16.魔道士を探しに
ぐらり、と閉じた扉を背にしたとたん、煉華の身体が僅かに傾き、慌ててユリウスが支えようと手を伸ばした所で小さくうめき声を上げながら体制を立て直した。
気を抜くと意識が途切れそうになる痛みと熱は変わらずに続いているが、弱みを見せるほど気の置けない相手が煉華にとっては存在していない。多少軽口を叩ける程度となったゲーボやエリス相手であっても、警戒を解く事は無く弱音をこぼすような真似は決してない。
それなのに、ユリウスの前で気が抜けてしまったという事実に苛立ちを覚えた煉華は、小さは溜息と共にその苛立ちを鎮めていく。
「……ありがとう。大丈夫よ」
背中を任せるほど親しくもない、見極めたいと身勝手に押しかけているようなユリウスの前で、何度失態を繰り返せば気が済むのだろうか。
最初の顔合わせで意識を失った事も含めたら2度目に過ぎないのだが、煉華にとっては大失態だ。
コントロールできない身体が映る窓を恨めしそうに眺めていると、ユリウスが拳を手に当てて必死に笑いをこらえている姿が目に入る。
気まずさを誤魔化すようにゆっくりとした仕草でユリウスを見つめれば、慌てて姿勢を正してそ知らぬふりをしようとする。思わず咎めるような目つきに変わったのはただの八つ当たりだ。
「申し訳ありません」
暗褐色の瞳を細めつつ、抗議される前に謝罪を口にしたユリウスは、今度は堪える事無く笑みを浮かべる。その姿は、どこか余裕があり相手は自身より10も上なのだと思い知らされるようでもあった。
ユリウスは25歳だと紹介されていたが、所在なさげに佇む姿は幼く見える。だが、今のユリウスからは年相応の余裕と共に妹でも見ているかのような優しい雰囲気が漂っている。
「煉華様は表情豊かですね」
「…………この世界に来てはじめて言われたわ」
仕事を放棄している表情筋を揉む様に頬を指で押す煉華を表情豊かと評したのは、元の世界でも数名の友人だけだろう。もう少し仕事をしてくれたなら。と、思う気持ちはあるが、仕事をしない表情筋のおかげで侮られる事は少ない。それでも、表情が万華鏡のようにくるくると変化する、表情豊かな人に対する憧れがないわけではなかった。
「瞳を見ると、感情の移ろいがよくわかるので」
微笑みながらそう話すユリウスを睨むと、煉華は無言で歩き出す。
可愛げのない態度だと自覚はあるが、さっさとやることに移りこの話題から離れたかったのだ。ほんの少し。気づかれない程度に頬を膨らませて拗ねる煉華は、ユリウスからしたら年相応の少女に見えて親しみがわく。
そんなユリウスの態度に、煉華は負けた気持ちを抱きながら気持ちを切り替えようと深い呼吸を繰り返した。
「……人に紛れて生きている魔族にこころあたりがあるっていう話しはどうなったの?」
話題を無理矢理、今日の目的に関する話にすり替えると、それに気づいたユリウスはあえてそこには触れずに煉華の話に乗っかっていく。
魔法が当たり前のように存在し、魔力の量に個人差はあれど、幼い頃から身近なものだ。だが、それでも一定の基準以上の魔力を持つものは恐れられてきた。
そういった強すぎる者たちは、国に登録が義務付けられており、徹底的に魔力のコントロールを学ぶ。そうして、ようやく社会生活を送ることができるようになるのだ。ゲーボやエリファスもそのうちの1人であることも、聞かされていた。
ユリウスからきかされたのは、その中でも魔導士と呼ばれる人々についてであった。
強すぎる魔力が故に、魔力を放出させる際に外見が目に見えて変化する者がいる。
付与魔法を得意とし、魔道具を意のままに操り、生み出す存在。それが、この世界の魔導士だとユリウスは語った。
家族関係も含めて曖昧な者が多く、それ故に国が把握しきれていない。あぶれた存在であり希少な魔道具を手に入れようと必死になる好事家達からしたら、手段問わず手に入れたい存在。
そんな魔導士の中でも、気になる存在が街のはずれにいるという。
「レンカ様の考えが正しければ、あの種は魔道具という事になります」
「そうね。魔素を吸収して一定の濃度になったら放出する。そういった類の魔道具だわ。放出させたら、自動で止まるのか。それともまた吸収して魔族にとって害のない程度まで薄めるものなのかはまだわからないけれど」
「それならば、魔道具を扱う魔導士の中でも、未登録ですがかなり緻密な物を作り出す者がいます。ゲーボ様と以前魔力操作に慣れるまで使用していた視認装置も、その者が売っていたものを研究して認定魔導士が作成したものです」
認定ともぐりがいるのか。
話を聞きながら、認定魔導士は魔法士団の研究班として後方支援にあたっていると知る。
認定制度が必要なほど強い魔力を持っているならば、その者達を連れて来て解析させればよかった。聖魔法士や賢者より遥かに早く解決したであろう事に気が付いて唇をかんだ。
情報は鮮度が大事。耳が無い状況で後手に回るのは仕方がないが、ゲーボ達に聞く事を怠った煉華のミスである。
だが、通常の魔導士であれば国に申告し、保護と教育を求めることになっている。それを行わず、隠れ住む様にして魔道具を売り生計を立てている者の存在は、なるほど。言われてみれば、隠れ住んでいる魔族。という条件にもあてはまるような気がした。
「少し距離がありますので、馬車の移動となります。見つからない可能性もありますが、本当に行かれますか?」
自分1人でも。そう言い始めるユリウスを遮って、煉華は馬車へ向かう。
「行くわ。自分で見ないと気が済まない質なの」
そう言って、ふらつく身体に鞭打って歩く背中を負いながら、ユリウスは嘆息する。
――ユリウスさんが先に調べてくれるなら、すっごく安心する!
――ユリウスさんみたいに、頼れる人がいるからわたしも頑張れるよ!
先代の聖女の無邪気な笑顔と、言葉が脳内に浮かんでは消えていく。
彼女であれば、こういった事は誰かに任せていたように思う。タイプが違う。と割り切ってしまえば簡単な話ではあるが、それ以上の違いがあるように思えてならない。
その事について訊ねてみるべきか思案していると、先を歩く煉華が静かな声で語りかけてきた。
「貴方に任せられない。と、言っているわけではないわ。貴方に任せたら確実に連れて来てくれると思う。でも、もし、魔族であったなら、争う口実を与えることになるし、印象も悪くなるでしょうね。戦闘や諍いを避けたいときは、出向いてある程度下手に出てしまう方が早いわ。
私は子供だし、多少の油断も誘えるでしょう。向こうは耳も目もあるはずだから、あまり強行な態度をみせたくないのよ」
そこまで語ると、少しだけ間をおき、聞こえるかどうかわからない程小さな声で締めくくる。
「でも、気遣いは嬉しかったわ。ありがとう」
耳の先から首筋まで朱に染まった後ろ姿は、羞恥を隠しきれておらずユリウスは先ほどの嘆息が聞こえていた事に対する反省よりも、不器用な煉華の可愛らしい一面に意識が向いてしまう。
「いえ。レンカ様はお心のままに動いてください。私はそれに従うまでです」
立ち止まり、頭を下げて忠誠を示したユリウスの気配を感じながら、煉華は肩の力が抜けるようなあたたかな気持ちを抱き、その思いを守ろうとするかのように、そっと胸に手を置いて目を閉じた。




