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11.ユリウスの願い

誰かの声が聞こえる。

 仄暗い宵の始まり。薄闇の中で響いている嗚咽。

 あぁ、私の声だ。幼い、私の声。


 「死を選んだのか。情けない」


 泣いている私には目もくれず、揺れている女に向かって吐き捨てる声。

 真っ黒いペンキで塗りたくったような顔だが、私の父だ。和泉現当主。和泉雅貴(いずみまさちか)


 そうだ。この男が、あの子を連れて来たんだった。

 私と同い年の妹。可愛らしい、カルミアの花のような女の子供。そう。その子供を本家に入れると聞いて、母は……。


 1ヵ月だけ先に生まれた姉である私を見て、嬉しそうに笑っていた義妹。困惑した母に迫られたのは、離縁か義母になるか。残酷な2択。

 寝室で縄をかけた母が遺した「あなたも来る?」という言葉は、鼓膜にこびりついて離れない。笑いながら泣いていた母だったが、私が首を横に振ると、寂しそうに俯いてから足場を倒した。私の「一緒に家を出よう」という懇願は、母には何の意味もなく、何の力も持たなかった。

 ただ、一緒にいかなかったから、母は死んだのだろうか。と、自責の念に耐えかねて、涙と共に嘔吐してしまう。そんな資格などないというのに。


 「これの処分はお前に一任する」


 気持ち悪い。興味のなさそうな男の言葉に殺意すらわいた。だが、私には何もできない。なんの力もない。

 復讐をしようにも、力が足りなさ過ぎる。涙を、感情を抑え込んで、私は立ち上がった。


 「承知致しました。……後妻を迎えるのなら、49日が過ぎてからでお願いいたします。翌月には新ブランドの立ち上げがある為、これ以上の醜聞は避けた方がよろしいかと」


 精一杯の抵抗と、お前がやったことは醜聞でしかないという遠回しな嫌味に、男は冷たい目を向けてはきたが、特に異論はない様であっさりと承諾してきた。せめて、せめて、母が好きだった人たちに囲まれて送り出したい。静かに、穏やかに。母が安らかに眠れるように。


 こういうとき、普通の家庭ならどうするのだろうか?

 泣くのだろうか? 怒るのだろうか? そもそも、普通の家庭なら、腹違いで同い年の妹がいるなどという醜聞すらないかもしれない。

 そう考えると、悲しむ事も、嘆く事もまともに出来ない私は、和泉の血が色濃く出ているのだろう。自分に流れるおぞましい血すら、どうにもできないのだと凍り付いていく感情が物語っているようだ。


 「葬儀の方法含めて、私に一任して頂きます。会長の参列は不要です。マスコミ対応のみお願いいたします。また、呼吸器疾患による突然死として公表いたしますので情報の統一をお願いいたします」


 おぞましい男に、おぞましい提案をしている。声は震えたが、感情を置き去りにした脳みそは、私情を捨てて勝手に口から言葉を放ち続けていた。


 「任せると言っただろう。後ほど葬儀の見積もり含めて書面を出すように」


 「分かりました」


 この家では、人の命など軽すぎるほどに軽い。新規事業にもたらされる利益、人々の称賛と羨望。確約された地位と繁栄。

 それをもたらす礎ではあるが、命には代えがある。代わりの無い存在などいないのだと思い知らされていく。


 いっそ、後を追えたなら。そう思いはするが、それもかなわない。

 父の命に従って動く私自身がそれを赦さないだろう。

 楽になるなんて出来ない。母に私の言葉が届かなかったは、力が無かったからだ。私の言葉に説得力が無いから、届かなかった。

 力を得るんだ。人の皮を被った化け物のようなおぞましい男を引きずり下ろすだけの力を。

 

 いつか、必ず。この家のすべてを壊してやる。



 ♦♦♦


 「レンカ様、レンカ様!」


 泣き叫ぶような、不安であふれた声に揺さぶられて煉華は閉じていた瞳を開ける。

 ぼんやりと靄がかかったような頭を振って、意識をしっかりと覚醒させた煉華は、まだ熱を帯びている腕を持ち上げてエリスの頭を撫でた。


 「びっくりさせてごめんなさい」


 口を動かしながら、随分と昔の夢を見たものだと苦笑する。

 エリスがタオルを手渡してくれたことで、自身が泣いていただのだと知り、随分感傷的な夢を見たものだと目元を拭いながらため息をついた。

 心配かけた事に対して謝罪をしながら身体を起こすと、エリスが慌てて背中に手を添えて起こすのを手伝った。


 「ユリウスさんたちは?」


 倒れた気まずさを誤魔化すかのように訊ねると、エリスは扉の外を示した。


 「あちらに控えさせています!」


 頬を膨らませて強い口調で外を示すエリスに、煉華は慌てて入室許可を出す。

 どのくらい眠っていたのかはまだ確認していないが、外に座る場所が無かった場合、ずっと立たせる事になっている事に気が付いのだ。

 エリスは少し不服そうであったが、煉華に言われては断る事が出来ず、すぐに入室許可を伝えた。一番最初に入室したのはゲーボ。その後に続いて、ソーンとユリウスが入って来た。


 「……治癒士に見せた所、瘴気による汚染が確認されたという事だが」


 「あ、やっぱり。瘴気汚染だったのね。それで、瘴気汚染ってどうやってわかるのかしら?」


 苦虫を嚙み潰したような顔をしているゲーボをよそに、ベッドに腰掛けた煉華は食い気味に問いかける。その姿が魔法士の中でも研究職についている者達と重なり、ますます眉間に皺が寄った。

 彼らは確かに、自身を実験体とするところがある。煉華にも似た気配を感じ取ったゲーボは盛大に溜息をつき、肩を竦めた。


 「己を研究対象にするんじゃない」


 ぴしゃりと言ったゲーボに、煉華は目を逸らして気の抜けた返事をする。

 その子供っぽい態度に、ソーンは数時間前まで自身が冷や汗をかくほどの威圧を見せた人間と同一人物とは思えずに目を瞬かせた。


 「レンカ様は案外子供っぽいですよ。治療が嫌だといってすぐに雲隠れしますし、苦い薬湯を出すと寝たふりをします」


 ソーンの困惑をくみ取ったエリスが、苦笑交じりの暴露を行い「困った方なんです」と、締めくくる。

 思わず笑みが浮かんだソーンであったが、それを見咎めた煉華に睨まれ慌てて顔を引き締める。


 「……それで、話を最初に戻しますが、ユリウスさんは私になんの用事なの?」


 仏頂面をした煉華の問いかけに、ユリウスは場違いだと思いつつも笑いをこらえるように拳で口を隠すと、咳ばらいをしてから息を大きく吸い込んだ。


 「私を、お傍に置いていただきたいのです。無礼は承知しております。これまでの言動が傍にいるものではないということも。それでも、私に貴方を知る機会を与えて欲しいのです。剣聖として、聖女と共にあるべき私がその役目を放置した事は認めます。

 赦して欲しいとは言いません。ですが、知る事に対して機会をいただけないかと。そして、私が剣聖にふさわしいかどうかを聖女であるレンカ様に見定めて欲しいのです。勝手な願いであることも承知しておりますが、どうか、どうか……」


 空気と共に吐き出された言葉は確かに身勝手だと煉華は思った。だが、必死に頭を下げて頼み込んでくる愚直な青年を無下にも出来ず、暫し思案する。


 「……私は、貴方を信用していないの。ただ、断る理由もないから、好きにして」


 断る理由もないが、受け入れる理由もない。そう結論付けた煉華の返答にユリウスは泣きそうな顔をしたが礼を言い、部屋の隅に移動した。

 そこは専属の騎士が控える立ち位置であることに煉華は気づいていたが、何も言わずにゲーボとの対話に戻っていった。


 


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