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15.研究の始まり

 (私は何を見ていたというのだろう)


 目の前で繰り広げられている、茶番とも思えるやりとりを眺めながら、自身の血の気が引いていくのを感じる。

 エリファスは、目の前の聖女が何故聖女に選ばれたのか理解していた。

 神が過ちで呼び寄せた聖女は、世界を救い聖女召喚の儀を不要とするためだけに瘴気について調べ、自らを犠牲にして国を救い続けているのだ。

 煉華の助けがなければ、今頃国がどうなっていたか。想像に難くない。


 評判は耳に入っていた。それでも、その情報の真偽を確かめる事無く嘘だと主張してきた己の罪深さを突き付けられているようであった。先代聖女の成し遂げた成果に縋り、聖人としての立場を利用して今代は資格なしと吹聴してきた。己の立場が薄氷の上に立っているような危ういものであるなど、考えもしなかった。煉華の評価が上がるたびに、聖女の器である事を頭では理解していたのだ。それでも、エリファスにとって手の平を返すように今代を認める発言をする事は到底できなかった。魔力量が多すぎるがゆえに、魔力を封じなければ誰とも触れ合う事が敵わないエリファスにとって、それはエリファスの個性であり、恥じることではないと救い上げてくれたヒナタの存在を不要なものだと言ってしまうようだったから。

 それでも、国を救っているのは目の前にいる煉華なのだ。今更だが、己の態度を省みて身体が震える。今、煉華に不要だと言われてしまえば、エリファスは聖魔法士として立つ事は出来なくなる。魔法の研究も、これまでのようにはできないだろう。ここにきて、それでも己の事ばかり浮かんでくる卑しさに吐き気すら催した。


 「……レンカ、様」


 震える声帯を必死に動かして声を絞り出せば、煉華は小さく瞬き首を傾げて要件を促してくる。

 聖魔法士という立場を任命されていながら、一切何もしてこなかったエリファスに対しても態度は変わらず、感情的になる事もない。最初から、煉華は一定の態度を崩していなかった。本人を知ろうともせず、否定し続けてきたのはエリファス達だったのだと鋭い刃を突き付けられているようであった。


 「……わた、し……僕は、僕には何を求めて……」


 「今の話聞いていた? 貴方にも研究に加わって欲しいのよ。力を貸して。それと、先代聖女の浄化方法や魔力操作の事も聞かせてくれる? ……先代聖女と私は違う。私には私のやり方があるし、できればさっさと先代を呼び戻す方法を見つけても欲しい。でも、それをしている間に、たくさんの人が死ぬかもしれない」


 揺らいだままのエリファスの瞳を真っすぐ見つめて、煉華は言葉を続けていく。

 瘴気の対応が分かれば穢れ地を減らせる事。

 魔族が密かに国の中に紛れているかもしれない事。

 魔族との共存がもたらすであろう文明の発展について、等。

 その他もろもろ、気になる事を潰し、瘴気とは何か。を知る為の場所がここであると。


 聖魔法士と賢者の力を借りることが出来るなら、とてもありがたい。そう伝え続ける煉華に深く頭を下げたエリファスに、煉華はさっそく瘴気の種を放り渡す。


 「僅かに瘴気を放っているでしょう? そこを覆う様に小さな結界を張る事は出来る? 私のやり方はほとんど自己流みたいなものだから、出来る限りこの世界の魔法を(大量に)使える人に協力してもらえるのは助かるわ」


 表情こそ変わらないがどこかはずんだ声音に、エリファスとノルンは驚いて息を呑む。

 唯一はっきりと感情が宿る瞳はきらきらと輝き、興味のあるものを見つけた子供と変わらない光を宿している。


 「瘴気とはなにか。それをしらなければ共存なんて夢物語で終わってしまうわ」


 使えるものはなんでも使う。

 国に役立つならば、魔族であっても使え。

 煉華は自身の膂力が向上した事で、魔族に対する評価を変えていた。危険な敵から、よき友へ。戦うより、人には出来ない部分を補ってもらえるような戦力に。生活の保障と安全が引き換えならば、居場所さえ確保できれば実現も遠くない。付き合いが長いゲーボにとっては、煉華が慈悲や慈愛といった心からくるものではなく、ただ単に有用であれば使ってこそ上。という、ゲーボにとって理解しがたい考えから来ているものだとは知っていたが、あえて何も触れずに話が進んでいくのを見守る事にしていた。


 「私の仮説が正しければ、瘴気の種を作る事ができるはずなの」


 エリファス達の罪悪感は煉華にも伝わっている。己を恥じている気持ちも。

 だが、それは煉華には関係の無い話でもあった。恥じているなら挽回すべく働けばよいし、罪悪感があるならそれを上回るくらい協力してくれたらいい。ただそれだけの話でしかないのだ。


 瘴気の種を作る為には高濃度の瘴気をため込む必要がある。と、するならば、付与されているのは瘴気そのものではないはずだ。

 瘴気になるほどの魔素を吸収し一定の濃度になったら放出する。そういう魔法が付与されているのではないか。その仮説を証明するためにも、魔素を人工的にためてみようと思ったのだ。ほとんど空になるまで吸収してしまったため、検証するための魔素が足りない。そこで考えたのが、種の周りに結界を張り、結界の内側に魔力を送る事で人工的に魔素を満たしていく方法であった。


 「ノルンにはもう1つ瘴気の種を渡すから、付与されている魔法が何か突き止めてくれる?

 ゲーボ副隊長は、エリファスと一緒に種が瘴気を放つかどうかを検証してくれるかしら?

 私は、ちょっと街に行ってくるわ。調べたい事があるの」


 ここは任せる。

 そう告げた煉華から信頼を感じ取ったゲーボは、静かに頭を下げ膝をついた。

 祈りを捧げるような姿が、心からの忠誠を示していると気づいた煉華は、感謝を言葉にするとユリウスを見上げた。


 「調べものをしにいくわ。付き合ってくれるでしょう?」


 「勿論です。レンカ様。何処へでも、お供いたします」


 快諾したユリウスを引き連れて街へ向かう煉華を見送り、3人は与えられた役割を果たす為、それぞれ作業に移っていった。


 

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