プロローグ
導入が長くなりました。ごめんなさい
「死ね勇者よ!」
「俺は、死なない!」
俺は聖剣に力をためて、全力で魔王に突っ込む。
「「うおおおおおおおお!!」」
魔王の魔力により、俺の体は傷ついていく。しかし、そんな俺を回復してくれるのは、既にボロボロの聖女さんだ。
魔王の取り巻きも、仲間の騎士と魔法使いが足止めしてくれている。既に準備は整った。
「俺で終わりだああああ!」
俺の剣が、とうとう魔王の胸を突きさす。魔王とて生き物であり、ここに心臓がある。
「ぐはぁ、この我がああ」
目の前で消えていく魔王。やっぱりこの世界の仕組みは未だによくわからないな。
……
俺の名前は林統也。日本の高校生だった男だ。
そんな俺は、突然謎の光に包まれ、若干流行りが去った異世界転移を味わうことになったのだ。
最近は異世界転移してもまともに活躍できない作品も多いのだけど、俺は勇者として祭り上げられ、力が覚醒し、聖女さんたちをすんなり仲間に加えて、魔王討伐までやってきたのだ。
あまりにもありきたりな流れすぎて、特筆することもない。聖女さんとの恋とか、騎士さんとの男の殴り合いとかもなかったし。
そんなわけで、まるでゲームをしているかのように流されるまま魔王を討伐に来て、そしてとうとう成功したのである。
尚、俺がこの世界に来て既に五年が経っているので、今の俺はもう二十歳を越えている。酒もこの世界で味わった。
「やりましたね、統也さん!」
「やはり、あなたが勇者だ」
「流石だねー」
仲間の三人が労いの言葉をかけてくれる。
流されるままに生活してきた俺だが、鍛錬とか修行だって経験しているので、やはり魔王討伐には達成感がある。ゲームならここでエンディングになるのだけど、俺はどうなるのだろう。
「それにしても、魔王ってのは恐怖支配だったのだろうか」
「統也が魔王を倒した瞬間逃げてっちゃったねー」
騎士さんと魔法使いさんはそんな感想を呟く。
俺が魔王にとどめを刺して、魔王が消え去った途端、この魔王の間にいた魔物たちは我先に逃げて行ってしまったのだ。
「彼らが近隣の村に被害を出さなければいいのですが…」
聖女さんが憂いの表情を浮かべる。魔王の間にいた魔物なんぞ、一般人からすれば脅威そのものだ。何か被害があった場合は、俺たちが処理しに行かないといけないだろう。
因みに、俺がずっと三人を役職で呼んでいるのは、この世界の名前は俺には発音が難しすぎるからだ。なぜか、異世界転移ではチート以上にありきたりの言語理解能力がもらえなかったのである。
頑張ってリスニングはできるようになったが、喋ることはできない。先ほど魔王に叫んだ言葉も日本語なので、多分魔王は何も理解できていなかっただろう。
道中は三人に会話担当をしてもらって、どうしても俺が喋らないといけないときは筆談ということになっている。どんなに頑張っても発音できなかったのだ。口の構造が地球とは違うのだろうか。
「ん」
「あ、そうですね。何かあるかもしれないので、奥も見ておきましょう」
俺が意思表示をするときは、大抵短い音と身振り手振りだ。そのせいで、巷では寡黙な勇者として知られているらしい。喋れないだけですよっと。
魔王の玉座の後ろに扉がある。魔王の魔力はそれだけで、普通の人間にとっては害となるので、そういうものは根絶しておかないといけない。
扉を開けると下への階段があった。この魔王の間は魔王城の最上階にあるので、階段があることは不思議ではないが…逃げ道でも作っておいたのだろうか。
「暗いですね…長らく使われていなかったようです」
聖女さんがそんなことを言う。
逃げ道にしては階段が暗すぎるし汚れている。魔王は逃げないというプライドでもあったのだろうか…あの魔王ならありそうだな。
階段を降りていくと、一つの扉が現れた。
「鍵が掛かってますね…開錠!」
聖女さんの魔法で扉の鍵が開く。開錠の魔法は聖女さんなどの特定の人しか知らない魔法らしい。犯罪防止のためだろう。
扉を開けると、そこは一つの部屋だった。ここから先に行けるというわけでもなく、完全に行き止まりとなっている。
「魔王の私室でしょうか」
部屋は誰かが住んでいるかのような見た目をしている。
だが、それにしてはここに来るまでの階段が汚すぎる。しばらく誰もここに来なかったのは事実のようだ。
「統也殿、何かいます」
「っ!」
気が付かなかったが、部屋の隅に誰かが蹲っていた。
魔力の質は…まるで魔王の魔力だ。だが、魔王のように人に害を与えるようなものではなく、あくまで魔王の魔力に似ているだけといった感じ。
「どうせ魔物でしょ。燃やしちゃおー」
「待ってください。対話は大切ですよ」
聖女さんが蹲っている何かに近づいている。魔力からして魔物というのは間違いないだろうが…
「こんにちは。私の声がわかりますか?」
「…」
それが顔を上げる。長い白い髪の、女の子だった。魔物たちは男も女も醜悪な見た目なのだが、この子は結構整っており、魔力さえなければ人間と間違えるだろう。
「言葉がわかるなら、頷いてください」
「…」
コクリと、女の子が頷いた。動きは小さいけれど、確実に頷いた。
どうやら女の子に攻撃する意思はないようだ。それどころか、自分の意志があまりないようで、聖女さんが声をかけても立ち上がる気配すらない。
「あなたは誰ですか?」
「…」
「なぜここにいるのですか?」
「…」
聖女さんの問いかけに答える気配はない。
「なんか人間みたいな見た目。もしかして、人体実験でもされたとかー?」
魔法使いさんがそんなことを言う。流石に人間の見た目の女の子に攻撃するつもりはないようだ。
「…」
「だめですね。取り合えず連れて行きましょう」
「ちょっとちょっとー。それは流石にまずいんじゃなーい?」
聖女さんの提案に魔法使いさんが待ったをかけた。
俺も連れて行くのはどうかと思う。人間のような見た目をしているとはいっても、その身に宿っているのは魔王の魔力なのだ。魔王に関連する何かであるのは間違いないだろう。
「犯罪者などに使う力を抑制する腕輪があります。それを使いましょう」
聖女さんが懐から、手錠のようなものを取り出した。なぜそんなところにそんなものを入れているのだろう。
というか、対魔王でそんな手錠を使うタイミングなどないはずなのに、なぜ持ってきているのだろうか。もしかして、魔王にその手錠使う気だった?
聖女さんが手錠を付ける間も少女は動かない。立ち上がらせて歩かせても、特に抵抗なく従ってくれる。本当に意思のない女の子だな。
「それ以外は特にありませんね。街に戻りましょう。魔王が消えたことは魔力観測で分かっているはずですが、私たちが無事な姿を見せなければ」
俺たちは誰一人欠けることなく魔王を討伐することができた。俺たちが五体満足であることを、民衆に見せなければ真の意味での安心は訪れない。
俺たちがその少女を連れて部屋を出ようとすると、少女の足が止まった。
「あ…」
手を伸ばし、そして、その口からか細い声が漏れる。
少女が伸ばした手の先にあるのは、一つの人形。既にところどころ解れているが、あれは…熊?なぜ魔物が熊の人形を持っているのだろうか。あれは人間しか作っていないはずなんだが…
「これか?」
俺が人形を手に取って少女に渡すと、初めて表情を変えて嬉しそうな笑みを浮かべた。どうやら少女にとっては大切なものらしい。
「うーん…何の変哲もない人形のようですし、持って行ってあげましょうか」
聖女さんの許しも出たところで、俺たちは魔王城を後にする。
ファストトラベルのような便利な移動手段はないので、ここから祖国までは馬車での移動だ。馬車とは言っても、馬よりも馬力があってでかいけどな。
移動中、人形を手にしたからだろうか、少女は少しだけ話してくれるようになった。
「あなたの名前は?」
「g"fa:f~ae?db/s…」
ああだめだ。やっぱり名前は聞き取れない。日本語の文字に起こせるような音ではないのだ。どれだけリスニングを鍛えても、知らない固有名詞を聞き取るのが難しいのと同じである。
「魔王と似た名前、ですね…」
ただし、現地の人にとっては名前もよく聞き取れるらしく、聖女さんによると俺が討伐した魔王と似た名前らしい。
尚、魔王の名前も俺は知らない。一度聖女さんに教えてもらったのだけど、やはり名前は聞き取れなくてずっと魔王と呼んでいる。
「なぜあそこに?」
「…いちゃだめだから」
熊の人形を抱きしめて、そんなことを言う少女。
さらに聖女さんは質問を重ねていく。
「あなたは魔王のなんですか?」
「……子供」
…まじか、あの魔王子持ちかよ。恐怖支配するような奴に子を愛する気持ちがあるとは思えないんだけどな。
「お父さんが人間との間に作った子供…」
「ちょっと待ってください。魔王が?人間と?」
「うん。でもお母さんは殺されちゃった」
淡々とそんなことを言う少女…改め魔王の娘。まあ長いから少女でいいや。
「なぜ魔王は人間との子供を?」
「知らない。でも、私は欲しくなかったみたい」
どうやら、子供を作ったことは魔王にとっても誤算だったらしい。なら人間の女性を連れてくるなと言いたいのだけど…
ただ、生まれたあとは殺されることはなかったらしい。仮にも魔王の娘なのだ。その身に宿る力は他の魔物を軽く凌ぐ。
「人間に復讐とか考えてないよねー?ねー?」
魔法使いさんがそんなことを言う。確かに、少女からすれば俺たちは父の仇ではあるのだけど。
「人間のことはよくわからない。魔物のこともよくわからない」
「どういうこと?」
「あの部屋から出たことないから、知らない」
詳しく聞いてみると、どうやら生まれてすぐにあの部屋が割り当てられ、そして今に至るまでずっとあの部屋に監禁されていたという。
「あの…あなたは何歳なのですか?」
「…十五」
あれ、思ったよりも若いな。こういうときって、見た目は若いけど実際は百歳を超えているとかいうのが定石だと思うんだけど。
つまり、俺がこの世界に来た時には既に十年監禁されていたということか。
「あなたが勇者?」
「あ、いえ、私ではなくこちらの方が勇者様です」
「ん」
悪いね、喋れないんだ。君らの言語複雑すぎるんよ。
「林統也」
「トーヤ?」
取り敢えずそれでいいよ。名前の構造から違うらしいから、俺の名前が識別できればそれでいい。
「統也さんですよ」
「トヤ?」
「統也」
「トーヤ」
聖女さんが俺の名前の正しい発音を教えている。まるで我が子に呼んでもらおうとする母親みたいな…
それにしても、聖女さんはこのままこの子をどうするのだろう。
今は手錠によって封印されているとはいえ、魔王に似た魔力は健在なわけだし、このまま国に帰ったら即刻処刑されてもおかしくないのだけど。
「この子を連れて行ったところで隔離され処刑されるのは目に見えている。どうするつもりなのだ?」
俺が思ったことを騎士さんが代弁してくれた。俺が喋りたいときは筆談する必要があって面倒なので、こうして代弁してくれるのは本当にありがたい。
騎士さんの質問に、聖女さんは少し考えたあとに口を開いた。
「この子に罪はありません。例え魔王の娘だとしても、この子は何も知らないのです」
「でもー、その魔力自体が危険でもあるんだよ?」
「私であれば影響はありません。私がこの子をまっとうな子に育てます」
まるで母親のような顔つきになって、そんなことを言う聖女さん。
思ったよりも強い覚悟で、魔法使いさんも騎士さんも呆気に取られている。俺だって同じだ。こうして様々な種族に救いの手を差し伸べる性格だからこそ、こうして聖女となったのだろう。
「絶対に、この子を殺させはしません!」
……
「ふーむ、じゃあいいよ」
「いいのですか!?」
「何かあったら管理責任でおぬしを処すだけじゃから」
実にフランクに王様に認められた魔王の娘。ただ、当の本人はよくわかっていないのか表情は変わらない。
相当な覚悟を持って聖女さんはこの城まで戻ってきたのだ。この王の間に来るまでも、毅然とした表情で歩いていて、まるで魔王と戦う前みたいな雰囲気に衛兵がビビっていた。
だが実際にはこんなに簡単に認められてしまい、拍子抜けだ。聖女さんが一番驚いているかもしれない。
「本当にいいの王様?もしかしたら取り返しのつかないことに…」
「まあ、こやつなら大丈夫じゃろ」
王様は聡明なのか、馬鹿なのか。ただ楽観的すぎるだけかもしれないけど、聖女さんの力が強いのもまた事実。
俺の困惑をよそに、魔王の娘は保護されることになった。取り敢えず、早急に魔力をどうにかする道具を用意しないといけないな。手錠ではない、何かしらの抑える手段を。
……
さらに一か月ほど時間が流れたある日、頭に声が響いた。
『勇者よ。あなたは責務を果たしました。元の世界に帰しましょう』
それは清純な、高貴な、それでいて俺の想像もつかないような何かしらの声。多分女神だけど。
その声によると、俺は今日の二十四時に元の世界に帰らされるらしい。時間と場所はこの世界に飛ばされた状態。能力とかはこのまま。
俺別に現実で俺TUEEEするつもりはないんだけど。まあいいか。
取り敢えず元の世界、地球に帰る前に必要なことは済ませておけというメッセージだった。まあ特にこの世界に残しているものもないが…ひとまず王様に報告をすると、
「む、そうか。何か持ち帰ることはできないのか?」
パーティメンバーがいないので、俺は筆談で王様と会話をする。
「俺が触っているものなら一緒に戻る」
「ならこれを持っていけ。おぬしへの褒美じゃ」
そう言って渡されたのは俺の剣…いやいやいや。
「俺の世界じゃ剣はだめ」
「なんじゃ。しかしの、それを抜けるのはおぬしだけで、ぶっちゃけわしらが持ってても邪m…責任があるだけじゃから持っててくれ」
今邪魔って言ったよな。ぞんざいに扱われる勇者の剣…
一応この剣は女神の祝福がかかっているらしく、勇者である俺が以外は抜けない。もし新しい魔王が生まれたときは別に聖剣を用意するらしい。
そのため、この剣は俺専用の武具だ。だから邪魔だと言われても、それはそうなんだけど…
「それじゃよろしく」
王様は自室へと戻って行った。
えぇ…いや、置いていくのもあれだから持って帰るけど。どうしようかなぁ…
仕方なくいつものように背中に剣を背負って、俺はパーティメンバーを探す。別れを告げたいのだ。
「…」
「ん?お、統也殿。どうしたか」
最初に出会ったのは騎士さん。俺と共に前衛を務めてくれた、この国の騎士長。
「俺は今日元の世界に帰る」
「そうか…うむ、統也殿はよく頑張った。しっかりと休んでくれ」
それだけ言うと騎士さんは仕事に戻って行った。忙しい中ごめんね。
「…」
「あれー、どうしたの?」
次に会ったのは魔法使いさん。性格はあれだけど、状況判断とかはピカイチ。魔法の種類も多彩だ。
さっき使った紙を使いまわして説明する。
「そっかー、頑張ってねー」
軽い。仲間の絆はないのか。
「…」
「統也さん!いらっしゃいませ」
最後に出会ったのは聖女さん。この国で一番大きい聖堂にいるので、すぐに会えるので最後にしていた。
またしても同じ紙で説明。筆談のメリットだな。
「そうですか…また、いつかお会い出来たら嬉しいです」
少し悲しそうな顔をしたあと、笑顔で送り出してくれる聖女さん。やっぱり聖女さんがメインヒロインだよ。
まあ俺は恋愛とかに発展はしなかったけどね。
「トーヤ!」
奥の扉から出てきたのは魔王の娘。俺は便宜的にリーネと呼んでいる。名前の発音の中に、そんな音があるような気がするのだ。
リーネにも同じように紙で説明する。
「トーヤ帰っちゃうの…?」
一気に寂しそうな顔をするリーネ。涙目になっているようにも見える。
実はこの一か月で一番交流があったのはリーネだ。その間にやたらとなつかれてしまった。ついでに暇があったので、少し日本語も喋れるようになっている。
「むー…」
ほっぺたを膨らませると奥へと引っ込んでしまった。
「寂しいんです。慰めておきますから」
「ん」
……
約束の二十四時。俺は王の間に来ていた。
「勇者の帰還じゃ!祝え!」
騎士たちの整列のもと、俺は光に包まれた。騎士たちの前には騎士さんがいて…涙を流していた。
それに、窓際には魔法使いさんがいて、こちらに向かって手を振っている。聖女さんは王の近くでこちらを見ていて…なんだ、仲間の絆あったじゃん。
リーネは聖堂に留守番らしい。まあ、流石に王の間に入ることはできないみたいだ。
「では、失礼します!」
俺の日本語が通じたか分からないけれど、
「さらばじゃ!」
王様が大きな声で宣言した。その瞬間俺の体は強い光に包まれて…
「トーヤ!」
入り口が大きく開いてリーネが突っ込んできた。そして俺にタックルをしてきて…
……
足に確かな感触。目を開けると、そこには俺の部屋。俺は帰ってきたのだ。
だが、そこに感動している暇はない。
「トーヤ、行かないで、行かないで」
腰にしがみついているリーネ。
「女神様、まっずいですよ!」
俺は部屋の中で女神様の名を叫んだ。
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