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20.新たな一歩

 煉華の提案に、集まっていた者たちは皆、心を動かされた。

 魅力的な提案だからではない。甘言で動くほど、彼らの生きてきた世界は優しいかたちをしていないのだから。

 未来が無いから奪う。奪ったところで魔素の薄すぎる地域では使用する魔素が多い者には魔力が枯渇しやすく暮らしやすいとは言い難い。


 それでも、魔素耐性が弱く生まれてしまった大切な者の為に必死に生きてきたのだ。

 閉鎖的な世界の中で、ひっそりと。

 魔族と呼ばれ、畏れ、蔑まれ、人目を避けて生活していても見つかれば殺される。

 明日の安全は約束されていないのだ。それでも、2度とこの世界を信じようとは思わない。遥か遠くにある自分たちの生きる世界を捨て、ようやくたどり着いた世界から受けた仕打ちを忘れるほど、傷は浅くない。


 魔力の強さなどなんの意味がある。彼らは常にそう問いかけてきた。自分たちを守る為に奪い、争うかたちが正しいとも思っていない。

 それでも、止めることは出来なかったのだ。

 己の無力さを痛感している彼らに、煉華はその存在を認めさせたらいいのだと。具体的な道筋を携えてやってきたのだ。

 誰も信用していない。そんな眼をしているというのに、彼らに争う以外の道を示している。


 今、この手を掴まなければいつ掴むんだ?

 そんな思いが、ひとり、またひとりと胸の奥に芽生えていく。音の無いさざ波のようにそれは広がり、煉華がそっと投げ入れた言葉の礫は、光を抱きながら皆の心に落ちていく。

 表現のし難い不思議な感覚。煉華の言葉はありふれた、どちらかと言えば胡散臭い商人のそれに近かったはずだ。それなのに、どうしてか泣きたいほどに心が歓喜している。当初の目的をすくいあげてもらう事が出来た喜びか、或いは、新天地で安定した生活を得ることが出来ることへの期待か。


 静寂が訪れ、それぞれが自身の心と向き合うかのように俯き、時折顔を見合わせて戸惑うような表情を互いに浮かべた。

 一歩。誰も動き出さない中、土を踏みしめゆっくりと前に出たのは、メルトだ。動く事も出来ず、芽生えた気持ちを表現も出来なくなっている状況の中、一歩前に出る事がどれほど勇気のいる事か。煉華はメルトに敬意を表しつつ、いつの間にか後ろに控えていたユリウスに軽く状況を説明する。


 「いいでしょう」


 言葉こそ不遜に聞こえるが、メルトは嬉しそうに口角を上げて笑みを浮かべている。短い言葉だが、その声は柔らかくその場を包み込むような力を抱いていた。


 「この中では私が一番魔力が強く、力もある。貴女の研究とやらに協力しましょう」


 「……ありがとう」


 真っすぐ煉華を見つめて告げた言葉に、煉華はなんとも言えない気持ちになりながら、なんとか言葉を返す。


 「いえ。私の大切な仲間と生きる道を自分で切り開いてみたくなっただけです」


 笑いながら、そう返すメルトに煉華は頭を下げて謝意を伝える。

 そのやり取りを見ていた人々からも、戸惑いがちに賛同する声がちらほらと聞こえてきた。

 煉華の言葉は誠実だった。少なくとも彼らにとっては嘘を吐かれるより、ずっと信用できる内容だと感じているのだ。


 その気持ちをメルトは態度で示した。明確な目的があるとはいえ、国に協力したとは思わない。

 だが、目の前にいる少女には協力したい。メルトはそう思っていた。


 「わ、わたし……私も、協力します!」


 先ほど、娘を助けてもらった女性も声を張り宣言する。その声を皮切りに次々と協力を申し出る声が広がっていく。


 「ありがとう。本当に……。私は来たばかりだから、ここのルールは分からない。あなた達がどうしてそうせざるを得なかったのかもしらない。そんな部外者の私に協力してくれることはありがたいしとても嬉しいわ。聖女である限り、絶対にあなた達を理不尽に攻撃したりしないと誓うわ。ただし、貴方たちも暫くは瘴気の種をばらまかないで欲しいの。私のやり方を見て、そうね。半年。半年くらいは様子を見て欲しいかもしれないわ。それでもだめだと思ったら、もう止めない。領土合戦にしたらいいと思うの。その場合は立場上、どちらの味方もできないけれど」


 半年もあればなんらかの成果がでる。言外に煉華はそう告げていた。

 なんの勝機もなく、構想もなく口に出すような期限ではない。煉華には確信があったのだ。半年もあれば、世間の見方が少しずつ変わると確信を持っていたのだ。


 感極まってしまったのか、目を真っ赤にして鼻をかんでいるメルトの姿に、煉華は肩を竦めるとハンカチを渡す。

 いつの間にか後ろに控えているユリウスの表情がもの言いたげな事に気が付いてはいたが、軽くその腕を叩いて安心させるような仕草にとどめた。


 「メルト。まずは貴方に来てもらいたいのだけどいいかしら?」


 「私だけでいいのですか?」


 「もちろんよ。まずは貴方がしっかりと見極めて頂戴。他の仲間を巻き込んで、本当に大丈夫なのか。ってね」


 情にあついのはいいことだが欠点にもなる。信じたいものを妄信しないほうが良いと、釘をさす煉華にメルトは笑みを崩す事無くしっかりと頷いた。


 「今代の聖女様には感謝しかありません」


 深く頭を下げるメルトに次いで、その場にあつまっている者たちが一斉に頭を下げる。


 「皆、煉華様に忠誠を誓うわけではありません。ですが、私達の力が必要であるときは貴女の力になりましょう」


 その言葉に、彼ら以上に深く頭を下げしっかりとした口調でありがとう。と伝えた煉華は、魔素耐性が少ない者達の治療方法を告げ、持ってきた気休め程度の効果は期待できる薬を置き、この集落の事は誰にも言わないと誓った。口頭では不安だろうからと契約書を作成してきた姿に、誰もが煉華の年齢を疑った。大人でも用意しないであろう契約書には魔法によって制約が付与されている。

 反故にした場合、煉華が代償を払うこととなっている強い契約書であった。


 サインする事にためらいを抱きつつもメルトがサインすると、受け取った煉華からは表情こそ変わらないが、感情が表に出たならばにんまりと笑っていそうな、満足気な表情で契約書を眺めている。

 やはり、聖女ではなく大きな商隊を持つ商人だったのではないか?

 そんな思いを抱きながら、メルトは煉華と共に集落を出て研究所へと向かった。

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