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7.帰還

 井戸から出て、一息ついたところで念の為に水は暫く生活用水にしてほしいこと。明日には飲料水を持ってくることを生き残っている人々に伝えた。

 核を取り外してすぐ、瘴気の影響を受けていた人々は軽快に向かったらしく、人々の感謝の声を聞きながら、生き残っていたのが少年とその家族だけでなく良かったと安堵する。出来る事には限りがあるが、次に召喚されるであろう先代が戻った時にクレームの嵐になるような事態は避けておきたい。「あなたの代理もよくやっていました」くらいは、言われておきたい。そう、煉華は思っていたのだ。どこで繋がっているかわからないからこそ、どこであっても大きく評判を下げるような生き方をするわけにはいかない。それは、()()()()()としての考えであった。同時に、倒れ込みたい気持ちを飲み込み、顔を上げて何でもない風を装う。大したことは無いのだと、頭を下げてお礼を言い続ける大人達に伝えていく。服や体の傷に関しては、拠点に戻ればすぐに治ると嘯いた。

 土地の再生や体調の回復等、やるべきことは多岐にわたる。終われば関わる事もほとんどなくなってしまう煉華の存在が重荷となってしまう事は避けたかった。


 「聖女様であると、ノアから聞きました。我らを救ってくださり、ありがとうございました。少しずつ動けなくなり、これまでと思っておりましたが、また、こうして生きる事が出来ます」

 

 死んでしまった者達はしっかりと供養する。という代表者に後を任せ、護衛としてついて来た者達には復興に必要な物をリスト化するよう伝える。リスト。という言葉が通じていないと感じた為、必要数をまとめるように。と、言い換えた。

 近隣にも村はある。近い村に誤送しないよう、煉華は地図に印をつけ、村の入り口に生えている木に、自身の持っていた髪飾りを括りつけた。これで間違えることは無いだろうと、外さないよう伝えて帰路につく。

 

 馬車に乗り込み、窓を覆って外から自身が見えなくなり、一人となった瞬間に緊張の糸が切れる。全身の痛みと身体に籠った熱で呼吸が荒くなり、座る事が出来ず横たわる。自然と零れてくる涙をそのままに声を殺して泣きながら、なんでこんなことをしなければならないんだと呟いた。先代には7人もともに歩む人たちがいたのに。


(なんで私は、いつも一人になってしまうの)


 全部、ハクのせいだ。泣き虫の小さい神様に選ばれなければ、少なくとも在学中は大きな問題なく過ごせたはずなのだ。

 行方不明となっている間に、情勢がどう変わっているかもわからない。戻ったところで居場所があるかも定かではないのだ。

 様々な不安が心を荒らし、外から遠慮がちに聞こえてくる声に返事も出来ない。それほどまでに弱っている自分に腹が立っていた。やると決めたのは煉華自身のはずなのに、心が折れそうになっていることが悔しくてならないのだ。

 役目を果たさなければ、帰る事は難しい。だが、帰ったところで放置してしまった役目の代償を払わなければならない。

 

 「会いたい」


 元居た世界の人たちに。自身が信頼できる人達に、会いたいと願う。

 

 馬車は休憩を挟んではいるが、その間、煉華に声を掛ける者はいない。気を遣わせてしまっていることに対して申し訳ない気持ちはあるが、今はその気遣いに感謝していた。もし声をかけられていたら、罵詈雑言を並べ立て、責め立てる気がしていたから。

 

 泣くだけ泣いて、恨むだけ恨んだ煉華は、休憩が終わる頃には落ち着きを取り戻し身体を起こして地図を広げる余裕さえ戻って来た。熱は引かないし、身体も痛むが精神がそれに引きずられる事はないだろうと気を引き締める。

 

 「ありがとう。そっとしておいてくれて」

 

 覆いを退かし、外に向かって声を掛ける。


 「とんでもない!」


 と、被せ気味に外から声が返ってきてその際にしっかりと目が合った。御者で無い者は後ろにいるか並走している。とは聞いていたが、泣いていた事に気づかれただろうか? と、緊張が走った。


 「聖女様のおかげで、穢れ地が1つなくなりました。我々は何もできず、聖女様に背負わせてしまった事、申し訳ありません」

 

 柔らかな声音で紡がれる言葉は煉華にとって心を温めるものとなった。

 

 「こちらこそ、ありがとう。事後処理が早くに終わりそうだもの」

 

 「……そうなるよう尽くします。もうすぐ着きますので、今しばらく辛抱して下さい。湯殿の用意は出来ているはずなので、身体を温め、すぐに治療を受けていただきたく」

 

 身体の冷えを心配され、そういえば濡れたままだったと井戸水を吸った座席を見つめる。見事に染みになっており、これは申し訳ない事をした。と、次からは着替えを荷物に加えることを心に決める。

 そうこうしているうちに帰還を知らせる笛の音が鳴り響き、門がゆっくりと開いていく。

 貸与された服をダメにしてしまった。と、頭を抱えている間に下車を促され慌てて降りると、目の前には涙目のエリスが立っていた。


 「……っ、そ、そんなに、怪我を……っ。お、お前たちは、何をしていたんですか!?」

 

 「ちょっと、落ち着いて。後これお土産。」

 

 叫び始めたエリスを宥めながら、瘴気の種なるものを放り渡す。浄化が出来ているか確かめてもらいたかったのもあるが、成果報告を兼ねての事だ。

 

 「多分、理屈上、浄化は終わっているけど、確認してね。あと、綺麗な水と食料は無いから、ここに手配して? 今日明日中に運んでほしいの」


 地図を広げて指で示しながら伝えると、エリスはすぐに指示を出して人を動かしていく。

 ありがたい相棒だと思いながら部屋に向かうと、その後ろから湯に浸かって暫く休め。と、聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 「ゲーボ副隊長。ただいま帰還しました。あ、そうだ。また明日も出かけるから、馬車と着替え、穢地の地図を手配してください」

 

 休みませんよ。と、煉華が続けて湯殿に向かうと、ゲーボは大きくため息を吐く。どうみても重傷で帰還したはずなのだが、何故すぐに次の浄化に向かう等と言うのか全く理解できない。

 溜息をつきつつ、自分の隣に立っていた青年には声一つかけなかったな。と、真っ青な顔をして俯いている青年の肩を叩いて慰めながらも厳しい目を向けて口を開く。


「あれが、お前たちが拒絶している聖女、レンカ様だ。

 あれほどの傷を負いながら、誰一人責めることもなく、交代を要請もしない。お前たちの聖人という立場はあの方の情けによるものだ。今一度、今後どうすべきかよく考えるんだな。わかったか? ユリウス」


 俯いたまま、煉華の立っていた場所を見つめる青年、ユリウスは、下唇を強くかむ。ユリウスが見つめていた先には煉華のものであろう血の跡が、こぶし大ほどに広がり通路に染みを作っていた。それを直視したくないとでもいうかのように目をきつく閉じると、踵を返してその場を立ち去って行った。



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