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旅の歩み

 リーネが家に来てから三日。未だに女神様からの連絡はない。


 あの後、父親の説得をし(母も姉も了承していたので受け入れさせた)、リーネはしばらく姉の部屋で寝ることになった。

 姉の最近の楽しみは、毎朝のリーネのコーディネートらしい。リーネに服を着せるためと、なぜか姉の服の部屋が増えた。

 リーネの服装はバリエーションを増しており、今日は薄いピンクのワンピース(フリル付き)を着ている。


『外に出るの?』

「うん」


 そんなリーネを今日は外に連れ出す。


 この三日間で、それなりの日本語をリーネに教え込んだ。まだ会話をするほどではないけれど、危ないことはしないはずだ。

 それに、こちらの世界には魔法が存在せず行使するだけで変に思われるということを教えた。魔法さえ使わなければ、リーネはきれいな外国人にしか見えない。ただし、言語学者に見せても何の言語かは判断できないと思うがな。


 リーネが話せるのは、そこらへんにある物の名称と挨拶くらいだ。あとは俺たちの名前。

 リーネには勝手にどっかに行かないことを約束させたうえで、俺も一緒に外に出るなら大丈夫だろうという判断だ。


「街に行こう」

「まち!」


 まだリーネに教えていないものが街にはいっぱいある。リーネがそれらを見て予想外の行動をした時、俺がちゃんと対応するための練習でもある。

 姉は友達と遊びに出かけるらしいからついてこないが、リーネが気に入った服があったら買うように言われた。わざわざ姉のポケットマネーを渡されたくらいだ。


 例え五キロくらいの荷物となったとしても、俺の勇者スペックはものともしないのだが、目立つのであまり買い物はしたくない。荷物を持ってるとリーネの対応をするのに時間がかかるからな。


『楽しみだなー』

「行こう」


 俺はリーネの腕を引いて駅まで移動する。高校までが近いこの場所だけど、買い物とかができる街までは少し距離があるのだ。電車を使ってしばらく移動しなければいけない。


 電車の乗り方は駅で教える。家で教えたところで理解できないだろうからな。


 今日は外に出るために、家にあった小さいメモ帳とペンを使って筆談をする。街中だと筆談する時間があまりないが、喋るだけでは伝わらないことが存在する以上、筆談は必須なのだ。

 異世界だと聖女さん任せだったからなぁ…俺の言いたいことを察して話してくれる聖女さんのありがたさが身に染みた。


 駅について、お金を払ってホームへ移動。


「おおきい!」


 電車を見て最初にリーネが発した言葉が、それだった。

 尚、電車自体大きいものではない。むしろ、電車の括りの中で見たら小さい方であり、都会の人々からすると、小さい電車だと感想を抱くだろう。


 だが、異世界にはここまで大きい乗り物というのは存在しないのだ。せいぜい、馬車(馬っぽい別の生物だったので馬車という名称は適当ではない)が人二人ぶんくらいの大きさだっただけであり、それ以上の大きさのものはなかった。


 因みに、ドラゴンみたいな大きい魔物は存在したけれど、リーネは外に出たことがないので会ったことがない。


「乗るよ」

「うん!」


 ずっと俺の手を握っているリーネ。こっぱずかしいな。電車の中くらいは手を離してくれてもいいのだけど…


 そんな俺の思いとは裏腹に、手を握ったまま電車の中から楽しそうに電車から見える風景を見るリーネ。まるで小学生のようだが…実年齢に比べて世間の経験が少ないから仕方ない。

 異世界でも密室に閉じ込められていた少女なのだ。こっちの向こうの共通の認識すらも危うい少女なのである。


「リーネ」

「ん?」

「手を…」

「んー…ん!」


 違う、もっと強く握ってって意味じゃない!あとリーネの握力は人間のものとはかけ離れてるから全力で握るな!

 俺が焦ったのに気が付いて、緩めてくれた。助かった…


 勇者ボディではなかったら俺の腕は粉砕されていたことだろう。未だにジンジンする…


 そんなこともありつつ、俺たちは街までたどり着いた。初めて見た街に、リーネは目を輝かせている。


『たかーい…なんでこんなに高いの?』


 異世界語で質問してくるリーネ。

 なんで高いのか…なんでだ?狭い敷地の中にできる限りの空間を生み出すためだろうか。最近はビルの高さを競うかのような建築で、それも真実か分からない。


 俺は、筆談を使って、高いのが人間は好きだからと答えた。多分、まるっきり違うというわけでもないだろう。


『確かにね!私も高いところ好きだよ』


 リーネは魔王城の地下の部屋に幽閉されていた。そのため、高いところは苦手になるかと思っていたのだが、実際に国の城の高いところに連れて行くと楽しそうにしていて驚いたものだ。

 どうにも高いところからの景色は新鮮だから楽しいということらしいが…もしかしたら、床がガラスになってる展望台は苦手かもしれないな。


 とはいえ、この街にはそんな建物はないので、リーネを連れて街中を歩くことにする。どうせ、歩いているだけでリーネから質問が飛んでくる。


『人が多いよー』


 異世界基準だ。日本基準で言うならそこまで多くない。


 リーネがはぐれると一番困るので、しっかりと手を繋ぐ。


『服がいっぱいあるねー、それにいい匂いもする!』


 リーネがきょろきょろしながら歩く。人にぶつかりそうになるので、俺が手を引いて引き寄せる。


『どこ行くの?』

「適当に」

「テキトーに!」


 リーネがニコニコしている。楽しいのだろう。

 だが、視線に敏感な俺は、そんなリーネを見ている多くの視線が気になってしまい楽しめない。俺がいなければナンパをしようと考えている人がなんと多いことか。

 それに、女性からの視線もあるのだ。老若男女問わず惹きつけるリーネの魅力はとても素晴らしいものだと思うが、やはりリーネとはぐれるわけにはいかないなと気を引き締めなおす。


 俺が周囲を警戒しながら歩いていたら、リーネの足が止まった。


「やきいも?」

「屋台か。珍しいな」


 街中に、珍しく焼きいもの屋台が出ていた。よく見ると、屋台の周囲には焼き芋を食べている人がちらほらと見受けられる。

 それを見てリーネがこちらを見て言った。


「欲しい!」

「言うと思ったよ」


 昼ごはんの時間には少し早いが、リーネに我慢してもらうようなものでもないだろう。今日は、リーネに新しいものをいっぱい体験してもらう日なのだ。

 リーネを連れて屋台まで移動する。一個の値段がお祭りのときのような金額だったものの、一つ買ってリーネに渡す。


「トーヤは?」

「いらないよ」


 一応勉強のためということで、少しだけ親からお金を貰っているものの、それ以上の金額は俺のお金から出すことになっているのだ。無駄遣いはできない。


 リーネは少し考えたあと、焼き芋を二つに割って、片方を俺に差し出した。


「あげる!」

「いいのか?」

「うん!」


 なら貰おう。リーネの意向を邪魔する理由がないからな。


 屋台の近くで、リーネと一緒に焼き芋を食べる。ホクホクで甘い…意外と美味いなこれ。


「美味しい!」


 気になったので、筆談で【異世界に焼き芋ってないのか?】と聞く。


『あるけど、こんな風に美味しくないよ。旅をしながら食べたことないの?』

【パンとかそんなばかりだった】

『そっかー。城にいたとき、たまに芋を食べたよ。味はしないし、水気もなかったけど』


 一応異世界にも芋は存在する。同じ植生の違う野菜の可能性が高いが、サツマイモっぽい見た目の野菜は存在していたのだ。

 旅の途中は長く保存できる食料を主に食べていたので、野菜などは食べる機会があまりなかったのだ。町に滞在するときは別のものを食べていたので、焼き芋を食べる機会はなかった。


 因みに、パンは異世界では別の言語なのだけど、こっちにリーネが馴染んだのでパンでも伝わる。異世界のパンの名称は焼きクラッタウィーツっていう長ったらしい名前なので表記が面倒なのである。

 クラッタウィーツが小麦的なやつだ。ただ、実物は見たことがないので分からない。


「ご馳走様!」


 リーネは食事の挨拶も覚えたので、しっかりとご馳走様をしたあとに焼き芋を包んでいた紙袋を捨てた。

 同時に俺も食べ終わり、少しだけ腹を膨らませる。


「じゃあ姉の要望に応えてショッピングセンターにでも行くか」

『なにー?』

「行けばわかる」


 俺はリーネを連れて歩き出した。

面白いと思ったら評価や感想をお願いします。焼きクラッタウィーツはとても固く、兵士以外はあまり食べることはありません。その分保存がききます

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