魔王城
安全に過ごすために、準備時間ということで一泊魔王城で泊まることとなった。ボロボロではあるものの、これからは外で寝ることになるわけで、そう考えれば雨風を凌ぐことができる魔王城はとても良い場所だ。
元勇者としては、魔王城で寝るという行為は中々に抵抗感があったが…今更どう言っても仕方ない。
ただし、魔王城で寝る行為よりも抵抗感があるのは…
「おやすみ、トーヤ」
「おやすみ」
リーネと同じベッドで寝るということだ。俺は別の部屋で寝ると言ったのだけど、何かあったら大変だと言われた。
ならば俺は雑魚寝でいいと言ったのだけど、リーネが涙目でダメだと言ってきたので、仕方なく同じベッドで寝ている。勇者として培われた気配察知の能力が妙に恨めしい。
そうしてベッドで落ち着かないまましばらく過ごしていると、気が付いたら俺は寝ていて、頭の中に声が聞こえてきた。
『勇者よ、転移に巻き込まれたあなたのために、別の神が迎えに向かっています…魔王の城の近くは近づけないので、近くの町まで移動してください…』
……
「じゃあ一か月も歩いて移動しなくていいってこと?」
「そういうことになるな」
女神からのメッセージをリーネに伝えると、少しホッとしたような表情を見せた。
流石のリーネも、一か月間移動し続けることになるのは不安だったのだろう。とはいえ、魔王城からは離れなければいけないようなので…
「行こうか、リーネ」
「しゅっぱーつ!」
俺たちは魔王城を出た。
俺が勇者の時代に斬ってきた奴が着ていた装備を纏っているのは不思議な感覚だが、少し新鮮な気持ちだ。パーティーメンバーも違うしな。
「リーネはくれぐれも前に出るなよ」
「はーい」
ツーマンセルでの戦いでは、前衛と後衛に分かれた動きが必要になる。リーネが魔法を詠唱して、俺が剣を振る。俺が持っている武器が聖剣ではない以上、リーネのほうが火力があると思われるので、俺は詠唱のサポートだな。
魔王の領域とも呼ばれる魔王城とその周辺の森は魔物のレベルが高いので、俺の剣では攻撃が通らない可能性もある。リーネが頼みの綱となるが…
一応警戒しながら進んでいるのだけど、魔物の気配は近くにはない。どうやら、本当に魔王城の近くから魔物は一匹残らずいなくなったようだ。
そうなると、道中はただ雑談をすることになる。
「トーヤの聖剣って呼び出す力なかったっけ?」
「あれはただその場から飛んでくるだけだからな。召喚できるなら呼べるだろうけど…」
一応呼ぶのは試した。だが、いくら待てども飛んでこないので、やはり世界を跨いだ呼応はできないようだ。聖剣があればほぼすべての魔物に特攻ができるのだけど…
「そういえばリーネは魔王城で本を読んでたな。あれは?」
「あれはこっちの魔法だよ。私の部屋に置かれてなかった本から色々勉強したんだ」
どうやら、リーネが知らなかった魔法を学んだらしい。知っているだけでは使えないので、どこからのタイミングで練習する必要はあるだろうけど、リーネができることが増えたということだ。
「トーヤは本読まないの?」
「読めるけど発音できないからな」
「そっか…なら、トーヤは紙とペンは要らないの?」
俺はこっちの世界のコミュニケーションを聖女さんに任せてきた。俺が発言しないといけない場面のみ筆談をしていたわけだが、その必要な場面というのは勇者という立場が重要なときだけだ。
つまり、勇者としての任がなくなった今となれば俺が発言しなければいけないタイミングはないので…
「基本的にリーネに任せようと思うんだが」
「任せて!完璧に翻訳するよ!」
しばらく日本で過ごしたリーネではあるけれど、こっちの言語が喋れなくなったわけではない。謂わばバイリンガルな状態なのだ。
通訳はそういう人に任せたほうがいいだろう。
「一番近い町は?」
「もっと遠いところだな。少なくとも今日中にはつかないだろう」
通訳を任されたからか、やる気を出しているリーネ。だが、最も近い人がいる集落というのはまだまだ向こうにある。魔王の領域に最も近い村ということもあってとても貧しい村だったので、もしかしたら既に廃村になっているかもしれない。
俺たちがその村にたどり着いた当時、既に村の住人は一桁になっていたからな。果たしてどうなっただろうか。
「目的地はそこでいいんだよね?」
「魔王の領域から離れればいいみたいだからな」
魔王の領域にはっきりとした境目はない。だが、その村は確実に魔王の領域の外にあるので、そこにたどり着ければ魔王の領域から離れたということになる。
もし廃村になっていても…一応目的地にはたどり着けることとなる。そしたら、女神が言っていた別の神が俺たちを転移してくれるはずだ。
「頑張ろうね!」
……
魔王城から遠く離れた場所。何もない辺境の地に一人の男が立っていた。
「あの女神、異世界間転移は禁止だって言ってるのに…これが終わったら説教だな」
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