はじまりの家
「リーネ、リーネ!」
「うぅ…」
リーネが泣き止んでくれない。それに、女神様からの何の言葉もない。
今の俺の体は十六歳であり、そんなのが家に女の子を連れ込んでいると親にばれたら、俺は社会的に死んでしまうことは間違いない。
それに、リーネはこの一か月でとても綺麗になったので、外国の美少女を連れ込んだみたいになってしまう。あっちでは警察とかいなかったけど、こっちでは通報案件である。
「リーネ!」
俺はリーネを引きはがして口を手で塞いだ。
体は十六歳に戻ったが、身体能力は落ちていない。リーネも魔王の娘らしい筋力ではあるけど、それを引きはがすくらいは容易だ。
俺は家の中に誰もいないことを確認したのちに、リーネに説明をする。
リーネも日本語を少し理解できるとはいえ、まだまだ難しいものは理解できないので、俺は近くにあったプリントの裏に筆談をする。
「ここは俺の世界。リーネがついてきてしまった」
俺が短く、リーネに状況を説明すると、リーネは泣き止んでにっこりと笑った。
「まだトーヤといられるってこと?」
「そうだが、そうじゃない。リーネはここにいたらだめ」
「え…」
リーネは涙目になり、またもや泣きそうになる。
また騒がれたら面倒なので、取り敢えずはリーネを宥めることに専念する。
「今は帰せないからここにいていい」
「ん!」
リーネは泣き止んでくれた。こちらを見て、怯えるような表情で震えているが、泣き出す様子はない。
さて、俺はリーネから手を離して周囲を見る。五年ぶりの自分の部屋だ。
高校一年生の夏休みに、突然自室で光に包まれてあっちの世界に転移させられた。光に包まれた時間に戻されたので、俺が転移する直前に触っていたギターが机の上に乱雑に置かれている。
「帰ってきたのか…」
流石に親の顔や姉の顔を忘れたことはなかったが、それでも忘れていることも多くある。なんせ、高校の課題が何だったかなんて何も覚えていないのだ。
夏休みが終わったときに授業についていけるだろうか。
異世界だと、そっちの様式の服ばかりを着ていたので、今来ている当時の服も随分と久しぶりだ。この服は異世界で脱いだあとそのままだったのだけど、女神様が持ってきてくれたのかな。
「さて、どうするか…」
女神様からの返事がないので、リーネをどうするべきか分からない。
あっちに帰す必要はあるのだけど、俺にはそういう力はないので女神様から連絡が来るのを待つしかないのだけど、その待ち時間をどうするべきかが目下の問題である。
魔王の娘であるリーネではあるが、食事が必要ないとか睡眠が必要ないとかそういうわけではない。むしろ、生活様式に関しては人間のものと大差ない。
そのため、家に匿うにしても食事などの一般的に必要なものは準備しなければいけないのだ。
俺が一人暮らしとかなら、まだなんとかなったかもしれないが、残念ながら俺は実家暮らしなので食事も親任せだ。
学校裏でこっそり猫の世話をするのとは訳が違うのである。
「…」
「んー?」
リーネは現在、魔力を抑制するための腕輪を付けている。犯罪者用の手錠ではなく、魔法使いなどが使用する腕輪だ。
そして、衣服は聖女さんの聖堂でも着られていた白くて丈の長い服。一応シスターであるということにすれば、現代でもなんとか通じるか…?
「リーネ、ここで待って」
「ん!」
リーネは床に座り込んでいるので、そのままここで待ってもらうことにする。適当に気がまぎれるものとして枕でも渡しておくか。
「ふわふわー」
対する俺は、自分の部屋から出てリビングに移動する。
俺が異世界に召喚されたとき、この部屋に誰がいたのか覚えていないのだ。親がいれば事情を説明し、誰もいないのであればリーネの身の回りの整理をしよう。
俺がリビングに行くと、母親がテレビを見ていた。そうか、母親はいたのか。
正直なところ、五年ぶりの親との再会ということもあって地味に泣きそうではあるのだけど、向こうからすると普通の日常なので、ぐっと我慢する。
「ん?統也、どうしたのよ。なんでそんなところで立ち尽くしてんの」
「え、いや、えっと、何かおやつかなんかないかなって」
「えー?じゃあそこのポテチでも持っていきなさい」
母親の声とか、やり取りとか、懐かしすぎて泣けてくる。一人暮らしでホームシックになる理由がわかると言うか…
俺は向こうだとやることがいっぱいで、郷愁する余裕もなかったのだ。こうして家に帰ってきたことを実感すると、無性に感動してしまう。
俺はポテチを持って自室に戻る。母親がいるのであれば、今のうちにリーネの説明をしておくべきだろう。
今更だが、俺の家族構成は俺と姉と両親の四人家族だ。父は仕事だろうから家にいないとして、姉は…出かけてるのかな。結構活発な姉なので、正直動きは読めない。
「リーネ、食べる?」
「ごはん!」
「おやつだけど、おやつって言葉は教えてないもんなぁ…」
食べるとかの基本的な動詞はある程度リーネは理解する。俺が教えたからだ。
そのため、食べるという動詞からご飯を想像したのだろう。異世界にはおやつの概念がなかったので、日本語を教える意味もないと思ったのだ。
俺はポテチの袋を開けてリーネにあげる。すると、リーネは何も疑わずに口に入れてバリバリ…気に入ったのか、追加で何枚も口に入れていく。
ポテチは異世界の魔王の娘も魅了する…誇っていいぞ、カ〇ビー。
「さて、どう説明するかな…」
現代日本のことを何も知らないリーネを放り出すことなんかできない。いくら魔王の娘であっても、聖女さんから常識とか良識を教わった以上餓死してしまう可能性がある。
それに、もし犯罪とかで警察にお世話になったとき、リーネが何をするのか分からない。魔力抑制の腕輪があっても、少しくらい魔法が使えるからな…
まあ、リーネは日常で使われる魔法しか教わってないらしいから、人を攻撃できるほどの威力はないと思うけど。
まあそういうわけで、リーネを放り出すことはできない。となれば家で保護するしかないのだけど…どうすれば俺が犯罪者にならずに親に説明できるのだろうか。
「ありがと」
拙い日本語と共に、ポテチの袋を返却された。どうやら、俺が考え事をしているうちに食べきってしまったようだ。
一人でポテチ一袋って…健康に悪いな。つか飽きてそんなに食えん。
「仕方ない。後々面倒が起きたら、その時は女神様に丸投げしよう」
世界を越える力がある女神様だ。きっと問題処理くらい簡単にできるだろう。
俺はリーネをリビングに連れて行く…前に、ちょっとした魔法で手をきれいにする。一応勇者だったので攻撃魔法だって使えるが、日本でその機会はないだろう。
なんなら扱いに困るので女神様に排除してもらってもよかったんだが…まあ贅沢は言うまい。
「ありがとー」
「ちょっとついてきて。でも何も喋らないで」
「わかった」
リーネに伝える用の紙とペンを持って、リビングに移動。母親から許しが出なかったら、最悪魔法でなんとかするしかないかもしれないな。
「母さん」
「ん?何…誰!?」
うーん、いい反応…じゃなくて、当然の反応だ。息子が突然かわいい子を連れてきたら誰だってそうなる。
「えっと、彼女はリーネって言って、訳あって家がなくて…」
俺が必死に理由付けとリーネを家に置いてほしいということを伝える間、リーネはずっとニコニコしていた。俺が言った、「何も喋らない」を忠実に実行しているらしい。
取り敢えず異世界とかいうワードはなしにして、外国から来た俺の友人ということにした。まあ、そんな大きく間違ってない。
「はぁ、つまり、誘拐の肩代わりをしろってこと?」
「違うよ!誘拐じゃないって」
母親から胡乱な目を向けられつつ、まあそう思うのも致し方ないと思う。
俺はできる限りの説明を親にして、リーネのことについて説明をする。
「だから、リーネのことを保護してほしくて」
「…ねえ、その子は何か喋らないの?」
母親の視線が俺からリーネに移動する。リーネは母親の言葉が分からないようで、ニコニコしたままだ。
俺はリーネに筆談で、挨拶してほしいことを伝える。
「リーネ!」
「…元気な声ねぇ…」
本来は発音が違うのでリーネと発音することはないのだけど、リーネは最近自分のことをリーネと呼ぶ。どうやら本名よりも短いこともあってか、リーネという名前が定着したみたいだ。
リーネはそのままぺこりと頭を下げた。これは俺の真似。異世界には礼を尽くすとか、会釈とかの文化はないので、たまに俺がしているところを見て覚えたのだろう。
『はじめまして!』
「んん?」
「英語とかじゃなくて、違う言語だから分からないと思う」
リーネの母国語(異世界語)に首をかしげる母親。まあ、地球では聞くことのない言葉だから仕方ない。
その後も何度か会話を続けて、とうとう母親が溜息をついた。
「はぁ…仕方ないわね。ちゃんと、他の家族にもあんたから説明するのよ」
それだけ言うと、母親は買い物に行くと言って外出した。
説得時間、合計でおよそ三十分。
僕の必死の説得と、リーネの元気さと純粋さのおかげで、なんとかリーネが家にいても大丈夫なようになった。
時が来たら帰ることも伝えたので、あとは女神様から連絡が来るのを待つばかり。
「ありがとう!」
「リーネは状況を理解してるのかなぁ…」
リーネの純粋無垢さに圧倒されつつ、俺はリーネを連れて部屋に戻った。
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