3.偏屈
「メイブル、あなたは本当にどうかしているわ!ユリウス様はあんなにご立派なのに、どうしてあなただけこんなにも変わっているのかしら。いや、あなたが変なのは今に始まった事じゃないわ。5つの時には既にあなたは変だったもの!!」
ランチの席で早口で話しながら頭を抱えているのは、家族ぐるみの親交があった為に仲が良く、幼少期からの友人でもあるサラフィナだ。癖が一本もないのではないかという程、ストレートでほとんどホワイトのブロンドの美しい髪を振りながら私の発言を嘆いている。カリンと同様、私の本性を知っている人物だ。
「サラ、分かったから。私はただ、人間の価値が生まれながらに決まっているのは不思議だと疑問を口にしただけだわ。それに、あなたの前以外ではちゃんと貴族の振る舞いを心得てるわ。」
「だから、私は階級制度を疑問視する事自体がおかしいと言っているのよ。それは、言ってしまえば王制をも否定しかねないわ!今日だってルーシーに庶民の食べ物を持ってこさせたって聞いたけど、シンクレア家を背負っているという自覚があるのか甚だ疑問だわ。」
私の返答を聞いてサラフィナは一層顔色を曇らせた。あの授業はサラフィナとは別だったが、やはり噂になってしまったようだ。
確かに、実家や兄に庶民出身の子と親しくしている事を知られたら厄介だが、逐一私の様子を調べる程彼らは私に興味はないだろうし、わざわざ報告するようなもの好きもいないだろう。
「サラが私の事を心配してくれているのは分かってるわ。あなたのような友人がいて、本当に良かった。これからも信頼してるんだから、ね?」
私は多少、いや、かなり大げさに目を輝かせ、私の平穏があるのはサラフィナのおかげですと言わんばかりにかわい子ぶって彼女を見つめる。
「・・・んも~~~!分かったらいいのよ。ほら、冷めないうちに食べちゃいましょう。」
サラフィナは頼りにされているのが満更でもないのか、恥ずかしさを誤魔化すように食事に手を付けだした。
彼女の扱いなど幼少期から心得ている。サラフィナは厳しいが、愛情深い人物だ。本当にツンデレだなと思う。
昔から彼女は何が正しいかという、この世のルールに則って行動が出来る子だった。
それはそうするべきだ、いやはや、そうしないべきだという判断をきちんと出来る彼女は、私と同じ使命を背負いながらも、家柄を背負う務めを全うするに事欠かない人物だろう。友人というよりも私の姉のような存在だ。
一方私は、外面だけ取り繕うのが得意で、中身がないくせに不満ばかりを抱く偏屈な人間だ。
貴族とは、女性とはこうあるべき、というルールを提示されても、何故そうなのか、誰が決めたのかと素直にいう事を聞けないでいる。
学園へ通う前の初等教育の際、家庭教師に『女性は男性の一歩後ろを歩くのですよ。』と言われた際に、『でも男性が歩くのが遅かったら先を歩いてもいいですか?』と屁理屈を言ってしまった事がある。あの時の先生の驚いた表情と、その後の仕打ちを思いだすと今でも嫌な気持ちが蘇る。
私が学んだのは、同意できなくても従順な振りをすることが生きる上で最も重要だということだ。
しかしながら、私の偏屈さは生まれ持ってのものなのだろうか。それとも、両親の無関心さ故、孤独からそうなってしまったのだろうか。
このままでいると、命さえ危ういのに、人間の思考とはいやはや支配するのがこうも難しいのかと我ながら感心してしまう。
「きゃあ、見て。レオノール様よ。」
サラフィナが見つめる先に目をやる。大勢の取り巻きに囲まれた中心に、長めのブロンドヘアで長身の容姿が整った生徒がいた。王子であるレオノール・バレンシアである。
なんだ。興味を無くした私は、すぐに食事を再開しスープを掬いながら応える。
「サラ、小さい頃は良く一緒に遊んだじゃない。何を今更・・・。」
私が呆れて言うと、サラフィナは失礼な発言をするんじゃないわよ!と言うようにキッとこちらに睨みを利かせた。それは、スープを口に運ぶ手を一瞬止める程の威力だった。
「わーほんと素敵ー。」
私が、レオノールを見もせずに答えるとサラは怒りではなく、心底呆れたとでも言わんばかりの表情をしていた。
「メイブル、あなたの心は枯れているわ。まるで愛を失った未亡人じゃない。そんな事じゃだめよ。」
別にいいでしょ。と思ったが、サラフィナの発言やリアクションはこの世のそれと同じだ。
「サラ、心配してくれるのは有難いけど、私にはまだ恋愛は早いみたい。」
「あら、どうしよう、レオノール様がこちらを見てるわ。」
「はいはい、挨拶でもしてきたら。」
サラは恋心というよりかは、応援したい推しを見つめる乙女の様だ。
(ん?”推し”ってふと思いついたけど、自分が好きなものを表現する方法として、かなりいい線言っているのではないだろうか。)
物思いに更けながら何とはなしに、話題の人に再度視線を向けた。
すると、その主もこちらを見ていたようでばっちり目が合ってしまう。私は余所行きスイッチを入れて、不自然にならないようにかつ最低限の愛想を出して、レオナールに向けて微笑んだ。
【ズキッ・・・】
またか。昔から彼を見ると何故だか不快な胸騒ぎがする。
私は上流貴族である為にレオノール・バレンシアとは幼い頃から交流がある。しかしながら、特別仲が良いというわけでもなく、次男とはいえど王子という責務を背負ったレオノールは成長と共に王宮での教育科目が増え、年を重ねるごとに交流は減っていた。
同じ学園に入ってからというもの、彼の噂や常に人に囲まれている彼を遠目で見る事はあっても以前のように話す機会はなかった。
こんな話題の人物とは出来るだけ関りたくないし、何故だか私のDNAが彼を拒絶しているのだが、さすがに王子様を無視するわけにはいかないだろうし、軽く挨拶をしておくに越したことはないだろう。
サラフィナも私と同様幼少期には交流があり、久々に遠目からでも挨拶ができて嬉しいようだ。
私はそそくさと視線を食事に戻した。食事に戻る途中、一瞬目の端でレオナールががっかりした表情を浮かべているように見えたが気のせいだろう。もし気のせいではなく、彼が昔のように話したいとしても、彼と仲良くして変な噂が立ち彼との婚約を夢見る数多くの女子生徒の敵意の的になり、あろうことか婚約させられるという地獄からは何としても逃れなくてはいけない。
身分というのは友情関係さえも引き裂いてしまうのかもしれない。
「レオナール様私達を覚えてくれていらっしゃるんだわ!食堂にして正解だったわ。ね、メイベル。これで分かったでしょう?素敵な男性を見ると胸がときめいて、若返る感じがするのよ。」
「うん?覚えては良そうだったけど・・・でもときめいたり何たりとか、そんなの全然なかったけど。」
そう応えるやいなや、サラフィナは両手で私の手を覆うように強く握った。
「メイベル。私達は卒業と同時に嫁ぎにいくというのは決まっているじゃない?そしたら自由に恋愛なんてできやしないわ。だから、今、この時が恋愛をするラストチャンスなのよ。」
「あらあら、サラフィナ先生のことだから正しく関係を築いて結ばれるべきとか、純愛を唱えるのかと思ったのだけど?」
「それはもちろんそうだけど、人生には遊び心も必要でしょ!」
サラフィナは意気揚々と答える。
「よし、今週末はあけておいてね!」
「えー、乗馬しようって言ったじゃない。それに、私は恋愛なんて興味・・・」
「それはいつでもできるでしょう!あなたも経験したら分かるわ!」
サラフィナは何やらやる気のようだ。
面倒なことになった。誰もが恋愛感情を持っているなんて思う方が間違っているのに。
ただ、彼女が言った事で正しい事もある。嫁ぎ先にもよるが、卒業すれば今ほどの自由は得られないだろう。
物心つくころから分かっていた事だが、私はそれを考えさせられる度に胸の中で黒い感情が沸くのを感じていた。




