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ある聖職者の話

作者: 中尾リョウ

窓から差し込む月の光が、白く鋭い刃のように差し込む。その耀きを反射する髪は、自ら発光するが如く淡く揺らめき、しかし微動だにしない。

深く下げられた頭がようやく上がったのを、細めた目で確認した。


立ち去る後ろ姿は迷いなく、だがどこか頼りなく。後ろ手で閉めた教会堂の扉の音が消え、耳鳴りのような静寂が世界を包んだ。



見上げた先、石造りの神像――厳密に言えば象徴であり神ではない――は、当然何も語りはしない。いつだって、そこに在るだけだ。なぜなら神は世界に満ちていて、どこにでも存在するのだから。

視線を下げる。先ほどの青年が置いていった祭服は、汚れ一つなくきっちりと畳まれている。助祭に任じられた時に渡される記章は、傷どころか曇りすらなく静かに光を湛えている。



若さとは、なんと愚かで眩しいものよ。

儚く、そしてなんと力強く歩むことか。


あの歳で助祭になるなど、たゆまぬ努力だけでは足らぬ。才能に溢れた少年だったのだろう。孤児院出身で神父に目をかけられるとは、よほど信仰心が強かったか、それとも何かあったか。何にせよ、将来を嘱望されていたろうに。

だが、彼は去った。


休暇を願い出ただけだ。しかし戻ることは無い。祭服と記章を置いていかせたのだ、その意味がわからぬほどあの青年は愚かではない。私がこの地に赴任してきた理由も、薄々気が付いていたはずだ。


最初から酷かった目の隈はさらに青黒くなり、顔色はより白くなった。ぼんやりと遠くを眺めることも増えた。夜中起き出して、祭壇の前で祈りの姿勢を保ちつつ、時折すがるような声を発していたのも知っている。

数日前より、目が変わった。決意の色を宿した。一つの区切りをつけられたのだろう。


そしてそれは、私の任務遂行を意味する。

だが。



始末など、させぬ。

破門などもってのほか。彼自身に、棄教も改宗もさせぬ。

それだけが私に出来ること。万年助祭の、野心も欲望も薄い昼行灯として扱われてきた私だからこそ出来る。


夜が明ける前に、この祭服を血で染めて森に捨てなければならない。記章は傷をつけて、離れたところに適当に放り投げておけばよい。盗賊も凶悪な獣も、よく出没するのだから。

上の連中が気にしているのは、英雄と恋仲の女性が逃げないこと。この地に留めておけさえすれば、他の些末事などどうでもよいのだ、彼らは。




神よ。


かの英雄を見いだしてしまったあの青年に、ご加護を。


神よ。


救いを求める彼を、どうかお守りください。

彼が捨てたのは教会であって、信仰心ではないのです。


神よ。


折れそうな心を必死に支えて、己の出来ることを懸命に尽くそうとしているのです。

彼が救いたいのは、あまねく人々なのです。力無き民なのです。己を捨てて尽くす彼は、神に仕える一つの鑑といえましょう。


神よ。


助祭だった彼は死にました。

出奔ではありませぬ。修行の旅です。

どうか祝福してくださいませぬか。



神よ。



ある~話 とリンクしています。

時系列はバラバラです。

宗教はこの世界オリジナルです、細かい点は気にしないで下さいお願いします。

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