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光の子


 暖かな春の日差しに、色とりどりの花が美しく咲きほこり、辺りには新しい緑の匂いが漂う。

 聞こえてくるのは、穏やかな川のせせらぎに、小鳥の歌声、そこに生きる人々の鼻歌や笑い声だ。


 小さな二階建ての家に面した花が咲き乱れる庭に、息を弾ませた一人の少女が駆け込んで来た。

 彼女の腰まであるふわふわのプラチナブロンドが、日差しの中でキラキラと煌めく。そのウェーブヘアはまるで、暗闇でも輝く星のようだ。

 彼女の濃いブルーの瞳は、好奇心旺盛さを表すように、丸くパッチリとしており、その下には、健康的で可愛らしい小さなそばかすが並んでいる。


 彼女の名前はクラリス・ラヴェル。

 ふわふわのプラチナブロンドは父譲り、濃いブルーの瞳は母譲り。

 先日15歳になったばかりの、ラヴェル四兄妹の三番目だ。


 淡いブルーのワンピースを揺らしながら、クラリスは、母のマルグリッドのいるキッチンに飛び込む。


「ねぇ母さん!私出かけてくるわ!」


 いつも通りの唐突で自由な発言に、マルグリッドは驚きながら、カウンターで作業をしていた手を止め顔を上げた。


「えぇ?今から?今クラリスの好きなベリーのパイを作ってるのよ。」

「え!?そうなの!?うわぁ!美味しそう!」


 クラリスがカウンターを覗き込むと、花の形のパイ生地で綺麗に飾り付けられた、オーブンに送り込まれる直前のパイがあった。綺麗に編み込まれたパイ生地の隙間からは、マルグリッドが煮詰めて作ったベリーのフィリングが覗いていて、その甘い香りが鼻をくすぐる。

 このベリーのパイは、先日の誕生日のお祝いケーキにもリクエストする程、クラリスの大好物だ。


──母さんの出来立てのベリーのパイ、とっても美味しいのよね!考えるだけでヨダレが出そうだわ。


「あぁ〜でもダメ!今すぐ行かなくちゃならないの!」

「そんなに急ぎの用事なの?向こうに雨雲が見えるわよ。これから雨が降ってくるわ。」


 そう言われてクラリスは、キッチンの窓から外を覗く。確かに母の言う通り、こちらの暖かい春の日差しとは対照的な雨雲が、向こうに見えている。


「うーん…でも大丈夫!私雨は怖くないし、すぐ戻ってくるわ!」


 そう言いながらも、クラリスはせっかちにキッチンの戸口に向かう。

 こう言う時の彼女が、言うことを聞かないのを分かっているマルグリッドは、諦めて送り出すことにした。


「ちょっと待ちなさい。」

「なぁに?」


 マルグリッドはクラリスに近づくと、彼女の丸くて可愛らしい額に優しくキスをした。


「母さんったら…私もうそんなに小さな子供じゃないのよ。」

「いいの。これは無事に帰れるおまじない。」

「すぐそこなんだから大丈夫よ。ロザリーの所に行くだけ。もう…大袈裟なんだから…」


 少し気恥ずかしくて膨れるクラリスを見て、マルグリッドは微笑むと、彼女のふわふわの髪をぽんぽんと撫でた。

 これは幼い頃からマルグリッドがやる『おまじない』だ。マルグリッドもそうやってよく母からされていたらしく、その母も母からされていた、家に伝わる伝統のようなものらしい。


「じゃあ行ってくるわね!帰って来たらパイを食べるから、絶対に取っておいてね!」


 クラリスは来た時と同じようにキッチンから飛び出し、花の溢れる庭を通り抜け、町の外れに向かって駆け出した。

 向かう先は、幼馴染であり親友のロザリーの家だ。


 クラリスには幼い頃から時折、これから起こる物事を察知する力があった。胸騒ぎがして吸い寄せられるようにその場所に行くと、必ず何かしらの事件が起こるというものだ。

 今日もクラリスが家の近くの川で、のんびり日向ぼっこをしていたところ、突然の胸騒ぎと頭にロザリーの顔が過ぎった。親友を助けられるのは自分だ、と使命感に駆られ、彼女は町の外れに急いだ。


 ロザリーの家は、裏が広大なエヴァーグレースの森に面しており、町の外れにある。ロザリーとその両親、ロザリーの弟の家族4人で住んでおり、庭には馬や鶏のいる小さな家畜小屋やブランコもある、可愛らしいレンガ作りの二階建ての家だ。


 クラリスが辿り着くと、ロザリーの家の前には彼女の母であるアビーおばさんがいた。どうやら雨が降り始める前に、急いで洗濯物を取り込んでいるようだ。


「こんにちは。アビーおばさん!ロザリーはいる?」

「あらあら、クラリスったら、また走ってきたの?ロザリーならベッキーと一緒にそこら辺にいるはずよ。」


 ベッキーと言うのはロザリーの家で飼っている茶色い大型犬だ。

 クラリスはアビーおばさんにお礼を伝えると、庭の家畜小屋の辺りに向かった。


「ロザリー?どこにいるー?」


 パッと小さな庭を見渡した感じ、ロザリーとベッキーの気配はなく、もちろん返事もない。


「……ねぇ…ロザリー知らない?」


 クラリスは家畜小屋の馬に話しかけた。もちろんそんなことをしても、馬から返事がないのは分かっている。


──アビーおばさんは、そこら辺にいるって言ってたけど、ロザリーったらもしかして、おばさんに何も言わずに家を出てるなんてこと、あるかしら?


 馬を撫でながら、走って来て乱れていた息を軽く整えると、クラリスは家の裏に回った。

 庭の裏戸の辺りに立って、そこから何となく向こうに広がるエヴァーグレースの森を見渡す。

 すると、手前にキラッと光るものを見つけた。クラリスはそれが何か、確かめる為に近づく。


──これは……ロザリーが気に入っていつもつけている、薔薇のバレッタだわ…なんでここに…?

 それに……これはロザリーとベッキーの足跡?


 一人と一匹の足跡は、真っ直ぐ森の中へと続いている。


「ロザリー?いるのー?」


 クラリスは森の中に向かって呼びかけてみるが、反応はない。森はしんと静まり、昼間でも薄暗い。


 エヴァーグレースの森は、大人でも滅多に立ち入ることがない場所で、子供だけで入ることは禁じられている。

 しかし、ロザリーの家が森に面していることもあり、実は、森に入って数メートルの目の届く範囲でなら、遊ぶことはよくある。アビーおばさんたちもそこまでなら、と容認してくれている。

 しかし、今日は森の入口から覗ける範囲にロザリーの姿はない。チラッと空を見れば、ゴロゴロと雨雲がすぐそこまで来ていて、今にも雨が降り出しそうだ。

 それに先程から胸騒ぎが酷く、クラリスは一人焦っていた。

 正直、楽天的なクラリスでも、森の奥に一人で入るのは少々心細い。


──でも、こうしている間にも、ロザリーが何か大変な目に遭って、困っているかもしれないわ。


 クラリスは気合いを入れる様に、ロザリーの髪飾りを簡単に自身の髪に留めると、エヴァーグレースの森に踏み込んだ。


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