毒沼
リーネがこっちの世界に来てから二十日。時空を超える魔法をどうにか使えるようになれないかと模索中。
実のところ、そろそろ夏休みが終わる。
高校生ともなると夏休みは短く感じるものだ。しかし、俺にとってはとてつもなく長い夏休みだった。なんせ、異世界に数年いたからな。
向こうは休みなんてほとんどないような世界で、夏休みらしい生活とは程遠い日々ではあったものの、学校なんてものはなくひたすらに強くなった。それが、非日常であり、日常だったのだ。
「勇者スペック、俺には不相応だよなぁ…」
日本でドラゴンを吹き飛ばせる力なんて必要ない。魔法だって使わない。だというのに勇者スペックを持っている俺は一体どうすればいいのだろうか。
「どうしたの?」
「いや、現実逃避をしていただけだよ」
「ゲンジツトウヒ?」
さて、俺の目の前には課題がある。リーネと共にやり続けたものの、未だに残っている課題が。
俺にとっては学校生活なんてもう遠い昔のことだ。つまり、課題の内容なんて忘れてしまっている。一つ一つの課題で復習をしなければならず…結果として、そろそろ夏休みが終わる今になっても課題が終わっていないのである。
リーネに手伝ってもらっているとはいえ、リーネができるのは少ない。数学ならまだしも、他の科目はどれもまったくできないのだ。そのため、結局ほとんどの科目は俺が復習をしながら進めているのが現状だ。
「終わるかなぁ…」
「うーん、終わらせないといけないの?」
「それが課題ってもんだよ」
英語なんてまじで忘れた。異世界語じゃだめですか。
高校の課題なので、自由研究みたいな面倒な課題は存在していないのが救いではあるものの、むしろ自由研究みたいな復習いらずで終わらせられる課題があれば楽だったなとも思う。
「トーヤは頑張ってるもん!怒られないよ!」
「頑張ってるってだけで褒められる世界でもないんだなこれが」
勿論、努力をしたものが褒められるのは当然だ。だがしかし、必ずしも努力したからといって褒められるわけではない。特に、努力したうえで出来なかった者に対して、世界というのは残酷だ。
こんなことならこっちの世界に戻ってこずに向こうの世界で生活すればよかっただろうか。一応魔法のおかげで生活水準は上がっていたし、わざわざこっちの世界に戻ってくる必要はなかったかもしれない。
「ごめんね…私、もう手伝えなくて…」
「一番面倒な数学が片付いただけで助かるよ。まじで」
既に数学は終わっている。リーネがわかる部分はリーネにすべて任せて、残りを俺が終わらせたからだ。
残っているのは国語と化学、そして地理に英語に…白地図埋めならリーネにもできるだろうか…
「あ、私飲み物取ってきてあげる!」
「ああ、助かる」
リーネがパタパタと部屋から出ていき、俺はひたすらに課題を進める。
どれだけ勇者スペックがあっても、課題の進行具合に変化がないのが辛いところだ。一応他の人の何倍も速く手を動かしているのだけど、どのみち復習の時間が挟まるのでそこまで早くなっていない。
古文とか古すぎて本当に分からん。異世界語をそれなりにすぐに覚えたから英語や古文はできると思っていたのだけど、実際に課題をやると全然分からなくて正直笑えて来る。
なぜここまでできないのか自分でもよく分からないが、どうにも異世界語を覚えたときよりも習得速度が遅いのだ。なぜだろうか。
「トーヤ!お茶!」
「ありがとうリーネ」
リーネができる課題がなくなったので、今は俺の補助的なことをしている。
外で遊んできたり本を読んだりしていいと言ったのだけど、リーネがここにいると言っているので俺は自由にさせている。
とはいえ、俺のそばにいる間手持無沙汰なので、暇なときはここでもできる魔法の練習をしている。魔力を抑える練習ではなく、隠蔽魔法や連絡魔法のような日常的な魔法の練習だ。
こっちには魔法の本がないので、リーネが元々知っていた魔法しか練習できないのが問題か。こんなことならお土産として魔法の本を一冊くらい持って帰ってくればよかったかもしれない。
「リーネ、連絡魔法の進捗はどうだ?」
「うーん…もう少しでトーヤになら繋げられそう…」
連絡魔法というのは、念話みたいなものだ。遠くにいる人と、脳内で会話をすることができるという魔法で、距離は魔力量に比例している。
携帯電話を持っていないリーネなので、連絡魔法をまず習得しようという話になったのだ。これさえできれば、はぐれてしまってもなんとかなるかもしれない。
俺から発信することはできないが、連絡魔法を受けたら双方向で会話が可能なので、リーネが習得してくれたらそれで俺もリーネと会話できる。
「私が魔法を習得するのが先か、トーヤが課題を終わらせるのが先か…」
「俺の方が遅いと思うが…どこからそんな表現を覚えた?」
「スズが言ってたよ」
姉ぇ…姉はあれでいて俗的な部分があるので、リーネにもそういう表現が伝わったのだろう。
「あまり変な言葉遣いを覚えたらだめだぞ」
「はーい」
俺は魔法を練習するリーネの空返事を聞きながら、課題を進めたのだった。
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