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コウノトリ

煽られる人たち 2話

 発注が次々と舞い込んでくる。

 その日、武田晃司は残業せずに作業着と作業靴のまま三菱の赤いミラージュに乗って自宅アパートへ向かった。

 片道30分程かかる山道を走行中、人気のない場所に車を停めた。そして、座席に座ったまま目を閉じた。20分も経たずに、自分の本当の居場所に戻ったように感じられ、生気を取り戻す。

 晃司にとって、結婚して以来、この山中の誰もいない場所は、職場から避難する場所で、築きつつある家庭に次ぐ、自分自身の居場所だ。


 この性癖は、20代半ばに引きこもっていた頃よりずっと以前、、小学6年生の頃からだった。

 当時、大好きなFMラジオ番組「UKヒッツ」を聴きながら眼を閉じていた。

 言葉は分からないが、詩や唄声からアーティストたちの息吹、最新のストリートファッション、若者の閉塞感、冷たいロンドンの街、切ない恋や別れ、夜の街のやさぐれた酔っ払いの嘆き、ケンカ、罵声までもがラジオから聞こえてくるかのようだった。

 当時、坊主頭の田舎の中学生にとって、これほどの刺激は他にはなかった。

「目を閉じれば、居ながらにしてどこへでも行けるんだ」と強い感覚。

 人生の秘密を発見してしまったように感じていた。


 ふと、腕時計を見ると、既に30分が経過している。

「しまった!妄想してしまった!帰らないと!」

 急いでエンジンをかけ、誰もいない山中から脱出する。

 晃司は20代半ばに2年間引きこもってしまった過去の反省から、現実との折り合いをつけるため、心の動きを妄想と呼び、ただやり過ごすようにしている。

 自宅アパートの駐車場は10台収容できる広さがあり、白線は所々消えて、一部には雑草が覆っている。

 表札にはまだ新しい「武田晃司・千晴」という文字が刻まれ、クリーム色のたれパンダが描かれている。寂れたアパートにあって、新婚の表札は眩しく希望に満ちていた。

「ただいま~。」時計は19時半を回っていた。

「お帰りなさい!残業だったの?まだご飯できていないよ~。」

千晴は台所で料理本「家庭の料理」を開き、不慣れな手つきでジャガイモをざく切りにしていた。

「あー残業少し長くなって、、慌てなくていいよ。テレビ見て待っているから。」

 テレビをつけると、お笑い芸人が自ら熱湯風呂に入り「アチアチアチッ!」と言うリアクション自虐芸を披露していた。

「仕事とは言え、ここまでしないといけないのか。」と思いながら少し陰鬱な気持ちになる。

「ご飯できたよ~。」4人分まで拡張できる折り畳みダイニングテーブルには、調理に2時間かかったクリームシチューとご飯、サラダが並ぶ。

「神に感謝!頂きます!」

 温かいシチューと千晴との時間は、晃司に家庭の時間は確固たる意味があると強く思わせる。静かで温かな時間が、心に沁みる。

「少し話があるんだけど...」勿体ぶって千晴が話し始めた。

「暫く生理が来ていなくてね。」

「え、先月も確か1カ月半は来ていなかったから、まだ何とも言えないんじゃない?」

「もう前から2カ月くらいだよ。それでね、ちょっと高いけど最近ドラッグストアで売ってる妊娠検査薬をやってみたの。尿をかけるんだけど...」

「コマーシャルでやってる?ふーん、それで?」

「そしたら...陽性だった。」

「え?陽性?つまり、赤ちゃんができたってこと?」

 「できたって事、多分。でも、まだちゃんと医者に診てもらってないからね。明日、受診し、、、」

 「・・・」

 千晴が話し続けているにも関わらず、晃司は上の空で生返事を返していた。そして、矛盾した思考を何度も何度も反芻している。

 それは、、「自分の様な者に命を預けて下さる感謝」と「自分の様な者に命を預けて下さる申し訳無さ」だ。

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