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3,元王太子は人生を悔いているようです

 時間はさかのぼって、ベネディクト王太子がパミーナ妃と一日中べったりできるようになったころ――


 二人の距離はぐっと近くなり、パミーナは気軽に王太子の部屋を訪れるようになった。


 ベッドに入ろうとしたとき、トントンと扉をたたく音がして愛するパミーナが入ってきた。


「殿下、今ちょっといいかしら?」


「なんだい? 明日の朝早くケイラー侯爵領を訪問しないといけないから、もう寝ようと思っていたんだが――」


「お願い! 五分でいいの!」


 パミーナは目に涙をためて懇願した。


「君の五分はいつも一時間では……?」


「うわぁぁぁん、あなたのパミーナへの愛は冷めてしまったのね!」


 すぐ泣く上、いつも話が飛躍するパミーナ。


「ごめんパミーナ。今日は疲れていて―― 隣国の大使との会談が長引いたから」


「パミーナより隣国の大使が大事ってこと!?」


「いや、違う――」


「嘘つき! 卑怯者! キィィィ!」


 耳をつんざくような悲鳴に何ごとかと、使用人が飛び込んできた。


「どうなされました!?」


「あ、いや、大丈夫だから」


 使用人を追い返したベネディクトは結局その後、二時間パミーナの悩みを聞く羽目になった。


「あの庭師、パミーナに色目を使ってくるの。どうしましょう?」


 たったそれだけの話が、呪いのオルゴールかと思うほど延々繰り返される。


「気持ち悪いわ!」


 感覚的な単語は、にぶい王太子には響かない。


「ゾッとしちゃう」


 身震いするパミーナの横で、王太子は居眠りしないよう頑張っている。


「怖いのよぉ」


 話すのは自分の感情ばかり。彼女の頭は髪を空目指して高く結い上げるためのもので、考える役目は担っていないようだ。


「安心して、パミーナ。彼はそんなつもりで君を見ていない」


「どうしてよ!? パミーナは魅力的でしょう!?」


(あれっ? この返答は違うのか)


 王太子は混乱する。どうすれば話が終わって眠れるんだろう?


「う、うん。君は魅力的だけど、彼は女性に興味を持たないんだ」


 これは本当の話だった。つまり全てはパミーナの思い込み。


「嫌だわ! そんなの神の教えに反していますっ!」


(ええ…… また怒りだしちゃったよ……)




 意味をなさない会話が夜通し続き、王太子はたった三時間の睡眠で遠い領地へ出かけ、馬車の中で居眠りして窓に思いっきり側頭部を打ちつけた。




 食事の時間もパミーナのマナー講習をしなければいけないから、王太子はろくに食べられない。


 パミーナが寝入っている外国語や地理の授業も、横にいて付き添っていろというのが国王の命令。


 今まで通りの政務をこなしながら一切プライベートの時間がなく、眠れない、食べられない日々に、王太子はやつれていった。


 その上パミーナは起きていればよくしゃべる。しかしその内容は使用人への批判や、現状への改善点を装った文句ばかり。王太子は妃の毒吸収係になった。




 遠い領地を訪れる機会だけが、彼に残された唯一の自分の時間だった。しかし――


「パミーナは殿下と離れたくないの……」


 と、どこへでもついてくるようになった。王宮の侍女たちはもろ手を挙げて喜んでいるらしい。


 まだ王太子妃らしい振る舞いができない彼女を大切な社交の場へ連れて行くことはできないから、王太子が仕事の時間に妃は観光気分で遊び回っていた。




 一ヶ月も経つと王太子はベッドから起き上がれなくなったが、その寝室にもパミーナが見舞いに来た。


「パミーナ、殿下に元気になってもらいたくてお料理したの!」


 下手くそな手料理を持ってくる。料理など使用人の仕事だから経験がないのだ。


「食べて食べて!」


 食べ終わるまで枕元で見張られるから、こっそり下げてもらうこともできない。


「ありがたいんだけどパミーナ」


 一切ありがたくないのに、ありがたいと言う能力を王太子は身につけた。


「私は胃が弱っていて油を使った料理はきついんだ……」


 なぜかパミーナの料理は全て揚げ物だった。揚げて塩をかける――それが料理だと信じているらしい。しかも高確率で中身が生だった。


「でも殿下、元気になるためには栄養を付けなければなりませんわ。私の作ったものなら真実の愛があるから召し上がれるでしょう?」


「う、うん―― じゃあ次からはさっぱりしたもので頼むよ」


 そのリクエストを、彼は翌日後悔した。


「殿下、今日はさっぱりとしたスープを作ってきましたわ!」


 スープなら食べやすいかと思いきや――


「すっぱ!!」


 調味料はビネガーオンリーだった。そしてまたもや具は生。


「真実の愛で治しましょう!!」


 パミーナだけが元気だった。




 ◆




 真実の愛を見つけてから一年経ったころ――


 元王太子は王都から遠く離れた別荘で、いつ終わるとも知れない療養生活を送っていた。


(こんなはずじゃなかった――)


 窓から見えるのどかな風景に反して彼の表情は暗い。


(どこで間違ったんだろう?)


 湖面を流れる雲と、遠くに見えるなだらかな稜線を見つめながら、ベネディクトは思い出す。


<真実の愛を見つけたんだ。レオノーラ嬢との婚約は白紙に戻そうと思う。そしてパミーナ嬢を妃とする!>


 友人に打ち明けたときも、弟たちに相談したときも、身近な侍従でさえ皆反対したことを。周りの者の忠告に、一切耳を傾けなかった一年前の自分を。


 不幸にもベネディクトの頭には「現状把握」「自省」「思考」という機能が備わっていたのだ! それらを産道に落っことして生まれてきた無敵のパミーナと違って。


「殿下ぁ、調子はいかがですか?」


 寝室にパミーナが入ってきて、ベネディクトの血圧はストレスで一気に跳ね上がった。


「殿下、ここの生活は退屈ですわね。早く元気になって王都に帰りましょうね。パミーナは来週また三日間王都に滞在できることになりましたの。必要なものがありましたら言って下さいまし。侍女に買わせますわ。国王陛下や王妃殿下への言付けはありません? それとも殿下から王太子の位を奪った憎きアルヴィン様へとか―― そうそう、昨日もお話ししましたけど本当にひどいと思いません? アルヴィン様とご結婚されたレオノーラ様のことですよ。このあいだ王宮で会ったらパミーナを一目見た途端、『あなたには田舎の暮らしがお辛いでしょう』ですって! 何よあの見下した目! パミーナのことを馬鹿にしてるのよ。自分は王都で王太子妃に収まってるからって! でもその地位、パミーナから奪ったものよね!? だけど心の広いパミーナは、かわいそうな方には何も言わないで差し上げたの」


 いつ終わるとも知れない妻のおしゃべり――もとい悪口を、ベネディクトは聞き続ける羽目になった。ちなみにレオノーラがたった一言かけた言葉「あなたには田舎の暮らしがお辛いでしょう」に図星を突かれてよほど腹に据えかねたのだろう。ベネディクトはすでに十回以上、同じ話を聞かされていた。


 「昨日も聞いたよ」なんて言葉が役に立たないことを、すでにベネディクトは学習している。「何度も繰り返してごめんなさいね。でもパミーナは思うんですけどレオノーラ様は――」とまた終わることないループに陥るだけ。




 さすがに喋り通して空腹に襲われたパミーナは、ベネディクトの部屋を退出した。


 パミーナが、王位継承順位からはずれた王子を捨てる計算高い女だったなら、ベネディクトはまだ救われたのだが、彼女はすっかり悲劇のヒロイン気分になって酔いしれていた。


「ああ、なんと憐れなパミーナ!」


 一人になってもおしゃべりは止まらない。


「毎日を弱った夫の世話に費やす人生!」


 ベネディクトの世話はパミーナが勝手にやっていること。王都からは当然、医者やメイドが派遣されている。もちろんコックも洗濯婦もいる。パミーナに彼らを取りまとめる能力がないことも判明しているから、ちゃんと執事もいる。


「ああ、かわいそうなパミーナ! 王都を歩けば薄汚い庶民から石を投げられ、王宮では王族方の苦笑と使用人たちの冷笑を浴び、若く美しい時間をこんな田舎に閉じ込められて、華やかな舞踏会に出ることもできず、新しいドレスを新調することもなく、宝石さえも見せる相手は病気の夫か使用人だけという日々に耐え忍んでいるの!」


 パミーナは自分の不幸さえ蜜の味という珍しい性癖の持ち主だった。


「おぉ、パミーナったらなんて献身的なのでしょう! 人のために生きることが喜びなのよっ! こんなふうに尽くすだけの人生、きっとパミーナにしかできないでしょうね!! でもそれもこれも全て愛のためなのっ!!」


 嗚呼(ああ)、素晴らしき(かな)、真実の愛!!

最後までお読みいただきありがとうございます。

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『吟遊詩人にでもなれよと言われて追放された俺、実は歌声でモンスターを魅了して弱体化していたらしい。先祖返りによって伝説の竜王の力をそのまま受け継いでいたので、聖女になりたくない公爵令嬢と幸せになります』

精霊王の末裔
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― 新着の感想 ―
[一言] 何の悪気もなく同じ話を繰り返す人いますね。痴呆を疑うほど繰り返すので理由を聞いたら「わかってないかと思って」とのことでした。1回聞けばわかる程度の話なんですけどね…。 一回面白いと思ったら擦…
[一言] 唯々諾々と最初から話を聞いとけば一時間で済むし。 君の悩みを解決してあげると色気で有無を言わさずたらしこんどけばそれはそれで済むが。 どちらもできない中途半端さが仇になったな。 いっそパミ…
[一言] パミーナはサイコパス?
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