魔法少女のともだち
ずっと誰かと一緒なのと、ずっと一人きり。より辛いのはどっちだろう。もしも前者のほうが辛いのなら、それは恐ろしい悲劇だ。だって、人は一人きりでは生きていけないのだから。これは、一人ぼっちだった私に初めてともだちができた話。
「あーつーいー」
例年通り異例の残暑に打ちのめされてるのが私、亜木奏。
「あーつーいー」
隣で私と同じようにアイスをかじってるのが妖精のイア。私はミーラヤ・バギーニャとして、人のストレスを悪用する謎の秘密結社オッソロスと日々戦ってる。
ミーラヤ・バギーニャのメンバーは私の他に二人。リーダーの露空安那と、幼馴染の西条実彩登。それぞれイアみたいな妖精がついてるらしいけど、私はイア以外を見ることはできないし、二人もイアのことは見えない。なんでこんな縛りがあるのかは謎。前に聞いた気もするけど、もう忘れた。
イアたちはオッソロスが悪さをしたことがわかるらしい。このシステムも謎だけど、難しそうだから深く考えないことにしてる。今日も五時過ぎに近くの公園に出たみたいで、雨予報だったから折り畳み傘を片手に家を飛び出した。珍しく安那から休みの連絡が来た。親戚の法事で山梨県にいるらしい。なら、今日は実彩登と二人か。
まだ実彩登は公園に来てなかった。よかった、と思った。だって、オッソロスに操られて怪獣になった人が、小学校で私と仲の良かった子だったから。
「りっちゃん! 聞こえる? 奏だよ!」
福浦律ちゃんを止めようとして、背中から飛びついた。でも、すぐ振り払われた。やっぱり変身しないと。
「イア、ステッキ出して」
「一人で大丈夫なの?」
「やる!」
変身に使うカラフルなステッキ。名前は忘れた。これについては名前があるのかどうかもわからない。
「チェンジ・バギーニャ!」
だいたい三十秒かかる変身の間は、なぜだかオッソロスの怪獣は動きを止める。
「ミーラヤ・ビエリー!」
怪獣の暴走を止めるためには、呼吸を落ち着かせるのが一番早い。だけど、ダメージなしにそうするのは無理だと判断した。ステッキを武器に動きを止めよう。でも、相手がりっちゃんだと意識すると、怪我をさせたくなくて攻撃がうまく当たらない。りっちゃんもかなりの勢いで反撃してくる。
「ビエリー!」
実彩登の声だ。到着した実彩登はまだ変身してなかった。
「その怪獣、まさか律ですか?」
「そう、りっちゃん」
どうして、と実彩登。ストレスなんて、誰だって多かれ少なかれ持ってる。そこがオッソロスの怖いところだと思う。
「奏、私も変身しますね」
実彩登がどこからともなく現れたステッキを手にした。
「いや、いいよ。私で充分」
私の髪が乱れてるのを見て、実彩登は心配そうにこう言ってきた。
「とてもそうは見えませんが」
実彩登の言う通り、怪獣を攻撃するどころか、むしろ私のほうが攻撃を食らっていた。
「大丈夫……きゃあっ!」
フェンスまで飛ばされた。とうとう変身が解けた。
「奏!」
実彩登が駆け寄ってくる。一瞬、呼吸ができなかった。それでも私は少しずつ這って進もうとする。
「奏、待って……」
実彩登は引き止めようとしてくれたけど、私はそれを振り払った。身体中が痛い。実彩登の目がなければ、大声で泣いて転げ回ってる。
「りっちゃんは私が止めたい。私が止めなきゃ。私が止めてみせる。私が、私が……」
「ばかっ!」
安那の声だった。振り向くと、実彩登がスマホをつけてた。スピーカー機能で通話中の画面が見える。
「どうして一人でなんとかしようとするの! 隣に実彩登ちゃんいるでしょ!」
「私一人では奏を説得できないかもしれないと思って、公園に入るときから繋げていました。奏、私では力不足でしたか? あなたの助けにはなれませんか?」
電話口の向こうで安那は怒ってて、目の前の実彩登は泣き出してた。
「私を頼ってはくれませんか?」
「私たち友達でしょ? ……え? 友達だよね?」
不安そうに安那が同意を求める。
「……私、二人を友達だと思えてなかったかもしれない」
私は半ば自棄になって吐き捨てた。
「そうですか」
実彩登が何か覚悟を決めたような顔をした。実彩登を怒らせてしまった、殴られると本気で思った。でも現実はそうはならなかった。実彩登は私の前に回りこんで、しゃがんだ。
「それなら、とてもいい解決策があります。私と安那と、改めて友達になってください」
右手が差し出された。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
恐る恐る、実彩登の右手を握った。少し冷たく感じるのは、きっと私のほうが普段から体温が高いせいだ。友達。ともだち。なんだかよくわからないけど、嬉しい!
「私、生まれて初めて友達できたかも」
「律が聞いたら悲しみますよ」
「……実彩登、肩貸して。脚が痛い」
「わかりました」
「ごめん。やっぱ一人は無茶だったみたい」
「今度やったらグーで頭ですよ」
「チョキで目よりはマシかな」
冗談が言えるくらいの元気は出てきた。
「さて、奏がこれほど苦戦する相手なら、私が一人で立ち向かっても返り討ちに遭うのは目に見えていますね。エス、何か手はありますか?」
エスは実彩登の妖精だ。私は姿も声も認識できない。
「へえ、ステッキにそんな機能が」
何か返事があったらしい。やっぱりステッキには名前ないのかな?
「安那、あなたの妖精さんにエスへステッキを転送するよう伝えてください」
「わかった。ルウ、聞いてた?」
「奏のも借りますね」
戦力外の私に拒否権はないし、異論もない。素直に手渡した。
「チェンジ・バギーニャ! オーチニミーラヤ・シーニー!」
実彩登が三本のステッキでジャグリングするようにして変身した。三十秒後、そこには青い翼の生えたシーニーがいた。その右手には鎌、左手にはハンマーがあった。
「……思ったより殺意剥き出しな武器ですね」
「どうなってるの? 強化変身したの? いいなー!」
魔法少女オタクの安那が電話の向こうではしゃいでる。
「奏、私のスマホを持っておいてください」
「うん。お願い」
「怪我しない程度に、やれるだけやってみます」
シーニーは鎌とハンマーを斜めに重ねた。
「USSRビーム!」
黄色いビームが出た。
「ねえエス、USSRビームってなに?」
「アルティメット・スペシャル・スーパー・レスキュー・ビームの略だよ」
「強いの?」
「単純なダメージならハンマーで叩くほうが強いかなー」
なんか残念なビームだな。名前長いし。
「あれ? あたし今まで何を?」
「あ、戻った!」
「うまくいったようです。よかった」
もう名前を忘れかけた謎ビームはストレスを解消させる力を持ってた。
「あ、かなちゃん? みさちゃんも、久しぶり!」
りっちゃんが、私の名前を呼んで笑った。天気予報は外れたのか、雲の合間から日が差してきていた。
ずっと誰かと一緒なのと、ずっと一人きり。より辛いのはどっちだろう。もしも後者のほうが辛いのなら、それも恐ろしい悲劇だ。だって、苦しみを分かち合う人さえもいてくれないのだから。私は辛い日々を、これからもなんとか人混みの中で生きていこう。