0.歓迎されない召喚
和泉煉華は雨があまり好きではない。
身体に貼り付く水滴が、思い出したくない過去を蘇らせるからだ。
エスカレーター式の高等部に入学して早々に任命された生徒会長の業務は山積みで、高校の生徒会ってこんなに忙しいものだろうか? と、考えながら書類に目を通しては判を押したり教師や部活動の部長と連絡を取っているうちに、気がつけば下校時刻である16時をとうに過ぎ、18時近くになっていた。
教師に促され慌てて帰り支度を整えて下駄箱に向かったとき、雨が降っていることに気がついた。
失敗した。そう思いながら傘をさしてあまり雨が当たらないアーケード付きの商店街を通って帰ろうとした。
その選択が、人生を変えてしまうものになるとも思わずに。
閉店間際の店が並ぶ商店街は、主婦や学生で賑わっていた。
ゆりかごから墓場までを謳う、日本唯一の学園都市である桜華学園都市。住宅エリアと商業エリアには、桜華学園の関係者ではない人々も多く見られる。それでも、煉華が歩けば多くの人が声をかけてきた。
桜華学園都市を生み出した和泉財閥の跡取りであり、桜華学園を取り仕切っている煉華を知らない人は少ない。また、彼女の生い立ちも世間を騒がせたこともあり、悪い意味でも有名なのだ。
挨拶には挨拶を返しながら、雨から逃げるように小走りで歩いていた煉華の足が止まったのは、蹲って泣く子供がいたからだった。
5〜6歳ほどに見える少年は日本では珍しい白銀の髪をしており、真っ赤な瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れている。
学園都市の商業エリアでありながら、大人が声をかけずに通り過ぎる様に憤りを覚えながらも、煉華は子供に近づき声をかけた。
「どうしたの?」
「……なんで、届かないんだ。何度も呼んでいるのに。彼女はもう私を忘れてしまったのだろうか……」
幼い外見には似つかわしくない言葉に驚きはしたが、涙を流す子供を一人にはしておけず、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「誰か探しているの? 私でよかったら探すのを手伝いましょうか?」
笑えない自身が人から冷たく見えることをよく理解しているため、言葉はゆっくりと囁くように紡いでいく。子供は目を見開くと煉華をまっすぐ見つめた。
「……見えるのか?」
厨二病かな?
そう言いそうになるのを堪え、煉華ははっきりと見えていることを伝える。もしかしたら、ドッキリかなにかで見えない子供が見えている。と、驚かすつもりかもしれない。そう思いながらも丁寧な対応を心がける。
自身の一挙手一投足が、和泉というブランドに繋がるのだから、ドッキリだとしても気は抜けない。
「こんにちは。私は和泉煉華よ。桜華の者よ。誰か探しているの?」
「私はハクだ。…………探していた。見つけたが、彼女はもう私の声など…………」
言葉を詰まらせて再び泣き出したハクと名乗る子供に、どうしたものかと頭を抱えたくなる。
だが、自分が困っても仕方がない。と、煉華はハクに向かって優しく訊ねた。
「なにか、私にできることはあるかしら? 人を呼んでいるなら、探してきましょうか?
とりあえず、雨も強くなっているから、あそこの交番に行きましょう」
目を見開いたハクが少し考えてから、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……助けてほしい。私の大切な……大切な、世界なんだ」
そう言ってハクが伸ばした手に触れた瞬間、眩い光に包まれた煉華は思わず目を閉じた。
青灰色の空。澄み切って底まで見える透明な水晶のように澄んだ泉に、草を踏む感触。
理解の範疇を超えた事象に対し、現実逃避をするかのようにのんびりと空を見上げる。
和洋折衷。といえばいいのだろうか。巫女のような格好をした少女や帯剣した騎士や、教会の司祭を思わせる格好をした人たちが目の前にいて、渋谷のハロウィン会場のようだと思ってしまう。
ただ、彼らからは友好的な雰囲気はなく、戸惑いや敵意を向けられている理由がわからない。
「おい! ヒナタはどこだ!?」
「…………ロウ。この方からハク様の加護を感じます。此度の聖女様はこちらの方かと」
「ハク様はヒナタ様を喚びにいくといっていましたが?」
会話の内容は理解できない。だが、ハクが呼んでいた人はヒナタというのだろう。そして、ヒナタという人はハクが呼んでも応えなかった。ということになる。
子供の言葉と、煉華を放置して交わされる会話から状況を整理していく。その間に会話の区切りがついたのか、偉そうに声を荒げていた青年をはじめ、数名の者たちが去っていった。残った巫女風の少女と、黒い洋装に身を包んだ壮年の男性を含む者たちが、困ったように眉を下げて煉華を見つめている。
どうやら言葉は通じるらしい。その事実に安堵しながらも正直に知らないと首を振ると、巫女風の少女は明らかに落胆の色を浮かべ、困ったように青年を見つめた。
「……聖女様。ようこそ、フィリア帝国へ。どうかこの国を、いえ。この世界をお救いください」
これ程身勝手な頼み方もないだろうな。
煉華は少しだけ考え、拒絶の為に口を開く。
「家に返してください。これは、誘拐であり犯罪です」
にっこり。
音がつきそうな程に吊り上がった口角と表情のない瞳に、救うよう懇願した少女は怯えたように後退り、震える声で必死に事情の説明をはじめた。
「……国の、あり方などは、後ほど、きちんと説明させていただきます。
ハク様は、以前も、聖女様と同じ世界であろう場から、聖女様を見出した事がありまして……。再び、世界に脅威が訪れた為、聖女様のお力が必要となったのです」
(先代聖女を喚ぶ予定だったが私が来てしまった。と、いうわけね。
同じ人を想定していたから、歓迎できないのも仕方がない。理解しろって言いたいのかしら?)
話を聞きながら、欲しい情報だけ抜き取って状況理解に努めていく。
(神託だから、神が行うことだから、誘拐には当てはまらないって理屈ね。
なんて身勝手な話なの。)
これは犯罪だ。世界を救わなければ命の補償は無い。と、言外に突き付けられた脅し付きの要求でもある。と、理解したところで、怒るだけ無駄だと力を抜く。口角が下がり、いつも通りの感情が読めない顔に戻ったが、説明をしていた少女をはじめ、周りにいた者たちは煉華の怒りが和らいだと思い込んで息を吐いた。
白昼夢であったほうがマシだ。
盛大にため息をついて抵抗を止めた煉華は、ひとつ条件をつきつけて今の状況をまとめにかかる。
「……やり方は私に一任していただきます。よろしいですね?」
ぐらぐらと怒りが奥底で燃えている。
それを押し込めて冷静を装う。
今必要なのは怒りではない。
未だ混乱してはいるが、一切表に出さずに話を切り上げた煉華は、拠点となる場所への案内を依頼し、左胸に輝く桜華学園の校章バッジを握りしめた。
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次回の更新は14日です(o_ _)o))