勇者と醤油ラーメン 店主の独り言
あの少年。満足そうに帰っていったな。
店の主人である店主はそう思いながら、小さく笑みをこぼした。
彼のラーメン店、『道』は都内でも有数のラーメン店である。
普段から行列が並び、店主は数多くの店員やアルバイトをフル回転させながら、それらを捌いていく。
ラーメンにこだわり、取材なども一切断る頑固一徹な性格。材料から、その作り方まで妥協を許さない姿勢。だからこそ、彼の店はこれだけの客が訪れる名店となったのかもしれない。
そんな彼には一つ秘密があった。
店が休みの日……それも気まぐれに、特に場所を選ばず、屋台を出し、自分が作りたい!と思ったラーメンを客に提供していたのだ。
駅前、ガード下、住宅街など、特にきまりはなく思いついたところでラーメンを作る……
いつもは店の看板メニューであった、濃厚豚骨醤油ラーメンのみを作る店主にとって、時にはオーソドックスな醤油、時には味噌、そしてタンメンや坦々麺と言った変わり種まで出せる屋台はいつしか彼の楽しみになっていた。
そんな屋台を出す様になった店主だったが……屋台を出してから数ヶ月後に、異変に気づく。
屋台を出すと……飛ばされるのである。
そう………
異世界に。
◆
「さっきの坊主はいい食いっぷりだったな」
そう独り呟き、俺は笑みをこぼす。
アレは多分イレギュラーでここに辿り着いた者だろう……と彼の様子から考えていた。
「かなり疲れていた様だし……もっとコッテリしたやつの方が良かったかもしれないなぁ……」
俺はそう呟くと、そっとメニュー表を眺める。
醤油、味噌、塩に豚骨……つけ麺、坦々麺、となんでもござれだ。だってこれは俺が趣味でやってるラーメン屋なんだから。
現代社会では差別化を図るために「ラーメン専門店』は「◯◯ラーメン』という形で、何かに特化する事が多い。
なんでもありにすると、それは中華料理屋だ。
ま、俺の場合麺料理以外を出すつもりもないから、やはりラーメン屋なのかもしれないが。
「しっかし、あの坊主……あんなに若いのに命かけて戦わないといけないなんて……酷い世界だよなぁ……」
こっちの世界じゃ、まだ学生の年齢だ。学業に打ち込み、部活に青春をかけ、友人と楽しく過ごし、初恋をする様な、人生でも輝かしい年のはず。
そう考えると日本という国が本当に素晴らしい国であるという事を自覚する。
俺が定期的に飛ばされているこの世界は……所謂剣と魔法の世界らしい。
この屋台の最初の常連である爺さんから色々と話は聞いたが……聞けば聞くほどかなり無茶苦茶な世界だ。
どうもいるのは人間だけではないらしい。
エルフにドワーフ、魔族に獣人……もう所謂ファンタジーの世界に飛ばされたみたいなのだ。
「そういや、あの爺さんも自分の事を大賢者……とか言ってたか。いや、こっちの世界なら完全に痛いやつなんだけどね」
そう独り言を呟くと俺はまたクスリと笑った。
何気なく始めた屋台だが……まさかこんな事が起きるとは。
最初は戸惑ったが、少し考え方を変えた。
本や漫画の世界に自分が飛び込めるんだ。こんなに面白い事はない。
視線を向ければ、ちゃった先の木の影からこちらを伺っているものがいる。
えーと……たしか……ゴブリン?
匂いにつられてやってきたのだろう。ずっとこちらを伺っている。そしてあわよくば、襲いかかろうとしてるに違いない。
とはいえ、この屋台。不思議と安全な空間らしい。これも常連の爺さんが言ってたが、なんか妙な力に守られているらしく、俺やこの屋台自体を害そうとする事はできないそうだ。
気がつくといつのまにかゴブリンは群れをなして周りを囲んでいた。手には棍棒やらナイフやら……うーん、こっちの世界ならお前ら銃刀法違反だぜ?
もし、現代社会で周りをヤンキー達に囲まれていたら流石に焦るよな。だが、爺さんのいう通り、この屋台にいる限り俺は安全なんだ。例えゴブリンに囲まれようと何も恐怖を覚えない。
(先週は……あの馬鹿でかいトカゲ……ドラゴンに狙われても大丈夫だったしなぁ)
そう思った瞬間。
「キシャアアア!!」
ゴブリンが一斉に飛びかかってくる。だが。
「ギャァアアア」
ゴブリンが悲鳴をあげると、まるで電気が走ったように痺れだし、そして灰になっていった。
うん、流石にこういう連中が灰になっても、動じなくなったな。
1ヶ月前に襲いかかってきた山賊の連中……流石に言葉を話す人間が灰になった時は、思わず吐いてしまったが……
「もうあんなのは懲り懲りだな」
灰になっていくゴブリンの群れを見ながら、俺はそう思う。
そして、また何事もなかった様に準備を始めるのだ。
そろそろ昼時だ。
あの大賢者とか言ってる爺さんや、どっかの国の王様……らしい?のと、海賊みたいなカッコしてる兄ちゃんが時間ぴったりにやってくるはずだ。あ、あいつらビールもいつも飲むもんな。準備しないと。缶ビールだけど。あいつら酒飲みだから本当は『生』を出してやりたいなぁ……
そんなことをのんびり考えながら、手を動かす。
(あの兄ちゃんも常連になるのかな?)
あいつ、必ず!絶対!!すぐにでもまた来ます!!なんて言ってたからな。若いから、次来る時はこってりしたやつでも勧めてやるか。
新たな常連候補を想像しながら俺はクスリと笑いいだす。
(あいつ、恋人の一人でも連れてこないかな?そうしたらサービスしてやるのに)
そんな俗なことを考えていると、既に全てのゴブリンがいなくなり静かになったこの屋台に
「おぅ、兄ちゃんきたぞ!!」
「こりゃ、わしが一番じゃ!!」
「……相変わらずじゃな、其方達……」
騒がしい常連達がやってくるのであった。
「へい、らっしゃい!!」
なんとなく。完全に趣味で書いてます。
ブクマが3桁いったら続きを書きます〜。