6.魔術
「痛ててて・・・」
訓練に参加するようになって、ペンを持つだけでも筋肉痛がする体になってしまった。朝ベッドから起き上がるにも辛く、医務室に駆け込んだが何をしたのかとしつこく問われ嫌になった。
今はルーシーに疲労回復の魔法をかけて貰って少し楽になった。魔法とは本当に万能だ。
「だから言ったでしょ。大体、メイベルあなた碌に運動なんてしたことないのに。それで、男子に混ざって剣術を学ぶなんて・・・本当に何もなくてよかったけど、さすがにもう懲りたでしょう?」
「確かに、自分の能力の無さに打ちのめされたけど、でも私もう少しやってみる。」
私の返答を聞いて、サラフィナはあからさまにがっかりした顔をした。
私が訓練から帰った日、私の汗だくでぼろぼろの体と青ざめた顔を見てすぐ音を上げると踏んだのだろう。
「何があなたをそこまでさせるの?そんな危険を冒してまでやる事じゃないわ。」
サラフィナが言っている事は最もだ。自分でもこんなにつらい思いをしてと思わなくもない。
「だけど、何でか分からないけど、自分で決めた事だから頑張れるのかも。ずっと座って言われたことをやり続けるよりずっといいかなって今は思うんだよね。もしかしたらすぐに辞めちゃうかもだけど、辞めたくなったらその気持ちに従いたいな。」
「座りっぱなしで言われたことをやり続けなきゃいけないことなんてそんなに経験していないでしょ。淑女教育も講義でも座っていない事もあるんだし。辛抱強いのかそうじゃないのかよく分からないわ。」
(確かに言われてみたらそうね、どうして比較にそんなイメージが浮かんだのかしら。)
「とにかく、もうちょっと頑張ってみるね。」
「はぁ~~~。」
サラフィナは私がいう事を聞かないだろうことは分かっているのだろう長い溜息をついた。
「お願いだから、もうこれ以上私の寿命を縮めるようなことは市内で頂戴ね。」
「うん!」
私は笑顔で答えた。
サラフィナはそんな私の様子を見てまた溜息をつくのであった。
***
「~~であるからして、魔力は元々紀元前の航海士が見つけた海底の宝石から生まれたものであるという説も残っています。しかしながら、星暦150年の書物では宇宙からの何らかのエネルギー反応によって人体にもたらされた突然変異的な要因が示唆されており・・・」
(難しすぎる、だめだ。訓練での体力の消耗で瞼が勝手に閉じてしまうわ。)
私の様子ははた目から見たら時折白目をむいて頭を揺らす滑稽なものだろう。
(訓練に参加できるようになったのも魔術のおかげだから、もっとちゃんと魔術を学びたいと思ったけど、魔法歴史は子守歌のように聞こえてくるわ。どうして、睡魔ってこんなにつらいのかしら。睡魔っていうだけあって黒魔術か何かの類としか思えないわ...)
必死にペンで手のツボを押しながら睡魔に耐えながら、斜め前に座るルーシーを見たが、彼女はとても興味深そうにノートに勢いよくペンを走らせていた。よっぽど魔術が好きなのだろう。
流石ルーシーだと感心しているうちに瞼が完全に閉じてしまっていたようだ。
「メイベルさん!」
と金切り声に名前を呼ばれ飛び起きた。
「はいっ!・・・すみません。」
あろうことか厳しいハンストン先生の授業で寝てしまったようだ。ハンストン先生は厳しいが、生徒の身分で判断をせず平等に接する良い先生だ。その為、私に対してもとても厳しく良く怒られている・・・
他の生徒が同様に怒られているわけでは無いのだが、私は夜更かしして本を読み漁ったり、庭を歩き回ったりしているので授業中に居眠りをしてしまう事も少なくない。
「次授業に集中していないようでしたら、課題を追加します。」
「はい・・・」
私の頭は覚醒した、、、かに思えたが、体は思ったよりも疲弊していたようだ。それに加え、ハンストン先生の呪文のような講義が心地よいハーモニーを奏でたため、再度睡魔に負けてしまい、無事に(?)追加の課題を課されるに至った。
***
「メイベルさん何だか疲れているようですね。大丈夫ですか?」
授業終了後にハンストン先生に呼び出されたが、厳しい彼女だがしかりつけるというよりも私の身を案じてくれているようで温かみを感じる。追加課題はしっかり頂いたのだが。
「いえ、最近少し運動を始めて疲れているだけですので大丈夫です。」
「まあ、それは良い習慣ですね。しかし、学生の内には運動だけでなく勉学に励むことも大切です。あなたは励めばもっと魔術の腕前も上がると思いますよ。」
ハンストン先生に魔術の能力を示唆されて拍子抜けしてしまう。
「先生、私にも魔術の才能があるとお思いですか?」
先生は私の返答に少し驚いた様子だったが、すぐにいつもの落ち着いた表情にもどって続けた。
「はい。あなたには十分可能性を感じますよ。潜在的な魔力が多いのではないでしょうか。しかし、魔力というのは生命力のようなものですので、ポテンシャルがあってもその器である肉体が弱っていたり、うまく使い方を知らないと本来の力を発揮できません。これは授業でも話したことですね。」
ぎくっと背筋が伸びる。暗に私が授業をきちんと聞いていない事を指摘したのかもしれない。
「ですので、あなたが体を鍛え始めたのは魔術にとってもとても良い作用をもたらすでしょう。少し大変な道のりですが、体を鍛えるのと同時に魔術に力を入れる事をお勧めしますよ。もし、あなたが望むのならばですが。」
「私、魔術ももっともっと出来るようになりたいんです!机上の学習は少し苦手ですが、これからは一生懸命取り組みます。あっ、でも、、、。」
「どうかしたのですか?」
「いえ、ただ、、、卒業したら、特に貴族の女子にとっては意味がない事なのかと思いまして。」
ハンストン先生は、私が言わんとする事を察したかのように黙って私の目を真っ直ぐに
見つめてきた。
「黒魔術よりも恐ろしい呪いを知っていますか?それは自分にはできない、してはいけないと自分自身で制限を掛ける事なのです。この世界には多くの呪いがありますが、もちろん同じようにそれを解くための手段も魔法も存在するのですよ。必ずしも解決策を見つけられるとは限らないでしょう。しかし、それを見つけられるかどうかは、探してみない事には分からないのです。」
先生は静かに、そして淡々とそう言った。直接的な表現を避けているが、先生の意図が伝わってくる。
「えっと、失礼でしたら申し訳ないのですが、先生はどのようにして先生になられたのですか?」
「そうですね、私もあなたと同じ年の頃同じように呪いにかかっていました。呪いのとき方なんて分からなかったですし、周りの意見に流されそうになることもありましたが、一つだけ確かな指標がありました。どうするべきか選択に迫られたとき、自分の心がときめく方を選ぶのです。私はそれに従って遠回りをした結果現在があります。まだ遠回りしている途中なのかもしれませんがね。でも後悔はありません。」
すべての生徒に対し平等で、そして厳格であるハンストン先生の意外な一面を見たようだった。彼女もいつでも正しい道を知っているわけでは無く、自分の感情や信条に従って生きてきたのだろう。全部を語らずしても、彼女が魔術師というまだ女性では珍しく、あまり権力があるとも言えない職業を選択するまでの道のりは決して平たんなものではなかったことを想像する事ができた。
それに、ハンストン先生の発言は、私の未来はたとえこれから周りに指示されない、望まれていない道であろうがなかろうが自由に選んでいいと言っているように聞こえる。
「先生、ありがとうございます。」
「例には及びませんよ。あなたには良くも悪くも偏見がありません。素直であり、時に頑固ですが、自分の心にも正直です。自分が何をしたいかなんて自分でとっくに気が付いているでしょう。」
そう言って先生はほんの少し目じりを細めた。その表情はとても柔らかで温かかった。
「私、もっと魔術を勉強します。えっと、それが将来直接役に立つか分かりませんが、でも自分の心が今やりたいって言っているんです。」
そう言葉にすればするほど、やる気が満ち溢れてきた。この好奇心は一時的なものかもしれないし、先生は適性があると言ってくれたが、やってみたらダメダメかもしれない。でも今の気持ちを大切にしたいのだ。
「そうですか。魔術サークルに顔を出してみてはいかがでしょうか。そこには志を同じくする者がいるはずですよ。ルーシーに話を聞いてみてください。」
「魔術サークル!はい、すぐに聞いてみます。」
「それから、まずは授業を大切にすることを忘れない事です。必要な基礎知識は全て伝えていますよ。」
耳が痛いご指摘にまた背筋が伸びる。
「はい・・・」




