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力の発現

 

 季節は春、ここ最近は暖かくはなってきたものの、やはり森の中に入ると空気がひんやりと冷たく肌寒い。

 クラリスは腕をさすりながら、足跡を見失わないように気をつけて、足早に奥を目指す。

 少しするとポツポツと雨が降り始めた。雨が酷くなれば手がかりである、足跡が消えてしまうかもしれない。


「嫌だ…早くロザリーを見つけないと…」


 クラリスはお気に入りの淡いブルーのワンピースや、ブーツが汚れるのもお構いなしに走り始めた。しばらく進むと、何処からかベッキーの鳴き声が聞こえてきた。

 この先にはエヴァーグレースを象徴する大きな湖がある。

 最悪の展開が一瞬脳裏に浮かんだが、頭を振ってその妄想を消し去ると、出せる力を振り絞ってベッキーの声のする方へと走った。


 そうして開けた場所に出た。エヴァーグレースの湖だ。

 いつもは穏やかな光が差し込み、様々な鳥のさえずりが聞こえ、たくさんの魚も泳ぐ水の澄んだ綺麗な場所であり、クラリスも家族やロザリーの両親と何度も訪れたことがある。

 しかし、今日はあいにくの天気でいつもとは雰囲気が違った。広い湖はどこか怖い印象だ。


「ワンワン!ガルルルルッ!」


 一瞬立ちすくんでいたクラリスは、ベッキーの威嚇するような鳴き声にハッとして、その姿に駆け寄る。ベッキーの近くにロザリーの姿が見えてホッとしたのも束の間。

 近づいて行けば、ロザリーが何故か湖に浸かっているのに気がついた。


「ロザリー!何をしてるの!?」


 クラリスはその姿を見て叫ぶが、ロザリーにはその声が聞こえていないのか、どんどん湖の中に入って行く。


──ロザリーったらどういうつもり?


 ロザリーは泳げない。そんな彼女が、服を着たまま湖に入らなければならない理由が分からない。


──何かそんなに大事な物を落としたとか?


 それにしてはロザリーの様子が変だ。

 この位置からでは、その表情はよく確認できないが、焦っているようには見えない。むしろ気が抜けて、ボーッとしてるように見える。

 それにベッキーの様子にも違和感がある。ベッキーはただ吠えるだけで、ロザリーを引っ張ろうと後を追ったり、湖に入ろうとはしない。

 それどころか、何に対して威嚇しているのか分からない。むしろ少し怯えているように見える。


 いつの間にか強く降り始めた雨によって、湖面に当たる雨音が大きくなり、この奇妙なシチュエーションとその雨音がクラリスの不安を煽る。


「待って!ロザリー!それ以上入ってはダメ!何か落としたなら、私が探すから!」


 慌ててその背中を追いかけて、クラリスも湖に入る。

 ロザリーにようやく手が届くと思った所で、目の前でロザリーの姿が消えた。急に深い所に来たのだろう、ロザリーがバシャバシャと溺れ始めた。

 クラリスは迷わず湖に飛び込む。着ていたお気に入りのワンピースが水を含んで重くなっていく。


──でも足がつく場所からそう離れてはいない。これなら大事になる前にロザリーを助けられるはずだわ。


 クラリスは落ち着いて、ロザリーの身体を捕まえる。


「ロザリー大丈夫!落ち着いて!」


 なんとか暴れるロザリーを岸の方に連れて行く。


──足がついたわ。もう、大丈夫………えっ!?


 クラリスがホッとした次の瞬間、ロザリーの身体が急に重くなり、クラリスも溺れかける。

 明らかに何かの意思を持って、ロザリーの身体が湖の奥に引っ張られている。その力のあまりの強さに、掴んでいたロザリーの身体から、クラリスの手が離れてしまった。


──何が起きてるの!?


 原因を探ろうと湖の中に潜ったクラリスは、その光景に驚いた。


 見たこともない人型の青い生き物に、ロザリーは湖の底に連れて行かれようとしていた。

 その生き物は人に近い形をしているが、その表面は真っ青な鱗に覆われている。水の中でも怪しく黄色に光る目がギロリとクラリスを捉えた。そのまま今度はこちらにも手を伸ばしてくるので、クラリスは慌てて避ければ、他にも仲間がいたようで後ろから掴まれてしまった。

 もちろん思い切りもがいて抵抗しようとしたが、水を吸ったワンピースの重さや引っぱられる力強さに逃れるのは難しい。

 気がつけば、何体もの青い生き物の仲間に囲まれていて、切り抜けるのに困難を感じる。ゴボゴボと急激に沈んでゆくクラリスの身体。


──せめて…ロザリーだけでもどうにか助けられないかしら…


 そう思い、ロザリーの方に手を伸ばす。ロザリーの方はもう気を失っているのか反応がない。

 このままでは、最悪、自分もロザリーも死ぬかもしれない。走馬灯の様に家族やロザリーの家族、町の人の顔が頭を過ぎる。


──ダメ…!こんな所で…


 その時、ロザリーの方に伸ばした右手の指先から突然光が溢れ出した。それと同時に湖の水が渦を巻いて空へ向かって上がって行く。

 クラリスとロザリーを引き込もうとしていた青い生き物たちは、弾かれた様に一瞬で蹴散らされた。


──なっ…何が起こってるの!?…けど助かった…!?


 光は明らかにクラリスの指先から出ている。この水の渦も恐らく、自分が何かしてしまっているんだ、という漠然とした確信もある。それはまるで、全身から大きなエネルギーが溢れ出しているような感覚で、その力がコントロール出来ず、腕を上手く動かすことも出来ない。

 目の前には気を失っている様子のロザリーがいる。クラリスと二人、湖の水の渦と光に包まれて浮いている様な状態だ。

 なんとか光の溢れ出す方と反対の左手を伸ばして、ロザリーを胸に抱え込む。


──なんとかロザリーを助けられたと思ったけれど……この後はどうすればいいのかしら!?……あら?ベッキーの隣に誰かいるわ。


 二度目の絶望に陥りそうになった時、湖の岸にいるベッキーとその隣に佇む、髪の長い、ローブ姿の人が目に入った。


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