放牧先で
青く澄んだ大きな空。地平線が見える程にどこまでも続いていく広い草原。
うーん、でっかいどう!
そう、俺は今、北海道に居ます! 何故かって? 3連勝のご褒美なのかどうかはわからないが、放牧に出されたのだ。・・・3週間ぐらいの短期だけどね。
でも、馬生で初めての放牧なので、ちょいとテンション上がってます。
いやー、噂には聞いてたけど、やっぱ広い牧場はいいわー。なんかこう、戦いに疲れた戦士の心を癒してくれる感じ?
思えば、最近は散々だったから、、、放馬されるわ、斜行されるわ、お腹下すわで望んでもないのに3連勝。もはや定番になってきた宴でも、皆はしゃぎまくりで大騒ぎ。
小坊主は相変わらずゲロまき散らすわ、調教師はち●こ丸出しで寝ちゃうわ、普段は大人しい鈴木厩務員その一さんも悪酔いしたのか叫びまくるわ・・・
俺も一人になりたいのにグラスとジンロ姐さんに絡まれて、ベロンベロンになるまで飲まされるわだし。んで、次の日放牧に送り出されるのに、皆寝込んでて見送りは厩舎にいる犬一匹だけ・・・ なんなんでしょう! 一体 (泣)!
思い出したら泣きそうになってきたので、考えないようにと体をん~~~~っと伸ばしてみる。すると、草原特有の涼しく、草の香りが混じった風が体に当たってとても気持ちがいい。
こういう環境に居ると、何かこう、本来生き物はこう生きるべきだよね、という気分になってくる。そんな気持ちに誘われるがまま、暫くの間広い草原を気の向くままに駆け回っていた。
陽が傾き始めた頃、さすがに疲れたのと喉が渇いたので水飲み場に向かった。牧場の端の方に設けられた水飲み場には何頭かが既に居て、俺はごめんなさいね、と言いつつ間に入り込み水を飲む。
大自然で飲む水はひときわうめーわーと悦に入っていると、横で同じように水を飲んでいる馬がいた。その馬をふと見た瞬間、俺の体中に衝撃が走った。
その馬は年は俺と同じ位だろうか、一見すらっとしているが筋肉が均整良く付き、早く走りそうでいて(つまり、スタイルがいい)、目はくりっと大きく、かつ勝気そうな目つきをして勝負根性がありそうな(つまり顔立ちも整っている)牝馬だった。
暫くぼーっと見惚れていると、その牝馬は自分の視線に気付いたのか、話しかけてきた。
「なに?あたいの顔に何か付いてる?」
おおっと、見た目そのまんまのワイルドな言葉遣い!俺は思わず興奮、いやいや謝ってしまう。
「あ、ごめん。何か付いてる訳じゃないんだけど・・・」としどろもどろになってる俺を、今度はその牝馬がじっと見つめてきた。
「あ、あの・・何か?」と内心ドギマギしながらたじろぐ俺。
「んーー、芦毛だし・・・もしかしてあんた、タマクロスって言う?」
えーー、もしかして俺って有名人?ちょっとテンションが上がった俺は、コクコクと首を縦に振る。
「あーー、やっぱそうなんだ!あの、放馬と斜行で連勝した!」
・・・神様とは残酷である。俺を持ち上げておいて、すぐにどん底に突き落としてくれる。上に持ち上げられた分だけ余計ダメージが深い。
どうやら自分の不名誉?な記録はここ北海道までも伝わっているらしい。
「あ、気にしてた?だったら謝るよ、ごめんね。まぁでも、実力ないと連勝出来ないもんね。そうそう、あたいはアレグリアって言うの。よろしくね。」
自分の落ち込んだ表情を気にしてか、彼女は謝りながら自己紹介をしてくれた。
やはり神様は良いやつであると、俺は思い直した。
だって、こんな美馬と知り合って、しかも向こうから名前を教えてくれるなんて! 神様に感謝し、この放牧を満喫しようと思うのであった。
その出会いからというものの、俺はアレグリアとちょくちょく話す機会があり、色々な話をし、一緒に行動したりもした。どうやら彼女は中堅クラスの厩舎の所属であり、早い段階から勝ち上がってクラシックレースにも出場した事があったらしい。
すごい、クラシックだってよ! 言っとくけど、音楽のことじゃないよ?3歳の時しか出られない選ばれしエリート達が集う最高峰のレースだよ!
う~む、全く縁のなかった俺としては格差を感じるな~~。更に彼女が所属する厩舎はなかなか先鋭的な事をやるらしく、海外から取り入れた日本にはまだ無い最新の調教をやったり、変てこな機材で体のあちこちを測定したりと科学的なアプローチをするらしい。
話を聞けば聞くほど格差を感じてしまうのだが、他には無い調教という点ではうちの鈴木厩舎も負けてはいない。ブリンカーといって馬の視野を狭めて集中力を上げる馬具があるのだが、うちの場合はじゃあ更に狭めればいいじゃん的な発想で、穴が開いてないマスクを被せた名付けて
『全面ブリンカー!!』・・・もちろん前が全く見えず、あちこちにぶつかって危険な為ボツ(被害者:グラスワインダー)になった。
もう一つ、プール調教をヒントにした、もっとリラックスさせればいいじゃん的な発想で考え出された『温泉調教!当然お酒付き』。これもただの飲んだくれになってしまい、暫くは悪酔いが続いたためボツ(被害者もしくは受益者?:ジンロ姐さん)。
そんな話を面白可笑しく言うと、彼女はツボにハマったらしく笑い転げてくれる。
「あっははは、おっかしい~~。タマクロスの厩舎って面白いのね~~。」
彼女、笑う時は少しだけ首を傾ける癖があるらしく、その様子がめちゃくちゃ可愛い。。
「うちの厩舎は『データ主義?』とかいうやつで、どうしたら効率よく走れるのかとか、どういう馬場や距離に適しているのか、とかひたすらデータ取りしてるのよね。そりゃ、結果はそれなりに出てるとは思うんだけどさ、なんか堅っ苦しいんだよね。」
それはそれで凄いと思うのだが。少なくともウチのポンコツ厩舎よりは。
「あーあ、もっと自由に走りたいなぁ・・・」
そう言って遠くを見る彼女は何だか寂しげで、俺はその様子が少しだけ気になった。
「ねぇ、向こうに見えるあの大きな木まで競争しない?あたいさ、単に走ることは割と好きなんだよ。」
と、デート(?)みたいなのを誘ってくる。当然、俺は抗うはずなどない。
「いいよ。俺もただ走るってのは好きだし。」
と、二人並んでよーいどんをする。初めは並んで走っていたが、途中から彼女はこっちを見た後に、にやっといたずらっぽく笑ってペースを上げていく。
俺も慌ててペースを上げていくが、彼女はなかなか速く後ろからついていく形となった。
偶然にも彼女の走る姿を後ろから見る体勢となったのだが、アレグリアの走りはそのすらりとした姿にふさわしく、素軽いフットワークでとても美しい。
なるほど、これがクラシック・クオリティーというものか、と納得する一方、きゅっとしまったお尻も見れてなんだか得した気分になる。
あぁ・・・このまま時が止まってしまえばいいのに。
ゴールの木まではなかなかの距離があり、先に着いた彼女は振り向くと俺がすぐ後ろにいるのを見て驚いた顔をしていた。
「結構やるじゃない、タマクロス。あたい割と本気で走ったんだけど・・・差がついてないどころか、あんたあまり息も上がってないじゃない。」
ぜぇぜぇ言いながらアレグリアは感心したような悔しいような様子で話す。
一方の俺は、ついあなたの後ろ姿に見惚れてて、疲れることすら忘れていました、なんて恥ずかしいセリフは当然言わない。
「そう?もしかして、この放牧で強くなったのかも?」
「そんな短期間で強くなる訳ないじゃない!」
惚ける俺に対して鋭いツッコミをする彼女。暫く間を置いた後、俺とアレグリアは見つめ合って笑うのでした。




