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5.浄化のはじまり

 馬車に揺られて数時間。予め煉華が休憩を挟まなくて良いと言っておいた為、予定よりも早く穢地となった村に到着した。

 瘴気による穢れは広がっているが、人が住めなくなるほどではない。と説明があったが、馬車を降りた煉華が目にしたのは、とても人が暮らす場所とは思えない劣悪な環境であった。

 

 生モノの腐ったような臭いが漂い、息をする事に精神的な苦痛が伴う。

 肺をやられそうな臭いに一瞬眉を顰めたが、ここに住んでいる人は逃げ場がないのだと、ハンカチを使って顔を覆わずに村へと一歩、足を踏み入れる。この様子では井戸水も汚染されているだろう。そう推測を立てて先に水の汚染を封印出来ないか試してみようと、井戸の場所を訊ねるため振り返る。誰も後に続いていない事に気が付いた煉華は、目を丸くした。

 

 「この状態じゃ、井戸水も汚染されていそうだから先に井戸へ向かいたいのだけど……」

 

 一番近い場所に立っている護衛の男に訊ねるが、男は首を横に振り、申し訳なさそうに肩を竦めた。

 

 「私どもは七聖人と違い神の加護が無いため、これより先へは立ち入る事が出来ないのです。この線より先、一歩踏み込めば体が瘴気に蝕まれてしまいますので……」

 

 酷い悪臭だと眉を顰めるだけですんでいるのは煉華のみであり、他の者達にとっては肌と肺が焼けるような熱と痛みに苛まれる場所と化していた。

 そんなところに人を放置するなんて。と、責めるような感情を抱きかけた煉華であったが、現実は理想とは違う。と、即座に気持ちを切り替える。穢地に住む人を救済し、家屋を捨てさせ、土地を捨てさせるのは簡単な事だ。だが、難民状態となった者達の受け入れ、瘴気の浄化にかかる費用や労力。あらゆるものを考慮した時、無責任に怒ったりなじる事は出来ない。それを()()()()()()煉華にとって、責めるより先に切り捨てる決断をするしかなかった立場の人間に対して同情を抱く。僅かに目を閉じ、感情のまま発しそうになった言葉は飲み込み、その代わり、穢地に近づくリスクを背負ってついてきてくれた方たちに謝辞を述べることとした。

 

 「そう。そんな場所だと知っていて着いて来てくれたのね。何も知らなくてごめんさない。ここからは一人で大丈夫よ。安全なところまで馬車と一緒に引き返してもらえるかしら? 終わったらそこまで行くから」

 

 笑顔を浮かべる事が出来ない為、なるべく柔らかく聞こえるように話し掛ける。同行していた3人は小さく頷くとそれぞれ申し訳なさそうにしながらも少しずつ距離をとり、僅かに見える。という位置まで後退した。

 ここからは1人だと気合を入れて村の中心へと歩みを進める。1人になった分、ゆっくりではあるが打ち捨てられたように事切れている人を目にしては拳を握り、不安や怒りをコントロールすることに努める。こういった場所で感情を乱す事は状況を不利にすると頭では理解しているが、実際にやる事は難しい。煉華は聖人と呼ばれる人間を無理にでも呼び出せばよかったと多少後悔した。この現状を見せて同行するしかないと伝えれば、多少は態度が改善するかもしれないと考えたからだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、ふいに横から手が伸び、煉華の服が掴まれる。急に服を引かれた事に驚きつつ視線を向けると、薄汚れ色あせた着物を着た少年が、泣きそうな顔で服の裾を掴んでいた。

 

 「た、すけ、て。母さん、が、いもう、と、が……」

 

 息は切れ、話すのもつらいだろう状態の少年はそれでも必死に服を引き、昔話に出てきそうな藁葺に似た屋根をした小屋の前に煉華を連れていく。引かれるままに中を覗くと、そこには首や顔に黒い斑点が浮かんでいる女性と、同様の斑点で見える範囲が埋め尽くされている小さい女の子が横たわっている。胸が上下に動いているから生きてはいるのだろうが、それも時間の問題だとすぐにわかるほどであった。

 

 「病気?」

 

 淡々と訊ねると、少年は首を横に振る。

 

 「たべも、の、ない。水、を……。そう、したら……。」

 

 食べ物の代わりにと与えた水。その水が汚染されていたのなら、それは毒にしかならないだろう。聖女にはもともと浄化の力はないと言っていたが、魔力のコントロールを行ううちに、似たような事が出来るだろうと推測するまでに至っていた。ただ、実践したことが無く、ここでいきなり実践となると少しだけ不安が勝った。

 

 七聖人に送る力があるなら、その逆は出来ないのだろうか?


 それは、煉華がずっと考えていた事であった。

 聖人たちの力を借りることが難しいと言われてから、煉華は1人で旅をする事になるだろうと想定して動いている。そこには、浄化の代わりになる封印の力と制度をあげる事も含まれてた。そこで魔法の仕組みを知り、魔法を理解するうちに想像が魔力に影響を与えるのなら、浄化のイメージが抱けるならば浄化に似た作用を持つ魔法を生み出せるのではないか。というところにまでたどり着いている。

 だが、実際にどうイメージするかといった具体的なものを抱く事が出来ず、原理はわかるが実行に移した事はない。という状態になっているのだ。


 (厄介。だけど、出来ないって言える状況でもない。やるしかない。って状況は、一番苦手)


 母娘の状態を見ながら瘴気に汚染された肉体の状態をどう捉えるか考える。魔族が瘴気をもたらすならば、一種の魔力のようなものかもしれない。となると、魔力循環の応用がきくだろうか?

 

 「少し触りますね」

 

 一応声をかけ、魔力をぶつけて体内の状況を理解しようと試みる。が、通常可能である状態把握は弾かれたような痛みと共に消滅した。魔力の相性が悪いのだと仮定し、今度は自身の魔力をそっと母親の身体に流していく。そうすると、ところどころ魔力が詰まっている様に感じる部分を発見する。これが、瘴気の汚染によるものなのだろうと推測を立て、どう取り除くかを考える。

 状態としては幼い娘の方が重症なのだろう。呼吸が弱く細くなっている事にはとっくに気が付いている。母親から手を離し、娘に触れると、煉華は一度目を閉じて大きく息を吸い込んだ。

 

 イメージとしては歯科で使用するバキューム。たまっている瘴気を吸い取る事で浄化に似た作用をもたらす事は出来ないか。と、考えたのだ。一度にではなく、細かく、細かく吸い取る事で娘に与える影響を少なくしたいという狙いもあった。


(お願い。上手くいって)

 

 魔力が止まる所に細かく魔力をぶつけ、砕けた瘴気を吸い取るイメージを強く抱く。集中して魔力を流していると、そのうち触れている手の平から熱い泥のようなものが体内に流れてきた。

 これが瘴気なのだろうか? 内側から焼けるような熱に煉華は手を離さない様に意識して押し付けなければならなかった。吐き気と痛みで叫びそうになる。叫んでしまっては集中力が途切れてしまう。と、唇を噛んで必死にこらえた。


 どれくらいそうしていただろうか。

 汗でべったりと体に貼りついた服を気持ち悪いと思う余裕が出てきた頃、すぅ。っと、相手の魔力らしきあたたかなものが体内に流れ始めた。

 そっと手を離して娘の様子を窺がうと、肌に血色が戻り、緩やかな呼吸へと変わっている。汗をにじませてはいるが、穏やかな顔を見てこれは、成功と言えるのだろうな。と、ほっと息を吐く。

 

 体中が痛むが、ここで休んだ場合嫌になる。そう思い、母親に触れ同じイメージを抱いて集中する。コツを掴んだのか娘より早くに熱を感じたが、よりどろっとした粘度の高い熱が身体に入ってくることに気が付いた。息を吐いたら火が出るのではないか。と思うほどに身体が熱く、涙がにじむ。気を失う事が許されていない状況に怒りすら覚えた。

 

 (どうして私がやらなくちゃいけないんだろう)

 

 先代がハクを無視した理由はわからない。ここに戻りたくなかったのかもしれないし、気づかなかっただけかもしれない。だが、煉華でなければいけない理由はなかったはずだ。少なくとも、ハクと対話しなければ別のものが召喚されていたか、諦めたかもしれないのだ。

 後悔と怒りで支配されそうになった時、身体の熱が母親に向かって逆流しようと動きを変えた。そしてその熱は、娘のぶんも合わさって母親に戻ろうとしている。

 

 戻ろうとしている熱を押しとどめ、煉華は八つ当たりに過ぎないのだと必死に己を律していく。

 文句は帰ってから誰かにいえばいい。やりたくないって叫んでもいい。だが、今はだめだ。やると決めて勝手に始めた事を、痛みと熱で苦しいからと放棄するのはだめだ。そう何度も自身に言い聞かせた。

 やめてたまるかとを力いっぱい握りしめた爪が手の平に食いこみ、その痛みが内側から焼かれる熱に対抗している。


 もし、魔族が共通言語を使用し意思疎通が出来るなら、どうしてこのようなことをするのかと理由を訊ねる事も出来るだろう。人間を恨む理由はわかるはずだ。もしかしたら、この親子が恨みを買うようなことをしたのかもしれない。それでも、こうして苦しみを与えるだけではなにも解決しないと理解していない事は残念だと煉華は冷静になった頭で憐れんだ。

 

 繋いだ手から少しずつ嫌な熱が引いていく。熱がぬくもりに変わったら終わりの合図だ。そっと手を離すと、母親は薄く目を開いて煉華の顔を見つめた。

 「あのこ、は?」


 「息子さんは水を飲んでいなかったから無事ですし、娘さんは寝ています。大丈夫。」


 「あ、りが、とう」


 呼吸が苦しそうな状態を無事と言っていいのかがわからなかったが、それに関しては吸い取っても瘴気自体をどうにかしなければ続く問題の為、無事ということにしておく。

 涙を流して、お礼を言う母親にあの熱が逆流しなくてよかったと思いつつ、僅かな時間であっても見捨てようとしたことに対して罪悪感を抱いた。誤魔化すように持っていた綺麗な水を手渡し飲ませると、少年に動けるかと訊ねる。


 「水を汲んだ井戸の場所まで案内してくれる?」

 

 熱が流れてきたときに感じたものは泥だった。瘴気が被害をもたらすならば、瘴気を生み出す核は井戸の中かもしれない。

 封印するにしても苦痛を味わうならば一気に終わらせてしまいたい。そう思い、少年に案内を依頼しふらつきながらも後を追い井戸を目指した。


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