4.初めての浄化へ
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煉華が召喚されてから1ヶ月が経った。
周囲から歓迎されていない状態が変わることはなかったが、ゲーボを含め数名とは良好な関係を築くことが出来ていた。
魔法の訓練と並行してスキルの鑑定が行われ、煉華の持つスキルは翻訳と、後発。というよくわからないものであった。後発というスキルは過去存在しておらず、皆首を傾げていたが煉華は後発ならば、なんらかの条件で変化するだろう。と、特に気にせずスキルを伸ばすための訓練は放置していた。
スキルを伸ばすためには、いくつか条件がある。
例えば翻訳。このスキルを伸ばしたいなら、ベースとなる言葉を設定し、ひたすら他言語の書物を読むなどして触れる機会を増やせばいいのだ。そうすることで、自動翻訳となりどの言語も話すことが可能となる。
ベースとなる言葉が、フィリス帝国で用いられている言葉となっているのは、ハクの加護によるものとされていた。
煉華は召喚されて以来、何度も呼びかけているが、一度も姿を見ていないし声を聴くこともなかった。そのため、こちらの呼びかけにも応えるつもりは無いと判断し、煉華は心の中でも話しかけるのをやめていた。
聖女の役割は、瘴気を浄化するために選ばれた七人の聖人に力を送り共に浄化をする事。力を送ることで、聖人が瘴気を祓うことができるようになり、祓われた土地を浄化し、結界を張る。また、魔族の封印を行う力があるという。
役目を果たした後はこの世界に留まるか、帰還するかをハクに伝えればいいということだった。
先代の聖女は帰還を選択し元の世界に帰ったのだと説明を受けた。
そういえば。と、煉華は以前見たニュースを思い出した。現代の神隠し。と、面白おかしく報道されていた女子高生の行方不明事件。行方不明となってから数年経ち、突如消えたときの格好で発見された。と、騒ぎになっていた事件だ。もしかしたら、それが先代の聖女だったのかもしれないと思い、あまり時間をかけるわけにはいかないな。と、嘆息する。
消えた時間と同じ時間に戻れないと仮定すると、時間をかけた分だけ行方不明の期間が長くなるということだ。そうなれば、今手を付けている企画と生徒会の仕事はどうなるのだろう。
今代に選ばれてしまったものは仕方がない。と、割り切ってはいるが、誰にも告げることのない不安は絶えず内にある。それは、食欲や睡眠にあらわれ、煉華はここ1ヶ月体重が少し落ちていた。
七聖人と呼ばれる共に動くべき者達が、会いに来ない事も煉華の不安要素の1つだ。
望んできたわけでもなく、歓迎されてもいない煉華が役目を果たそうというのに、明らかに年上が多い七聖人達は役割放棄と来たものだ。暫く様子を見ていたが、瘴気被害が拡大しておりこれ以上待つわけにはいかない。
ゲーボ、エリスと相談し、数名の護衛をつけて穢地へと向かうことにした。浄化は出来ないかもしれないが、封印が出来るなら七聖人はいなくてもなんとかなるだろう。要は、住めなくなった土地の再生を行えばいい。と、説明を受けていた。
「穢れた土地には、核と呼ばれる瘴気の塊が存在している。本来は聖人がそれを破壊するのだ。それを、私達は祓い。と、呼んでいる。その後、その地全体を浄化し、結界を張る。本来ならば、それですむのだ」
ゲーボは簡単に図を描きながらわかりやすく、仕組みを説明していく。
「核を破壊し、浄化できれば、土地の再生は可能だが……。理論上、核を封じれば浄化も可能であろう。核の周囲に結界をはり、瘴気が漏れ出ないようにできれば、応急処置にはなるはずだ」
最低限。その割にはやることが多い。それに、土地そのものに結界を張ることが難しくなるため対処療法にしかならない。核を植え込まれたらおしまいだ。
だが、それに関しては聖人が同行を拒絶しているので仕方がない。嫌がる人を無理に連れ歩くほうが危険だと、煉華も同行を拒否していた。
「大丈夫。エリスは剣をくれたし、ゲーボは魔法を教えてくれたわ。案外なんとかなるわよ」
「……煉華様。剣は持ったことすらないと仰っていたではありませんか」
この1ヶ月で、エリスとは随分打ち解けていた。
部屋に衣服、食事に教育と煉華と同年代の子供にやらせることではないとは思ったが、話を聞くとエリスはそういった事が出来る役職についているとの事。
この世界での成人は、煉華がいた世界より早い。15歳は若いつもりでいたが、この世界では適齢期扱いされる年齢だ。
表情が変わらない理由に関しては、煉華は翌日になると簡単な説明をおこない、気にしないよう伝えていた。そのためか、エリスやゲーボは一見無表情に見える煉華に対して、過剰な反応はせず言葉のまま受け取るよう心がけていた。
「……聖人を変更いたしませんか?」
「何度も話してくれるけど、それは断るよ。先代を呼び寄せる方法が見つかれば役目につきたいだろうし」
エリスは目に涙を浮かべながら、煉華の支度を手伝っている。心配してくれている事を嬉しく思う反面、少しだけ過保護だと思いながら肩をすくめた。先代は18歳だったと言っていたし、聖人達がついていた。
年齢の問題だろうか? と、疑問に思って訊ねると、エリスは少しだけ言いにくそうにしながらも理由を口にする。
「あの……、先代の聖女様はふんわりしてらしたので、つい……」
ふんわり。ざっくりしすぎていまいち掴めないが、庇護欲を駆り立てるタイプだろうと見当をつける。
(それなら、余計に前じゃない。ってなるわよね。真逆だもの)
ふんわりしているならさぞ愛らしかっただろうな。と、遠い目をしながら理解を示し、自分には不要だと伝えることにした。
「私は先代と違うし大丈夫だから。聖女として呼ばれたからには仕事はきっちりするわ」
笑いながらエリスにひらりと手を振り、マントを羽織る。用意されていた服が先代をイメージしたレースの多いドレスだった為、新しい服が出来るまでの間は制服で過ごす事となった。
制服は目立つ。と、軍務部から特務体のマントが貸与されている。ダークグレーのマントが制服に合うかというと微妙だが、ほんの少しだけ気が引き締まる。
煉華は1度目を閉じて、ゆったりと息を吐く。
「一番近い場所って日帰り可能だったわね。そこから行くから、今日中に帰るわ。戻り次第、軍務部に顔を出すわ。これのお礼を言わなくちゃね」
「煉華様。どうぞ、お気をつけて」
泣きそうな顔をしているエリスの頭を撫で、煉華は迎えにきた馬車へと乗り込む。近場は片道数時間。ただし、往復になるかがわからない不安はあったが、意地でもそれは見せないように振る舞っていた。
(頭を下げて協力をしてください。って、言うと思っていたのかしら?)
煉華に手を振るエリスの後ろ。陰から数名の男性が苦々しげに顔を歪めていることに気が付いた。
それを目にしてため息をつくと、気が付かなかったことにして目を逸らす。
馬車が動き出したことで、聖人であろう者達の事は忘れることとし、結界の範囲などを考えることに集中しようと目を閉じた。