魔法が忘れ去られた世界
昔々、遥か昔のこと。
この世界を作った神が地上に魔法の一雫を落とすと、それはたちまち大地に染み渡り、地上にある草木や水、人間を含めた様々な生き物、そこにある全てのものに魔力を与えた。
かつてこの世界には魔法が溢れていた──。
魔法の源である魔力は、生き物はもちろん、水や植物、空気、様々なものに流れる命とも呼べる、非常に重要なものであった。
人間はそれらを使って炎を灯し、土地を耕し、海や風、天候までもを操ることが出来る力を持っていた。
その力により人間は豊かに繁栄し、やがて大きな王国を築き上げた。
魔法を持つ人々の性格は、温厚で穏やかな者が多く、その時代、神と人との間には交流があった。
そして、彼らは永らく良好な関係を築いていた。
魔法がない生活など想像も出来ない。
それ程に魔法の存在は、人々にとってなくてはならない、あって当たり前の存在であった。
しかし、温厚で穏やかな性格を持つ人々の中に、一部欲の強い者がいた。
彼らは自身の持つものに満足することができず、次から次へと、より大きな力を欲した。
そのうちのある者が言った。
「神々の世界を侵略し、より大きな力を手に入れ、人間が真の神になるのだ。」と──。
その人々は神の国へと続く扉から、神の世界への侵入を試みた。
しかし、人間がどれだけ集まり大きな力を持っていようとも、神々の力を前にその力は無に等しく、その計画は失敗に終わった。
これにより、何千年にも渡り築かれた神々と人間の信頼関係は、失われることになった。
人々の裏切りに、神々は怒り狂った。
神が片手を一振りすると、彼らの魔力は一瞬にして奪われた。
『やがて人間は魔力を失い、その記憶もなくすであろう。』
そして、魔力を持たぬ人間が生まれた──。
その魔力を持たない者が子を持つと、魔力を持たない子が生まれた。
そのうち「魔力を持たない者は子を持つべきではない」と差別的な発言をする人々が現れた。
彼らは、当たり前にある魔法を失うことに怯えていた。
そのため、人間の間に争いが生まれた。
しかしそのうち、魔力を待つ者同士からも、魔力を持たない子が生まれるようになった。
その数は、次第に魔力を持つ者よりも多くなっていった。
人々は、再び神々と交流を持つことを願ったが、神の国への扉は固く閉ざされ、再び開くことはなかった。
人々は魔法を完全に失うことを恐れたが、それに抗う術がなく、少しずつ魔法がなくても生活できる術を身につけていった。
やがて、生活の中に溢れていた魔法がなくなり、長い年月をかけ、人々は魔法そのものの存在を忘れてしまった。
──魔法が忘れ去られて、どれくらいの時が経っただろうか。
美しい川が近くに流れる、豊かな自然に囲まれた穏やかな気候のとある田舎町に、ラヴェル夫妻が住んでいた。
温厚なルノーと明るいマルグリッド。
仲睦まじい夫婦は四人の子宝に恵まれ、その三人目の子は何の因果か、大きな魔力を持って生まれた。
彼女は光の意味を持つ『クラリス』と名付けられた。
クラリスは大きな魔力こそ持っていたが、魔法を忘れた人々がその力に気がつくことはなく、至って普通の子として育てられた。
両親と周囲からたくさんの愛情を受け、暖かい家庭で明るく、真っ直ぐ、楽天的に育ち、まもなく15歳を迎えようとしている──。