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22.ユリウスの思い

 浄化された土地を呑気な速度で進む馬車の中。沈黙に耐え兼ねて発した労いの言葉は、窓の外を眺めていレンカ様には聞こえなかったのか反応が無い。

 休憩をほとんど挟まない強行軍。到着して休む間もなく浄化し、次の目的地へ。ついていくだけで緊張状態が解けず疲労感が増す。

 気を抜けば意識が飛びそうになると思いながら、聖女様の時はどのように浄化をすすめていたか。そればかり考えていた。


 色素の薄い髪と瞳。無邪気で朗らかな性格。長い移動であっても会話は尽きず、誰が同行しても疲れより聖女様と過ごした時間は楽しかったと答えるくらい穏やかな時間が流れていたように思う。

 馬車の中で沈黙に支配された記憶は無い。これほどまでにタイプの違う人間が聖女として選ばれたのかと思うと、倒れた姿を見て己の目で見極めよう。と、意気込んでみたはいいが憂鬱な気持ちが押し寄せてくる。

 聖女様。そう呼ぶ事がかなわなくなってしまったヒナタ様。今は元気にしているだろうか。と、空に目を向け思いを馳せた。


 レンカ様は無駄な会話を好まず、人に指示する事に手慣れている。的確で素早い判断と行動は、年相応以上のものがあると思う。

 だが、それだけだ。他の者達とも話してはみたが、皆同意見だった。

 ここまで気まずい空気ははじめてだ。不満にも似た思いが溢れそうになった頃、レンカ様がちらりとこちらに目を向けた。


 「どうして、魔族と争う羽目になっているの? あれほどの技術を持っている種族と争うなんて資源の無駄過ぎない?」


 心底不思議そうに訊ねてくるが、その答えを俺は持っていない。

 分からないのだ。住んでいる国が侵略されるから。としか言いようがない。それをそのまま伝えると、レンカ様は首を傾げて利益が無い。と、断言する。


 「彼らになんの利もないわよ。瘴気ほど濃くした魔素の中で生きられるような存在が、わざわざ弱体化する場所を狙うと思う?

 支配したいならわかるけど、その割には攻撃が弱い。私なら、首都一択で狙うし王城を落として上を挿げ替えるわ。その方が早いし手間が無い。他に目的があると思うんだけど何かがわからないからいたちごっこに付き合う羽目になる」


 ため息交じりに話すレンカ様の言葉は、よくわからないものだった。ヒナタ様なら、こんなことはなかった。

 そう思いかけて、今彼女は大事な話をしているのではないか。と、急に冷静な感情を抱いてレンカ様を凝視する。


 「要するにね、ユリウス。もし原因がわかるなら、それを取り除けばこの不毛な争いから解放されるし、聖女召喚なんてくだらない方法に頼らずに済むってこと。そもそも、異世界の加護がどうとか言っていたけど、私の人生が強制終了したようなものなのよ? それは、先代も、その前も同じだし、私なら次はよばれても行かない。帰還する時期もわからない状態で人生を棒に振るような真似したくないもの」


 返事は期待していなかったのか、レンカ様は言うだけ言って窓の外に視線を向けた。


 「早く帰りたい」


 囁くように零れた小さなつぶやきは、初めて触れたレンカ様の本音だと直ぐに分かった。

 ヒナタ様は口にしなかった言葉を、レンカ様は誰にも拾われないほど小さな声で呟き、ぎゅっと目を閉じ自身の体を抱きかかえる。その姿は、帰る家がわからなくなった迷子のようだと思った。


 線の細い体。肩にそろえて切っている艶やかな夜色の髪。感情の読めない瞳は冷たい光を放ち生気が感じられなかった。

 どんな生き方をすれば、こんな感情の乏しい人間になるのだろう。


 俺はずっと父親の背中を見て育ってきた。

 騎士団の中で誰よりも強く、優しい父の背中を。父が魔族との争いに敗れて命を落とした時に、俺は父を超える存在になると誓い必死に鍛錬し、ようやく剣聖の称号を手に入れた。誰からも侮られず、父を超える存在になったと喜んだ。母も涙して誇りだと笑ってくれた。


 そんな俺の前で、「魔族と俺たちが争わずにすむ方法」の話をしている。

 万に一つ、その可能性があったとして、感情的に受け入れることはないだろう。俺たちの生活を脅かし、人々を苦しめ、殺していった魔族と共存する日など決してない。ましてや、無責任に帰りたいと言えるような人間に、何ができるというのだろう。


 小さな山を越え、見慣れた街並みにざわついていた心が鎮まる。再度レンカ様に声を掛けようと目を向けると、その肩が浅く上下し、窓を見ていたはずの目線が下に向いている事に気が付いた。

 ぞわっと肌が粟立つ。浅い呼吸を繰り返しながら、腕に力を入れて必死に倒れないようにしている少女が目の前にいた。よくみると、その両腕は黒く痣が浮き出ており、瘴気による症状だと分かる。


 わかっていたのだ。初めて言葉を交わした時から。

 身を削って人々の為に無理をしていることは。分かっていた。

 それでも、認めたくなかったのだ。アサヒ様よりもはるかに優秀な存在だという事も、彼女のいうように自分たちが身勝手だということも。

 認めたくなくて、粗を探すためについて回ってきた。それが伝わっていたから、労いの言葉を受け入れなかったのだろうと言う事も。全部、わかりきっていたことだった。


 

 あの馬車で過ごした時間を思い出すと、自分の事を殴りたくなる。傲慢で浅はかな俺自身を今でも恥じている。

 だが、レンカ様は変わらずに俺が後ろに入る事を許してくれていた。まるで、聖人として認めていると示してくれているようだとおもうくらい、嫌な顔一つせず。

 

 一緒に過ごす時間が増えると、感情が欠落している様に感じた事が間違いだとわかる。

 笑顔こそ見せてはくれなかったが、ころころとよく表情は変わる。目が感情豊かなのだ。笑わない事に関しては、何か原因があるのだろうと思うほどには、年相応の無邪気さも持ち合わせていた。

 見知らぬ枝の木の実は食べようとするし、図鑑とやらで診た事があるときのこを採取して食べようとする。その度に叱る事も日常になってきていた。



 過去の記憶を辿り、浸っていると、レンカ様が不思議そうな顔をしてこちらを見つめていた。


 「大丈夫? 体調でも崩したの?」


 本気で心配してくれている事が伝わってくる。その事が嬉しくて顔をほころばせると、心配して損した。と、怒ったような目つきでしっかりしなさい。と、付け加えてくる。


 「ユリウス、魔族を引き込む事がやっぱりいや?」


 「そうですね……」


 問いかけに対して、ゆっくりと考えをまとめながら口を開く。


「思うところはあります。ですが、それは魔族も同じかと」


 これから向かう場所に思いを馳せながら言葉を選ぶ。

 その言葉に、レンカ様は同意し困ったな。と、つぶやいた。


 「なるべく穏便に出来るかしら」


 「きっと大丈夫ですよ」


 不安を払しょくするように努めて明るく応える。安心したように頷いたレンカ様は、「そうね」と、頷き肩の力を抜く。


 「なんとかすればいいものね」


 その言葉の力強さに、目を見開いて頷いた。

 レンカ様なら、きっとできる。そんな予感を抱きながら。

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