ワープ
最後に見てからまだ数か月というのに、既に部屋はボロボロとなっていた。部屋の管理人がいなくなれば、すぐに地下室なんてこうなってしまうものなのだろう。
「うぅ…」
「リーネ、顔を上げて」
神様、特定の人物だけを飛ばすというシステムを構築できていないのは正直言って事故だと思います。
「んん…あ、トーヤ!」
「大丈夫か?」
「うん!」
リーネはいつも通り元気そうだ。
しまったな…こうなるんなら聖剣を持っておくべきだったか。今の俺は、日本で生活するときの普通の恰好であり、魔物が出ても対抗手段がない。
「あれ、ここは?」
リーネがやっと周囲の状況に気が付いたらしい。
リーネからしても、やはりこの部屋はボロボロになっているようで、少しだけ悲しそうな顔をしたあとに、こちらに向き直った。
「トーヤもこっちの世界で暮らすの?」
「いやいや…」
やっとあっちの世界に帰ったというのに、またこうしてこっちに戻ってきてしまうなんて、完全に想定外である。
テレポートする人にくっついている人ももれなく飛ばしてしまう謎仕様によって、俺たちは二人仲良く飛ばされてしまったわけだけど、どうにかして帰る方法を見つけなければ。
「取り敢えず外に出よう」
「うん」
ここらへんは暗い道になっているけれど、リーネが魔法で明るくしてくれたので、問題なく外に出ることができる。
魔王の城だから魔物がまだいるかとも思ったのだけど……近くに魔物の気配は一切ない。
「ここってこんなに魔物いないのか?」
「んー、まだ魔王の魔力が残ってるからいないのかも」
ふと、魔王を倒したときに魔物たちが逃げて行ったことを思い出す。魔王がどうやって魔物たちを従えていたのかは不明だが、もしかして魔王の魔力というのは魔物にとっても悪影響なのかもしれないな。
もしくは…ここにリーネがいるからだろうか。まだ幼いとはいえ、魔王の娘であり魔王の魔力を持っている。近くの魔物がそれを探知して逃げ出した可能性も捨てきれない。
そうしてしばらく歩けば魔王の城の外に出た。道中魔物に遭遇することはなかったな。
「久しぶりに見たな、この景色」
魔王の城の周囲とはいえども、別に岩肌だらけのおどろおどろしい場所というわけではなく、普通に森である。
魔王の城の前には一直線の道があり、これが攻めずらい要因にもなっていた。
というのも、ここの森は有毒ガスが充満しているため、俺たち勇者パーティーですら森の中を進めなかったのだ。となればこの道を進む必要があるのだけど、如何せん一直線なのですぐに発見されて攻撃されることとなる。
色々と策を講じたが、最終的にスペック任せで突撃するのが一番効果的だった。
「トーヤ、お城まではどれくらい?」
リーネが言っているのは、魔王の城ではなくて人間の城。聖女さんたちがいる城のことである。
「うーん、歩くとなると……数週間かなぁ…」
あの時は馬車があった。だが、今の俺たちは移動手段がない。
それに、野営の準備とかも何もないので現地調達をしながら進むことになる。
「女神様は何を考えてるんだ?こんなところにリーネだけで飛ばしても餓死するだろ…」
いや、むしろそれが狙いだったのかもしれない。
そもそも魔王討伐は女神が望んだことでもあったわけだ。そんな魔王の娘がまだ生きているのはよくないと判断して、ここで野垂れ死にさせるつもりだったのかもしれない。
リーネは何も悪いことはしていないし、現代社会で色々と勉強して社交的な子になっているというのに…女神への不満度がまた一つ上がったな。
「行こう。考えても仕方ない」
「うん!でも、トーヤはその恰好で大丈夫?」
まだ夏休みも終わってすぐの時期だったので、半袖のTシャツにジーンズというラフな格好。対してリーネも、姉が選んだであろうワンピースである。
正直なところ、この格好でこの世界を歩くなど死にに行くようなものであるが…
「他にどうしようもないだろ?」
「うーん…もしかしたら、まだこの城の中に服があるかも。服を着てた魔物さんもいたはずだし…」
確かにそうだな。既にボロボロとなっている城ではあるが、まだ使えるものが残っているかもしれない。
旅支度をするのであれば、少しでも可能性を考慮したほうがいいだろう。
「衣裳部屋の位置とか分かるか?」
「多分この城の構造はトーヤのほうが詳しいよ。私、あの部屋から出たことないもん」
むむ、それもそうか。
だが、俺たちが進軍するときに衣裳部屋や倉庫なんて見なかったけど…どこか辺鄙なところにあるのかな。
戦争をするときに、食糧庫や武器庫を失うというのはとても大きな損失となる。城の前方や魔王の部屋の付近が戦いの場となりやすいことを考えると、城の後方に倉庫を設置していてもおかしくないな。
……
予想通り、城の後方に倉庫が用意されていた。
食料は粗方腐っていたりダメになっていたりするので持っていけないとして…剣や盾、鎧などは使えそうだ。
「リーネも着替えるだろ?」
「でもこの服はかわいいから置いていきたくないし…それに、私は前で戦わないから…」
「あ、じゃあこのローブとか着ていくか?」
鎧以外にも、魔術師などが使うローブやマントが置いてある。これらなら上から羽織るだけなので問題なく着れるはずだ。
一応リュックのようなものも置いてあるので、これを使えば服くらいなら持っていけるけど…
「トーヤはどうするの?」
「軽装にしようかな」
魔物が出て危険とはいえ、魔王を倒したことで魔物の量は減っているはずなのである。そのため、ガチガチの鎧を着なくても問題はないはずだ。
それに、俺は剣で動き回るポジションなので重い鎧は着ない。今着ている服の上から着ると鎧が擦れて服がボロボロになってしまうので、中は着替えて戦闘用に変える。
その他必要なものをリュックに入れて、準備は完了した。
「女神様からの連絡が来るまでまた一か月なのかね」
「頑張ろうね、トーヤ!」
女神よ、早くしてくれ。
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