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18.メルトの過去

 聖女を名乗った少女の言葉は、俺の力を欲しているはずなのに他の者達とは違うものを感じた。

 聖女だから? それとも、あの少女自身に由来する物だろうか。

 番犬のように張りついていた男が剣聖だということにはすぐ気が付いた。以前、魔王を封印したと凱旋パレードを行っていた時に見た顔だ。

 少し考える素振りを見せながら痛いところを突くと、剣聖は殺気こそそのままだが酷く傷ついたような表情を浮かべる。その表情を浮かべるべきは少女だろうと思うが、誰も信用していない事に慣れてしまっているのか、あっさりと肯定して寛ぐような姿を見せている。


 少女の目的は俺という存在の確認のようだった。


 目があった時に、ほんの少しだけ目を細めて嬉しそうな表情をしていたから。怯えと侮蔑が混ざり合った濁った眼差しじゃなかった。

 わざと高度な魔法を使用したというのに、驚きこそすれ恐れはしない。それどころか、魔族が隠れてすまなくても済むかもしれないと夢物語を騙っていった。

 そんな日が来るはずないって理解している。所詮、異世界の平和な世界で生きた者のたわ言だ。だが、その言葉が現実に出来ると言い切るような。不思議な力が宿った言葉でもあった。


 代々、聖女に選ばれた者には特殊な力が宿ると言うが、少女にもあるのかもしれない。先代聖女が、魅了眼の持ち主だったように。

 ただ、それが良い事かと訊かれたら断言できないものがある。先代は聖人達でハーレムを作るつもりだとすら噂されていた。今代は今のところ何も聞こえてこないが、それも言葉に力が宿るとしたら情報操作はたやすいだろう。どこまで信用していいものか。ため息が出る。


 少女の推測通り、俺は魔族だ。といっても、誰かと争うつもりはない。ただ、魔族として安心して生きるために必要な事をしているだけだ。

 彼女は帰還するために必要な事をしているだけ。互いに生活が奪われ安心して暮らす場所が無い事だけは、共通していると言えるだろう。



 俺は付与魔術に優れている。

 どんな物でも魔道具にする力がある。だが、妹は違った。魔素耐性が弱く、生きるだけで地獄のような痛みと苦しみを味わう羽目になった。

 魔素の薄い地域を探して、ティターニアへと辿り着いたが、そこでも安心した生活は無縁だった。魔素が薄いこと以外は、地獄みたいな場所だと思うほどに。


 俺の魔力量は大陸の人間からしたら桁外れで、貴重な付与魔法士として働きさきはすぐに見つかった。妹の魔素中毒を調べてくれるといった魔法士団を信じて、所属した。付与魔法士としての業務の傍ら、身体の構造を調べるという名目で、限界を超えても終わらない付与魔法、自己再生能力を確かめるために傷を負う事もあった。それでも俺は、妹の為だと信じて働き続けた。いつしか、魔法士団に入る時間の方が、家にいるより長くなっている事にも気づかず、魔素体制の低い者を身内に持つ者達に声を掛けるようにまでなっていた。

 今思えば、洗脳のような状態だったのだろう。


 懸命に、妹の為だけに生きてきた俺に突き付けられた現実は、どこまでも残酷だった。


 ある日、俺はいつもとは違う部署へと連れていかれた。

 魔力封じのまじないが施された薄暗い部屋。今度は何を調べるんだと言いたくなった俺の目の前にそれは運ばれてきた。

 美しい棺の中で眠っている青白く、線の細い少女。薄紫色のワンピースを纏い穏やかな表情で瞳を閉じているその子は、俺が誰よりも健康を願い、幸せを願った、たった1人の俺の家族。愛してやまない妹の姿だった。


 何が起きたか認めたくないと何度も名前を呼ぶが、反応は帰ってこない。床に崩れ落ちるように膝をつくと、いつの間にか背後に来ていた団長が肩を叩いて口を開いた。


 「治癒魔法も、ポーションも。彼女には毒となってしまったようだ。申し訳ない」


 その言葉を最後に意識が途絶え、気が付くと俺は見慣れた魔法士団の宿舎で水を浴びていた。

 鼻につく鉄の匂い。体中から流れる赤い液体は俺のものでは無い事だけははっきりとわかる。水に溶けて足もとを流れていく赤い液体がやけにはっきりと色づいて見えた。

 

 水を止めて外に出ると、足元には見慣れた者達が転がっている。動かない者達のほとんどが、魔素中毒の末期に近い症状を発しているとぼんやり霞がかった脳が伝えてくる。

 そうか。ここもそんなに安全じゃなかったのか。

 魔素体制が妹よりはあると言っても、俺たちの住んでいた国よりははるかに弱い。高濃度の魔素に耐える体ではなかったのだろう。

 自分の体から、魔力が大量に漏れているのが分かる。そして、住んでいた国と同様の魔素がこの建物に満ちている事も。


 全てが悪夢の中で起きている出来事のように感じる。

 俺のいる場所まで走ってきたのは、かつて俺が声を掛けた同郷の者達だ。慟哭をあげ、憎しみを宿した眼で俺を見つめる姿に、俺と同じ状況になったのだろうとわかった。


 こんな得体の知れない国、信じなければよかったのだ。信じて、使い潰され、家族も、友も失う。全てが自業自得だと自嘲した。

 今更何を言っても、同郷の者達にすら届かない気がした。俺の言葉を信じなければ失わずに済んだのだ。すべては俺が悪いのだから。

 だが、彼らは俺も被害者だと悲痛な顔で訴えてくる。自分たちで安全な場所を作ろうとしなかった事が悪いのだと。背負わせて済まなかったと。転がっている者達を踏みつけ、憎しみをぶつけながら、俺の代わりに感情をむき出しにしてくれている。


 煮えたぎる激しい怒りにゆだねたまま、魔力を放出しその範囲を皆で広げていく。うわべだけで謝罪する王も、魔法士も、騎士も、迷わずに等しく魔力を付与し体内にめぐる魔素の濃度を限界まで高めた。

 次いで城内の人間を、その後は城下の人間を。等しく俺たちが生きていく事が出来る限界の魔素で蹂躙していった。空しく、何の感情もない、ただの作業のような数日間だった。


 そこから先は、今に至るまで何も変わっていない。

 魔族と呼ばれる俺たちの寿命が人より遥かに長い為、その時の恨みも鮮明に残ったままだ。

 安全に暮らす世界を手に入れる為、人間を追い出し蹂躙していく。圧倒的な力の差を見せつけていく。それが俺たちの復讐であり、戦いだった。

 一番その時に強い魔力を有する者が魔王と呼ばれ、対抗しうる魔力を持った者に封印されても同じこと。数年たてば奪いあいが始まる。永遠に終わりの見えない戦いを繰り返してきた。


 当初の目的は既に薄れている様に感じていた時、今代の聖女がわざわざ訪ねてきた。

 俺達が作った魔素を瘴気と呼ばれる濃さにして拡散する。その道具を力づくで壊した聖女。

 彼女もまた、魔素中毒に侵されていると一目でわかった。

 僅かに見えた手首に浮かぶ黒い斑点のような痣は、体内の魔力循環に問題がある証しだ。

 場所を突き止め、核心を持って訪ねてきたというのに、何も要求せず茶菓子だけ食べた少女。

 

 妹と同じくらいに見えたその姿と言葉は、俺の心にひっかかり小骨が刺さっているかのような不快感がある。

 各地に散っている同郷の者達にどう説明した物かと悩みながら、手は通信用の魔道具を取り理解のある友人へ連絡をしようと動いていた。

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