21.忠誠
研究所につくなり、エリファス、ノルンと共に研究に向けて話し合いを始めたメルトの姿を、煉華は嬉しそうに見つめていた。
身体に取り込んだ瘴気を薄める方法が見つかるかの確証はない。運よく見つかってもそれを量産できる形に出来るかどうかも分からない。言いくるめるようにして連れてきた罪悪感はあったが、煉華は割り切って考えることにしていた。
うまくいけば市民権を手にする事が出来る。上手く行かなくても功労者として生きる道を示すくらいは出来るだろう。まずは人間と争う必要がないと安心させることだ。そのためにはこの研究所で囲ってしまう方が早い。そんな考えは心の奥深くにしまって、煉華はエリファスとノルンに声を掛けた。
「彼らが魔法を使う方法は私たちのそれとは違うかもしれない。その違いを見つければ、瘴気の中でも私たちが問題なく動けるようになるかもしれないし、瘴気によって苦しむ人や土地を救うことにもつながると思うの。穏やかな気持ちでは無いと思うけど、少しだけ飲み込んでもらえたら助かるのだけれど。お願いできるかしら?」
従わせるのではなく、あくまで同志として協力して欲しいと頼み込む。
鳶色の瞳でまっすぐ相手の目を見つめる姿は、人に従いたいと思わせる不思議な力が宿っている。メルトは魅了の類ではないかと最初こそ疑っていたが、それは間違いだと直ぐに分かった。煉華は、年齢こそ幼いが人の上に立っていた経験があるのだろう。だからこそ人を動かす事に慣れている。そんな気がしていた。そして、それは嫌なものではなく、安心感を抱かせるものであることにも気づいたのだった。
「……思うところはありますが、瘴気被害を抑えるためであるならば」
「助かるわ。王にはソーンから伝えるように言っておきます。それと、彼がここに居る事は他言しない様に。研究が漏れることも困りますが、なにより彼に危害が加わるといけない。あなたも、この研究所には個人の部屋も作らせているから、暫くはここから出ないように。必要な腿のがあれば、このユリウスに伝えて頂戴」
てきぱきと言いたい事を伝え、息を吐く。
人任せにしないとなにも進まない事は歯がゆく、自由を一時的とはいえ奪ってしまう事は心苦しかったが、メルトは気にしていないと手を顔の前で振り笑顔を見せる。
「研究に集中したいので助かります。集落の様子だけは定期的に教えていただけると」
「わかったわ」
「ここの研究所は基本的にエリファスに一任するから、困った事はエリファスに。エリファスがだめなら私に言ってちょうだい。私は少し気になる事があるから、それを調べるわ。あとは、ソーンに依頼している癒術士の派遣はいつかってせっついてくる」
言いたい事を言うと、煉華はユリウスを連れて研究所を後にする。残された彼らがうまくやるかどうかは、彼らに任せることとした。
「レンカ様。お願いがございます」
前を歩きながら、ユリウスは珍しくはっきりとした口調で煉華にそう告げた。
「メルトと同じように、正しくお呼びしたいので、呼び方を教えていただけますか?」
何を頼まれるのかと身構えていた煉華は拍子抜けして、思わずその足を止めてしまう。
歩みが止まったことに気が付いたユリウスも足を止めると、煉華を見つめてから一礼して再度同じ願いを口にする。
「煉華。れ、ん、か。煉は質の良い物に鍛えるとか、こねるとか。まぁ、ざっくりそんな意味。華は植物の花のようだとか。華やかとか、そんな感じの意味よ。要するに、鍛え上げて美しく咲き誇る華。って意味」
「レ……れ、ん……れんか様」
「煉華」
「れん……か、煉……華様」
「あら、案外早く言えるじゃない」
目を丸くし、いたずらっ子の様に輝かせてそう告げる煉華に、舌を噛みそうになりながらも数回名前を呼ぶと律儀に都度返事が返ってくる。
心底愉快そうに目尻の涙を拭いながら返事をしている姿は、表情豊かであったなら笑顔を見せていたのだろうな。と、推測できるものだ。おかしそうに弾んだ声を発しながらも変化の無い表情に、ユリウスは違和感を覚える。
意図している様子はない。だが、まるで面を被っているかのように表情が変わらない。よく目をこらせば微かに口角が上がる事はあるのだが、それも稀な事だ。気が付くとまた、何を考えているのか分からない表情の無い顔に戻ってしまう。
どうしてこの方は笑う事がないのだろうか?
そんな疑問が浮かんだ時、ユリウスの中で最初に思いついた事が名で呼ぶ事だった。メルトが呼んだときに驚きの表情をはっきり浮かべたのだ。自分が呼んだときはどのような表情を浮かべるのか、気になって仕方が無かった。
結果としては、泣くほど笑っているはずなのに口角がぴくりとも動かない奇怪な表情を目にしたのだが、その姿に確信が持てた。
煉華は笑わないのではなく、笑えないのだと。
理由は分からない。だが、煉華は笑う事ができないのだろう。そのために、ここに来た当初は、ぶっきらぼうで偉そう。傲慢な聖女が来た。と、騒ぎになってしまったと考えられる。そうだとしたら、煉華のいた世界ではどうやって過ごしていたのかが気になってきた。
「……ご学友等はいらしたのですか?」
「それは、私に喧嘩を売っているととっていいかしら? このぶっきらぼうで能面みたいな女に友達がいるはずないってこと?」
そこまでは言っていない。そう言いたくなったが、煉華の目を見ているとからかわれたのだと理解する。楽しそうに目を輝かせている煉華は、からかっている事がばれてもどこか楽しそうな雰囲気のままであった。
「いたわよ。私が笑えなくても問題ないくらい。周りには恵まれていたわ」
笑わないのではなく、笑えない。
さらりと言い切り、懐かしそうに空を見上げる煉華は寂しそうに瞳を揺らした。
「はやくかえりたい」
空気に溶けてしまうほど小さな声で呟いた言葉を拾ったユリウスだったが、返す言葉が思いつかず黙り込む。
先ほどまでの楽しそうな空気は消え、不安そうな今にも泣き出しそうな瞳で遥か遠くの空を見ている煉華の姿に、見ているユリウスの方が泣きたくなってきた。
どれくらいそうしていただろうか。
煉華はひとつ息を吐き、前を向くと今いる場所を確かめるように、足を踏み出した。
「損失を数えると、この国を滅ぼしたくなるからやめておくわ」
誤魔化すように、今の時間は自分が失った利益を考えていたんだと告げる。以前話した損失の話だと。
その言葉に、これ以上踏み込むな。と、伝えているのだと気が付いたユリウスは小さく頷くと考えながら口を開いた。
「それでは一緒に滅ぼしますか?」
「……え?」
予想外の言葉に、煉華は唖然としてユリウスを見上げる。にやりと悪い笑顔を浮かべたユリウスは、胸に手を当て、わざとらしく頭を下げた。
「全てはあなたの御心のままに。私はそれに従いましょう」
絶対的な味方になる。そう告げたユリウスの瞳に迷いはない。
「その時は、一番に斬り込んでもらうわ」
そう返した煉華に「お任せください」と返したユリウスは、心底嬉しそうに笑った。
ユリウスの笑顔に釣られるように、煉華は目を細めてその肩を叩く。
何があっても裏切らない絶対的な聖女の剣。
剣聖ユリウスの誓った忠誠は、煉華にしっかりと届いていた。肩を叩いたことでその想いを受け入れた煉華は、ユリウスの隣に並ぶと一歩前を歩き始める。
「それなら、しっかりと私についてきて、私が間違っていたら教えて頂戴ね」
間違っていたら正せ。それも役目だ。と告げる煉華に、ユリウスはしっかりと頷きその後を追った。




