最初の魔物
しばらくは夏休みなので、その間にリーネを迎えに女神様が来てくれるのが一番いい。
夏休みが終わってしまうと、俺も学校に行く必要があるので、リーネを家に一人っきりにしてしまう可能性があるのだ。
「リーネ」
「ん!」
だが、夏休み中と言っても油断はできない。なんせ、リーネは魔王の娘なのだ。潜在的に何があるのか分からないのである。
俺がリーネと出会ってから地球に戻るまでの一か月間、リーネのことは聖女さんが見ていた。魔王の娘の魔力は、それだけで脅威だからだ。
リーネが成長したとき、どのようになるのかが不明。そもそも、人間と魔王の子供なので成育状況も不明。人体構造すらも不明。リーネは不明だらけの体をしているのだ。
そんなリーネなので、地球に慣れることができるのかは俺次第となる。俺がきちんとリーネのことを正していかないと、何をしでかすか分からないからな。
となれば、俺が最初にできることと言えば…
「リーネ、日本語勉強」
「する!」
日本語の勉強は向こうでもしていたので、俺が日本語勉強と言えば、すぐに日本語で肯定する言葉が返ってきた。
あっちの世界ではリーネに日本語を教える際、紙に文字を書いて教えたものだが…なんせここは正真正銘日本。参考文献には事欠かない。
こんなことなら小学生の頃の教材を残しておけばよかったかもしれないなぁ…
「ほい、これ」
俺が本棚から取り出したのは百科事典。リーネは平仮名は読めるようになっているので、今はこうして物を見せながら単語を教えている最中だ。
外国人に日本語を教えるときに最適な方法など知らない。なので、我流で少なくとも日常生活が送れるような語学力は身につけさせなければ。
それにしても、分厚い百科事典がまるで薄い紙のような重さで感じるのは、やはり勇者パワーなのだろう。これ、日常生活に支障出ないよな?
「車」
「くるま」
そして筆談で、ぶつかったら危ないから気を付けるように補足する。
異世界アニメとか異世界漫画とかで、日本に異世界人が来るタイプの漫画を見てると、まず外に連れ出そうとするが、馬鹿なのではないかと思う。
知らないものばかりの世界に連れて行って、問題が起きないはずがないだろ。無理やり山場を作りに行くな。人に迷惑をかけるな。
周囲からは日本に来たばかりの外国人に見えるだろう……いや、外国にも車とかビルとかあるから。それらを物珍しそうに見てるなら、外国人ではなくもっと別の何かに見えるよ。
「服」
『私たちのとちがーう』
百科事典に掲載されている服は、日本様式のものと西洋様式のものの二つだ。和服はまあ着る機会がなかろうが、洋服に関しては今後着ていくことになる。
女性服に関しては…姉がなんとかしてくれることを祈ろう。
「お金」
『お金と紙ー』
「紙もお金」
異世界には荒い鉱石で作った銭があった。紙幣を導入している国を見たことがないので、多分あっちの世界では主流ではないのだろう。
その結果、リーネはお札を見てもお金だと認識できないようだ。
「法律」
「ほーりつ?」
あとは法律も教えないといけない。向こうの世界は、自衛のためだったら相手を殺すことも可能だったからね。
でもこっちの世界だとそれは過剰防衛ってことになって、犯罪になってしまうから…中々難しい。
異世界と地球の常識は全然違う。異世界には憲法みたいなのもなかったからね。
そういう意味では、この世界の常識を教えることが第一となるだろう。日本語を教えるのと同時並行で進めなければならず…この二つは最初の魔物だな。
リーネの知識が増えて、少しは戦えるようになれば勉強も捗るだろうけど、それまでは日本語を教えなければいけない。
多言語理解みたいなチート能力があればよかったのに…そしたら、リーネの本名も理解できたことだろう。
リーネに教えるのも、もっと簡単にできるはずだ。
残念ながら、俺が異世界に転移したときに、そういうチート能力の類は手に入らなかったものだ。俺TUEEEできるのかと思ったら、最初から特訓ばかり。
異世界流鍛錬は、俺のことを地球ではそうそう死なないくらいに強くしてくれたが、思ってたのと違ってがっかりしたものだ。
『どうしたのトーヤ』
「なんでもない…」
昔のことを思い出して、少し遠い気分になってしまった。
「魔法」
「まほー」
異世界には魔法が存在するが、それが特別なものだという認識はない。なんせ、練習すれば子供でも使うことができるものだからだ。
そのため、リーネがこっちでも魔法を使ってしまう可能性があるが…もちろん、そんなことをすれば警察沙汰になるだけだ。マジックだと誤魔化すのも限界がある。
こうしてリーネに日本語と一緒に日本のことについて教えていたら、玄関の扉が開いた音がした。
「ただいまー!」
大きな声と共に家に帰ってきたのは、俺の姉だ。友達と出かけてたんだっけ…?
俺の姉は、ギャルというわけではないけど、高校生にしてはテンションが高い。ただ、教室のムードメイカーになっているらしく、煙たがられているわけでもない。
というかそもそも、顔がいいのでファンクラブ的なのが存在するという噂もある。やっぱ世の中顔がよければなんでもいいんだな。
「統也!お母さんがどこに…」
俺の部屋の扉が勢いよく開き、姉が俺に質問をするが、そのまま目線はリーネに移動する。
「あ、ごめーん…」
そのままスススと扉を閉めて帰っていく姉。
もしかして、俺が部屋に女性を連れ込んでいると思ったのだろうか。いやまあ客観的に見て事実ではあるのだけど、そうではないのだ。
「姉さん、ちょっと待って」
「いやいや、デート中なのにごめんね。気が利かなくて」
申し訳なさそうにする姉。デートではないのだけど。
母親にした説明を姉にもしないといけない。なんせ、リーネはこれから家に一緒に住むのだから。
「ちょっと部屋入って」
「待って待って!流石にデート中の二人を邪魔する趣味は持ってないよ!」
「説明しなきゃいけないことがあるから」
姉を強引に部屋に引き込む。勇者スペック以前に、姉は力が弱いので普通に引っ張れる。
「ううぅ…姉を部屋に連れ込んで…もしかしてそういうプレイが好みなの…?」
「違うってば」
何を言ってるんだこの姉は。
俺はリーネにしたのと同じ説明を姉にもする。母から既に許可は貰ったので、住むのはほぼ確定事項であるということも一緒に説明してしまう。
そんな説明をしているとき、最初こそ理解できないという顔をしていたが、リーネが一緒に住む云々になると、途端に目を輝かせて食い入るように話を聞いていた。
「じゃあじゃあ、この子に合う服を準備していいってこと!?」
「まあ、それを頼むために話したんだけど…」
「やったー!じゃあ、この子連れて行くね!」
そう言うと、リーネは姉に連れていかれた。多分しばらく着せ替え人形となるだろう。姉は人の着せ替えをするのが好きなのだ。
リーネは一瞬困惑したような表情をしていたけど、俺が紙で大丈夫なことを伝えると、そのまま引っ張られるままに連れていかれた。
どんな服装になって戻ってくるかな?
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