小春日和の日
小春日和のその朝、春が来た。
春は癖っ毛の栗色の髪の幼女で、眠そうな顔でとてとてと歩いてきた。淡い青いぶかぶかの服はあまりに大きく、襟ぐりから首筋だけでなく片方の肩までが見えてしまっている。
「今年は早かったね」
秋のおじいはしゃがみこみ、白く長い髪の影からオレンジ色の目を春のみどり色のそれに合わせた。
「うん」
春はこっくりとうなずく。
1年に2度だけ、風の良い日にこの2人は会うのだ。一度はゆっくり話してみたいと思いながらも、それは許されない2人である。
「ほら、ここがいい」
秋のおじいの言葉に、春はまたこっくりとうなずく。
そこは、山の中腹の日当たりの良い落ち葉溜まり。
春はそこが気に入ったのだろう。にこにこと笑い、ポケットに手を入れる。
ぶかぶかの服が片方の肩が出てしまうほど着崩れていたのは、そのポケットに入っていたものの重さのせいだ。
それは着ている服の色が移ってしまったような淡い青の、ビー玉ほどの小さな卵。
春の幼女は、小さいのに重いそれを両手で握りしめ、そっと息を吹きかける。
秋は片手を伸ばし、落ち葉を軽くかき分けて湿り気のある土をむき出しにした。
春はその土の上にそっと卵を置く。
太陽の光を浴びて、青い卵の表面はきらきらと輝いた。
再び、春の幼女と秋のおじいの目が合う。
卵がきれいだからと、埋めてしまいたくない春を、秋は軽く首を振るしぐさだけで説得する。
春は泣きそうな顔で、それでも両手で卵に落ち葉を掛けた。掛けだしたらそれはそれで楽しくて、止まらない。秋の目と同じ色の、かさかさふかふかの落ち葉の山が大きくなっていく。
「そのくらいにしておきなさい。冬が長くなってしまう」
「うん」
春はまたこっくりとうなずく。
これから月が満ちて欠けてを繰り返し、この卵は春となる。春の幼女は、来る春のためにこの小春日和の日を選んだのだ。春が来るころ春の幼女は少女になり、夏が来る頃には10代後半の女性となる。そしてそのころ、青年の秋を迎えることになる。そのときは短い時間とはいえ、春ももっと話すことができるだろう。
「……帰らなきゃ」
「そうだな。またな。若い夏によろしく」
「うん。またね。若いじいじの冬によろしく。ばいばい」
秋の言葉をこましゃくれて繰り返し、春は手を振った。
秋も手を振り返し、自分の季節の終りが近いことを知る。
繰り返し繰り返し行ってきたことで、もう年々の個々としては記憶が定かではない。
でも、これは永遠に続くことではない。あと一万回かもしれないし、一億回かもしれない。だけど、それで終りが来てしまう。春が来なくなったとき、自分はどうするのだろう。
秋はその不安を押し殺し、温和な顔で、振り返り振り返り去っていく春に手を振り続けていた。