。…一つ忠告をしておく。」


 そう言って男性は真剣な顔で歩きながら、クラリスの方をチラリと見る。


「魔法が使えることは周りの者に言わない方がいい。」

「え…なんで…?」


──魔法使えるなんて、帰ったら家族に自慢しようと思ってたのに…彼、もしかして、私の思考を見透かす能力まで持ってる?


「分かるだろ?この世界には魔法がなくなったことになっている。他に魔法が使える者が周りにいないのに、お前だけ違ったら変な目で見られるぞ。」


 彼は、クラリスが15歳になるまで魔法を発現したことがなく、初めて魔法使いを見て驚く様子で、彼女の周りや身内に魔力を持つ者がいない、と判断したらしい。


「だが、他の人に見られない場所で、魔法を制御する練習はするべきだ。お前の魔力は強すぎる。何がきっかけで、いつその力が今日のように暴走するか分からない。」


──うーん…私の家族やロザリーなら、そんなことで差別しないとは思うけど…でも、そう言うものかしら?

 それに、この力を制御出来るように練習するなんて、出来そうもないわ。どこかに魔法について教えてくれる先生でもいたら、違うでしょうけど……


 クラリスはそこで、良いことを思いついたと言わんばかりに、丸っこくて青い目を見開いて煌めかせた。


「ねぇ!だったらあなたが私に魔法の使い方を教えてくれない?」

「は?」

「…うん…そうよ!それがいいわ!だって他の人には話せないし、周りに魔法が使える人がいないもの!あなたは魔法を使いこなすのが上手そうだしカッコイイし、私の先生にピッタリ!」


 彼にまた何度も会う口実にもなる。話してみれば、それが一番いい方法であると思えてくる。

 しかし、彼はクラリスの提案に、呆れたような目線を投げかけてきた。


「俺は人付き合いも好きじゃないし、人に教えることは向いてない。」

「そうなの?でも自信を持って大丈夫よ!さっきあなたが教えてくれたやり方、とても分かりやすかったもの!」


 人に物事を教えることに自信のなさそうな彼に、クラリスは良かれと思って励ましの言葉をかける。


「……はぁ…とにかく、俺は関わらない。」

「でも…私は魔力量が多いみたいだし、また魔法の暴走が起これば、ロザリーや他の人も傷つけちゃうかもしれないわ!あなたならさっきみたいに、何かあっても助けられるでしょう?だからお願いよ!」


 クラリスに理由を述べられて、男性は少し考えたようだが、またすぐに前に向き直った。


「…とにかく…ここで俺に会ったことも忘れろ。」


──なっ……この人、なんてことを言うの!?


 男性の爆弾発言に、クラリスは必死で縋りつく。


「…そんな!忘れられる訳ないわ!だって…だって……」


 自分でもそんなつもりはなかったのだが、気がつけばクラリスの口からはその言葉が出ていた。


「あなたは、私の初恋の人だもの!」


 自分より背の高い彼の顔を、クラリスはキラキラとした期待を込めた表情で覗き込む。

 驚きのあまりこっちを見た彼と、ようやく目が合った。彼はクラリスの顔を見て絶句している。


「……何を言ってるんだ……何でよりによってこんな騒がしい子供に…」


 彼は、再び視線を逸らし、意地でもクラリスと目を合わせないようにして歩き続ける。


 ちょうどその時、遠くから人の気配がして来た。それもかなりの人数のようだ。


「………ちょうど良かったな。迎えが来たようだぞ。後はお前が背負って行けるな。」

「え?」


 彼の小さな声が耳元で聞こえたかと思うと、背中にずしりとした重さが乗っかる。クラリスはすぐにそれがロザリーのものだと理解し、彼女の膝を抱えた。


「ロザリー!クラリスー!どこにいるのー?」


 アビーおばさんの声だ。

 向こうからぞろぞろと、町の人が歩いてくるのが見えた。その中には遠目にも母のマルグリッドや姉のセシルの姿があるのが分かる。

 大雨の中、ロザリーとクラリスの姿が見えないと、みんなで探しに来てくれたのだろう。


「クラリス!」

「母さん!」


 クラリスの姿を見つけたマルグリッドが、駆け寄って来てそのまま抱きしめた。


「あぁ!良かった!酷い雨だったし、ロザリーとクラリスの姿が見えないってアビーから聞いて… 心配で心配で…」


 家を出たのは数刻前、離れていたのはほんの少しの間だったが、クラリスには長い間会っていなかったような感覚だった。母の顔を見て気持ちが緩み、クラリスの目からぽろりと涙がこぼれ落ちた。


 後から辿りついたアビーおばさんや町の人が、クラリス達を取り囲む。背負っていたロザリーを別の大人に引き渡すと、無事で良かったと笑いながらみんなで町へと引き返し始めた。


「さっき森の湖の方に大きな光が見えたんだけど、クラリスも見た?」


 隣を歩く母の言葉にドキッとする。

 そして、一瞬にしてすっかり忘れていたあの男性を紹介しよう、と彼の方を振り返った。


「母さん、さっきこの方が助けてくれ…」


 しかし、そこにあの男性の姿はない。

 町の人に紛れているのではと一緒に歩く人々を見渡したが、彼の姿はやはりどこにもなかった。


 彼はクラリスとこれ以上関わりたくないようだった。恐らく、クラリスが町の人たちに気を取られている間に、立ち去ったのだろう。


──名前すら教えてもらえなかった…


 彼が立ち去らなければ、クラリスは彼が先生になることを承諾してくれるまで、食い下がるつもりだった。いつの間にかいなくなってしまえば、それも叶わない。

 彼の印象的な深いグリーンの瞳を思い出し、胸が苦しくなる。


 そんなことを考えているうちに、一行はロザリーの家に着き、それぞれ解散となった。

 ロザリーはまだ目覚めていない。クラリスはそのことが心配で、彼女が目覚めるまで離れたくなかった。

 だが、様子を見に来てくれた医者に「ロザリーの身体には、どこにも問題がないから数時間で目覚めるだろう。」と聞いた母に説得され、渋々家に帰って来た。

 家では心配してくれていた他の家族に迎えられ、いつも通りの暖かい団欒の時間を過ごした。


──ロザリーに大事がなくて良かった。


 いつもの穏やかな日常が戻って来た。

 一見そう思えたが、クラリスの胸の真ん中には、昨日まで知らなかった、あの美しい男性がしっかりと居座っている。


──彼を知る前には戻れないわ。


 彼のことを思い出すと胸がドキドキして、クラリスは落ちつかず、居ても立っても居られなかった。

 あの短時間で、クラリスの心は完全に彼に掴まれてしまったのだ。


──彼の名前は分からないけど…彼の特徴を話せば、もしかしたら町の人が誰か一人くらい、彼のことを知ってるかもしれないわ!


 クラリスは片っ端から聞き込みをして、なんとしても彼を探し出すことを決意した。


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