12.手合わせ
ユリウスたちと対話をした翌日。熱の下がった煉華が外に出ると、直立不動のユリウスが鍛錬に着いて来てほしいと頼み込んできた。
1週間ほど休養を取って欲しいと泣いて頼まれた事もあり、何をしたらいいか迷っているところであった。
その為、ユリウスの申し出を快諾するとすぐに鍛錬場として用意されている場所へと向かう。
「剣聖。と言う事は、剣技には優れているものと思います。丁度、魔法以外にも身につけたいと思っていたところなの」
ユリウスとしては、自身と剣士たちの手合わせを見てもらい自身の実力を分かってほしいところだったのだが、煉華はにこやかに木刀を握ると、右手に持った木剣の切っ先を地面にあてつーっと、自身を中心とする円を描く。
「和泉は、剣術に関しては流派が無くて。門外漢なのよね。だから、まぁ、我流というか、一番楽な方法を取らせてもらわ。貴方の実力が見たいだけだし。私が円から出たら終わりってことで」
そう言いながら、円を描き終わったのか、剣を持ち直すと真っすぐ、ユリウスに向かって剣先を向ける。
「多分、なんとか形にはなると思うのよね」
煉華の構えは元の世界にいた時、授業でみたことがあるスペイン剣術の構えを模したものだ。
とはいっても完璧に覚えているわけではなく、形だけ真似た状態ではあるが。
煉華は、剣術を知りたい。とはいったが、女であり成人もしていない自身の力を過信したりはしていない。どちらかというと、有事の時に自身の身が守れる程度であればいいのだ。護衛の者達の足手まといにならない程度でいい。ユリウスが付いてくるというなら、ユリウスの実力が分かれば身に付けなくてもいいかもしれないとすら思っている。
煉華はあくまで聖女。代理であってもその立場は変わらない。だからこそ、瘴気の浄化を除いた戦闘が魔族との間で発生した場合、速やかに自身が退避しなければならないと考えていた。
聖女を討ち取った。などと魔族にいわれてはたまったものでは無いのだ。
ユリウスが自身の実力を見せようとしたことはわかっていた。だからこそ、煉華は自身でその力を感じ取ろうと考えた。自身についてくるというなら、多少の荒事は任せてしまいたいからだ。背中を預けるに足る実力なのか。名ばかりの剣聖でない事を願って、構えていた。
「……いきます」
ユリウスは煉華の言葉から、意図を正確にくみ取って剣を構える。
煉華はこっそりと防御魔法で己の周りに透明な壁を作り上げていた。
魔力操作に関してはゲーボのお墨付きをもらっている。緻密な想像力で放たれる魔法は、どれも繊細な魔力操作が必要となる。瘴気の浄化に関しても本来必要な聖人の力を不要とするほどの成果を出しているのは、煉華が魔力操作の基本で群を抜いているからでもあった。だからこそ、魔力を感じたユリウスは少しだけ目を見開き、口角を僅かに上げる。ユリウスにとっても、煉華の魔力に触れることができるのはありがたい事だった。
今代の聖女の実力を知る為に。
ユリウスは、吐き出した息とともに間合いを詰め、一気に剣を振り下ろす。
キンッ!
と、金属がぶつかったような音が鳴り響き、正面に展開した防御壁が砕かれる。
煉華は驚いたような表情を浮かべたが、小さく呼吸を整えるとすぐさま新たな防御壁を展開する。
「……一撃とはね」
「障壁はいい考えです。破壊されてすぐに新たな障壁を生み出せる事も素晴らしい。動揺している隙に攻め込まれてしまいますからね。レンカ様は、私が想像している以上に実戦経験がおありのようだ」
「まさか。瘴気の種は根付いているものだし、今のところ先生としか実戦もしていないようなものよ」
「ならば、才なのかも知れませんね。しかし――甘い!」
ユリウスは斬撃の手を緩める事無く、煉華が防御壁を作り出すペースよりやや早いペースで壁を壊していく。追撃された場合、すぐに煉華は円の外に足が出ていただろう。だが、ユリウスは壊した後僅かに追撃の間を置く事で防御壁を生み出すペースに合わせていた。
(これは、ちょっと想定外ね)
予想より強いユリウスに対して、防御壁1枚では防戦といっていいかもわからない。
「……これが剣聖の実力ってわけね」
有難いような悔しいような。
歯が立たないとはこのことかと思いつつも、防御壁を生み出すのと同時に自身の木剣に氷の粒子をまとわせる。
「氷月華」
技名がないものな。と、その場で浮かんだ言葉をそれっぽく口に出し、防御壁に開けた僅かな隙間から突き出した。
ユリウスがいなすように受け止めると、触れた場所から腕まで、一気に霜がおりたかのように薄い氷の膜が張られていく。
「技名に意識がとられたから、思ったより子供だましの魔法になってしまったわね」
技名とか考えず魔力操作に集中すべきだった。
煉華はしょんぼりと肩をおとし、突き出した際に円を踏み越えてしまった足元を見つめる。
「勝負ありね」
両手を上げて降参する煉華に対して、構えを解いたユリウスは涼しい顔で僅かに乱れた呼吸を整えていた。
「最後の技に関しては、十分有効かと。もう少し精度があがれば、刺客程度には通じるはずです。その間にお逃げくだされば」
褒められているのか嫌味の類か。少しだけ悩んだが、素直に受け取る事とし、煉華はゲーボと精度を上げるためにどのように付与するか。効果の範囲などを相談して訓練に追加しようと心に決める。
「剣聖に恥じぬ強さだと僅かでも示せたでしょうか?」
不安そうな表情で煉華を見つめるユリウスに、煉華は小さく頷き手を差し伸べた。
「文句のつけようがないわよ。聖女様も、貴方にたくさん助けられたはず。私に仕えなきゃ。って思わなくていい。聖女であると認める必要もない。無理に主と思う必要はないのよ。大事な人を守る為に頑張った剣なんだから。私の事は、そうね。異世界から迷い込んだ迷子とでも思って接して頂戴」
表情こそ変わらないが煉華はユリウスがどれだけ頑張ってきたかを理解し、認めていた。そこに確かに存在している優しさに気づいたユリウスは今までの己の態度を恥じ、今にも泣き出しそうな顔つきに変わる。
「……明日、ゲーボ副団長が大賢者と呼ばれている聖人と、聖魔法士を連れてくるそうなのよ。そこに同席してくれない?
見知った顔があれば、彼らも少し気持ちが楽になると思うし」
ユリウスの瞳に浮かんだ涙には気づかないふりをして、煉華は心配そうに見つめるエリスに手を振りながら提案する。
同席を求められたユリウスは、零れる涙を拭いながら、声を出さずに頷いた。




