2、人の話は最後まで聞け
面接に合格した……! その事実だけが俺の中で暴れまわる。最高だ、これで自由なんだ!
「じゃ、話そうかぁ。俺たちについてよぉ……」
社長が口を開く。どうやら今日は選考会だけじゃなく、説明会も兼ねているらしい。一石二鳥でありがたい。
「こっからの話を聞いたら戻れないぜ? お前さん」
「はい! 全然大丈夫ですよ!」
俺は後にこの空返事を後悔することになる。この時は、これから先の自由しか見えてなかったけどな。日高と呼ばれていたおっぱいは、「適当なやつ……」と言っている。
「じゃ、話すぜ。ま、平たく言うと俺らの仕事はこいつらを消すことだ」
ぴらっと社長は写真3枚を俺によこす。そこには人の形をした影?のようなモノが写っていた。ロープレの敵キャラでいそうな感じだろうか。目は赤く光っているが、それ以外は真っ黒だ。他の2枚も同じ奴らが映っている。なんというか、気味が悪い……本能的にそう思わせる。
「まぁ、影だとかドッペルゲンガー、いろいろ呼び名があるが俺らは影で統一してる」
「え……?」
「影が現れたのは、約50年前だ。こいつは一番雑魚だが……数が多いのが厄介だ」
「は?」
「さらにこいつらが―――」
「待て待て待てぇ!!!」
たまらずため口で叫ぶ。影? 50年前? 何のことだ!! 介護の話をしろよ!!!!
「ッチ……なんだよ。人の話は最後まで聞くもんだぜ」
「いやいや、いきなり影だとかゲームの話されても追いつかないですよ! お宅は介護施設だろ! 介護の話をしてくれ!」
もしかしてあれかな? もう内定出たし、遊びの誘いかな……? 社長ったら体に合わずにゲームなんてするんですね。意外だな~!
「ファミコンの話なんてしてねぇぞ。俺らの敵だよ、敵」
「古いよ! 今時ゲームのことファミコンなんて言わない! ねぇ!」
俺はたまらず横にいる日高さんに助けを乞う。まずいですよ! おたくの社長のテンションについていけないよ! が、日高さんからの口からは俺の予想を超える答えが。
「悪いけど、本当の話よ。あなたはうちの社長にハメられたのよ。私たちは"界護士"。この異形、影を倒す者。あなたが目指していた"介護士"とは違うの。選考会の日時と場所はしっかりと確認することね」
「そういうことだ。歓迎するぜ?」
俺は脳がフリーズしていた。よくわからない。あれ? イベントダンジョンは何日までだっけなぁ……
「壊れないないで」
「い゛ッ!!」
日高さんは容赦なく俺に平手打ちを食わらせる。パアーン!と乾いた音が部屋に響く。そこでハッと正気に戻る。戻りたくなかったけど! だが甘かったなおっぱいよ! その瞬間、罠カードを脳内で発動させる! これが、逆転の切り札だ!
「しゃ、社長! パワハラ! 今の見ましたよね! パワハラですよ! パワハラ防止法違反だ!」
パワハラを武器に辞めてやる! 何が影だふざけるなよ! が、社長は、
「悪いなぁ、空見てた」
「はあああああ!! 味方がいないよぅうううう!!」
周りを囲まれて空なんか見えない部屋なのに社長はシラを切る。崩れる俺に日高さんは言う。
「パワハラ防止法は2020年6月から施行されるわ。今はセーフよ」
「どうでもいいよ!」
「―――うだうだ言うんじゃあねぇよ、言ったろ? お前さんは逃げられないぜ、狭山翔」
「ッ!!」
ツーっと嫌な汗が背中を流れ身体が動かなくなる。社長から凄まじい圧迫感を感じた。漫画とかである"殺気"とか、"オーラ"とかいうものだろうか。今までの俺ならそんなものは好きだけど作り話と言えたが、今はそんなものは無いとは言えない。こんな写真見た後に話を聞いて、凄まれたんだぜ?
「じじいは気が短いんだよ。さて、続けるぜ? どこまで話したか。そういや名乗ってなかったなぁ……宮代 武だ。そんで、俺ら界護士は国から認可された武装集団だ。まぁ、中にはフリーでやる奴もいるがな。」
「私は、日高 麻衣よ」
「ど、どうも」
俺はようやく硬直から回復し、会釈。そして疑問を投げかける。この時にはもう嘘話とは思えなかった。
「国から認められたって? けど、そんな職業聞いたことないですよ?」
「そらそうだ。こんな化けもんがその辺にいるなんて知れたらよぉ、誰も表歩けねぇだろ?」
トントンと写真を指で叩き、そんくらいわかるだろ! と社長は笑う。
「だから、国家秘密なのさ。そんでこれを知ったからにはお前さんは逃げられねぇよ。俺らに加わるほかねぇ。あとは、そうさなぁ……星にでもなるかぁ?」
「くっそ……騙したな!」
俺は叫ぶ。騙された! 訳わかんねぇよ! なんだよ"界護士"って。そんな冗談みたいな奇跡あるのかよ! たまたま介護施設の面接を受けに来たら、界護士って、化け物と戦えって?
「騙したんじゃねぇよ? 手頃な馬鹿が釣れただけの話さ。俺たちも人が足りなくてなぁ……いいじゃねぇか? どうせ、おまえさんみたいなやつは、やりたいこともないんだろ? 目で分かるぜ? どうせこの会社だって人に言われて受けたクチ、だろ? どっかに入りたいって熱意は認めるが、な」
ぴらぴらと履歴書を揺らす社長。この人、眼帯の下には眼がないのだろう。が見透かされている。その下には代わりに何が入っているのだろうか……? そして、常に人が足りないのはあの化け物に―――
「歓迎するぜ。一緒に国を、世界を守ろうじゃねぇか。言っておくが夜逃げはススメ無いぜ? 死に場所くらい、選びてぇだろ?」
俺はあの時空返事したことを人生で一番後悔したし、その日の帰り頭のメモ帳に「人の話は最後まで聞く」と当たり前のことを大きく書き込んだ。
こうして俺の就職活動は、俺の平和な人生を犠牲にして終わりを告げたのだった………
ストックはここまで。残りは少しづつ書きます。