2,王太子は王位継承権を失うようです
王太子に婚約破棄されたレオノーラ嬢は、父親であるドゥランテ侯爵とともに王宮に上がり、謁見の間でなんと国王陛下に頭を下げられた。
「息子が馬鹿で本当に申し訳ない――」
「陛下、滅相もないことでございます!」
「わたくしどもにそんなっ、陛下、いけませんわ!」
父娘は慌てる素振りを見せたものの、ベネディクト王太子が馬鹿であることは否定しなかった。
(だからこそ、私がしっかり支えて差し上げなくては、と思っていたのだけど)
レオノーラにはその場ですぐに、次の婚約話が持ちかけられた。
相手はベネディクト王太子の弟アルヴィン――王位継承順位第二位であり、ファルナーゼ公爵の地位にある方だ。三年前に王弟殿下であった前ファルナーゼ公が病気で亡くなり、まだ若いアルヴィン第二王子がそのあとを継いでファルナーゼ公となったのだ。美しい海に面した広大なファルナーゼ公国は、マリナーリア王国の南の要所でもある。
レオノーラ嬢とドゥランテ侯爵はこの婚約を快諾した。
「ファルナーゼ公国には貿易のための港があって、ここで荷揚げされる品が王国内流通量の八割を占めるのですって。つまり王国経済の要ということ」
ファルナーゼ公国へ向かう馬車の中で、レオノーラは王妃教育で学んだことを侍女相手に講義していた。
「一方で海の向こうにはグランディア帝国があるでしょう、だから同時に軍備の要でもあるの」
「王都の次に重要な土地なのですね」
「そうよ。理解が早いわね」
パミーナの教育係がこの会話を聞いていたら、この侍女の半分ほどの理解力でもパミーナに備わっていたら、と願ったことだろう。
「レオノーラ嬢、ようこそファルナーゼ公国へいらっしゃいました」
海の見える丘の上に立つ宮殿で、ファルナーゼ公となったアルヴィン第二王子が出迎えてくれた。つややかな黒髪に優しげなグレーの瞳を持つ彼は、知的な雰囲気の青年に成長していた。
「このたびは兄がこの上ない無礼を働き、言葉もございません」
国王に続き第二王子にまで頭を下げられて、レオノーラはまた慌てた。
(アルヴィン様はベネディクト殿下よりお若いのに、ずっとしっかりしていらっしゃるわ)
「レオノーラ嬢の噂はファルナーゼ公国にも及んでおります。優秀なあなたを我が妃に迎えられること、大変嬉しく思います」
社交辞令かと思いきや、アルヴィンは本当にきらきらとした笑顔を浮かべていた。南の領地特有の明るい陽射しとあいまって、レオノーラの心は華やいだ。
ベネディクト王太子とは決して叶わなかった知的な会話にも花が咲いて、レオノーラはファルナーゼ公国で充実した日々を過ごしていた。アルヴィンの公国経営を手伝いつつ、夜は公国の地理について詳しく学んだ。
そんなある日、レオノーラは法衣貴族として王宮に勤める兄から手紙を受け取った。そこには、
<王都民に鬱憤がたまり、暴動を起こしそうで不安です>
と書かれていて、レオノーラは目を疑った。詳しく読むと、
<王太子妃となったパミーナ様が、王宮に宝石職人を頻繁に呼んでいることが騒ぎの発端です。レース編み職人や絹織物ギルドの羽振りが急に良くなって王都民も怪しみ、「新しい王太子妃は男爵家上がりで品がなく、贅沢三昧している」という噂が城下を駆け巡るようになった>
と説明されていた。
(あんなに明るくて活気のある街だったのに……)
さらに数日後――
「レオノーラ、もしかしたら僕は近いうち王宮に呼び戻されるかもしれない」
アルヴィンが打ち明けた。
「父上から極秘の手紙が届いたんだ。君以外には他言無用と書かれていた―― 兄が倒れたらしい」
「ベネディクト殿下が!?」
「宮廷医師が診察しても悪いところが見つからず、頭――じゃなかった……心の病ではないかと言われているそうだ」
「まあ――」
レオノーラは開きかけた口を手でふさいだ。
「あんな単純な方が心の病だなんて……」
「分からないよ。ただ原因不明ってことさ」
結局翌月から月に数回、アルヴィン第二王子は公国と王都を行き来して外交などの政務をこなすようになった。
長い馬車旅から帰ってくると、彼の若々しい横顔にも少し疲れが見えた。
「兄は午後遅くになるとベッドから起き上がってパミーナ様と一緒に庭園を散歩したり、読書したりはできるんだけど、とても王太子としての仕事を務められる健康状態ではないんだ」
カウチに横たわったアルヴィンは、その黒髪を優しく撫でる妻レオノーラに報告した。暖炉で燃える赤い炎が、二人を暖かく照らしていた。
半年経つと、ついにアルヴィン第二王子とレオノーラは王宮に移り住むこととなった。
数ヶ月前から第三王子がファルナーゼ公国に住み込み、領地経営を引き継いでいたようだ。
(アルヴィン殿下を王宮に呼び戻したということは、ベネディクト殿下の回復は見込めないのでしょうね)
果たしてレオノーラの予想は当たった。
一年が経つ頃には、ベネディクト殿下は長期療養のため高原にある王家の別荘へ移った。
ほどなくしてアルヴィン殿下の王太子即位式が行われ、第三王子は正式にファルナーゼ公爵位を賜った。
(真実の愛を見つけたはずのベネディクト殿下の身に、何が起こったのかしら?)
王太子妃となったレオノーラは、隣国の大使との晩餐会に着て行くドレスを見つくろったり、侍女たちに夜会の準備を指示したりと忙しい日々の中で、ふと疑問に思うのだった。
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