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めざめよお色気の力

 運命の赤い糸が繋がった娘。

 ギルドに彼女が姿を現した瞬間、誰も彼も言葉を失い、その姿に注目した。


 そして迷子になった子供が親を探すような不安げな目でギルドの中を見回し、その目がユキを捕らえる。

 心の底からの安堵と喜びを瞳に讃えて、いう。


「いた、にぃさま……ぼくのにぃさま」


 蚊の啼くような小さな囁きは誰にも聞こえず風に消えた。


「…………ええ?」


 はてなんだろうこの娘。地上に舞い降りたお色気の女神か何かだろうか。


 赤い糸が消えていく。

 彼女はゆっくりとこちらに歩み寄る。


 そうされれば、もう目が離せない。

 ぬけるように白い肌。緩く波打つ髪の色は夜の海を思わせる深い青色。

 着ている衣服は活動的なパンツスーツ。動き易さを重視している。

 背はけっこう高い。男性として平均的な背丈のユキより少し上だ。

 にっこりと微笑む顔立ちは穏やかだが、大人の色香と童女のあどけなさが奇跡的に同居していて、表情の魅力から目を離せない。

 髪から伸びる山羊のような角、黒くてしなやかに動く尾は、魔族……吸精鬼エナジーヴァンパイアと呼ばれる種族のものだ。

 視線をそのまま下へと向ければブラウスに包まれた――ご立派な乳房にぶつかった。

 肩から小ぶりのメロンでもぶら下げているような豊満な乳房。はっきりとその柔らかさを想像させる大きさのまま衣服に窮屈そうに押し込まれている。

 

 はてなんだろうこの娘。地上に舞い降りたお色気の女神か何かだろうか。


 二回同じことを考えてしまうほどに激烈に美しい。

 彼女は口を半端に開き、声をどう発するべきなのか忘れてしまったかようにしばし静止して……ようやく動き出す。

 形よい唇は笑みの形に、声はからかうような響き。しっぽは先端を垂れさせながらまっすぐ上を向いていた。そのしっぽの動きは相手に対する興味と『仲良くしようよ』のしぐさ。


「やぁ、君があの方のお孫さん?」

「きみは……君か、俺の誕生日プレゼントの……」


 手紙の中にあった、『赤い糸』の繋がった麗人はユキににっこりと微笑み。彼女こそ、待ち人であると確信したユキは思わず椅子から立ち上がり。


「な、なな、なんなんだおめぇ!」


 突然の麗人の登場に、驚愕するトラクスのだみ声が響いた。

 じろり、と不機嫌そうな目をする麗人は、刺々しい声を発する。


「だれだい? これは」

「さっき他人になった元知人だ」

「おおぉい?!」

「余計なギャラリーが多すぎる、場所を変えられるか?」

「もちろん、構わないとも」

「挨拶しとくよ。ユキ、だ。よろしく」

「ぼくはプリメラだ、覚えてくれたまえ」


 いっそ見事なまでにトラクスを無視し、お互い名乗りながら握手を交わして席を立つ。場所を変えるために二人はギルドを出た。

 後に残るのは、見たものの魂を抜くような凄まじい麗しさに対する感動で、呆けた男達だった。


「お、おい……おい! なんなんだありゃ!」


 トラクスは歯軋りして怒りを漲らせながら叫ぶ。

 やろうとしたことが全て上手くいかない。仲間として頼るに値しないユキを放逐し、泣いて謝る奴を今後は奴隷の如くこき使うつもりだった。

 だがユキはあっさりとパーティーの脱退を認め、歯牙にもかけぬ様子で自分達を無視した。

 気に食わない。トラクスは仲間に目ばぐせする。彼らは口元に下卑た笑みを浮かべて頷いた。


 トラクスは、ユキが気に入らない。

 彼の取り澄ました顔を怒りと憎悪にゆがめれるなら、どんな犯罪であろうとも平気で実行するつもりだった。

 あいつの目の前であの女を辱める。どんな顔をするのか、今から楽しみだった。



 ギルドを出た二人はそのまま道を進む。

 周囲からは視線を浴びるが、彼女のほうは気にした様子がない。お尻の辺りから伸びるしっぽのうねる様子を目で追いながら尋ねてみる。


「改めて名乗ろう。ユキ=ゴトーだ……きみが俺の待ち人か?」

「ああ、そうだとも。ぼくが勇者ゴトー様より言伝を預かったものだ。よろしく頼むよ、ユキにぃさま。ふふ」

「さっきから、そのにぃさま呼びはなんなんだ?」


 そうだね、と彼女は微笑み、指先より発する光で空中に文字を書く。


「にぃさまの祖父、勇者コゴロウ=ゴトー様の元いた異世界の言語で『幸』と書くんだろう?

 男の子なら『ユキ』、女の子なら『サチ』。どうか幸せになりますようにって願いの篭ったいい名前じゃないか」

「……ありがとう。だが答えになってないぞ」


 ユキ=ゴトーはいぶかしみながら頷いた。

 自分にさまざまな物事を教えてくれたゴトー先生の関係者であることは間違いない。

 しかし……『にぃさま』という呼び方はなんだろう? と首を捻る。


「ひみつだよ」

「……そうか」


 目の前の絶世の美少女。

 こんなにもお色気溢れる娘さんと一度でも会っていたなら忘れるはずがない。しかも呼び方は『にぃさま』だ。

 当然自分と同世代か、年上の初対面の人から『にぃさま』と呼ばれる筋合もない。

 そんなユキの悩みも気にせず、プリメラは言う。


「改めて名乗ろうか。ぼくは魔族連合デモンユニオンの指導者、魔王ドロテアの娘であるプリメラだ」

「で……魔族連合デモンユニオン?!」


 過去の戦争で人類連合に勝利し、彼らの資産であった自動人形一万体を奪って大勝利した、大陸最大国家。

 その指導者の娘、一国の王さえ頭を下げる姫がなぜこんなところに……と考える。


「さて……にぃさまにゴトー様からのプレゼントを渡す前に話がある、聞いてくれ」

「あ? ああ」


 頷くユキに満足そうにするプリメラ。彼女の尻尾が緊張するようにぴくぴくしている。

 

「魔王に必要なものはなんだかわかるかい?」

「……指導力とか調整力とかそういう組織を円満に回す能力? それとも単純に力?」


 首を傾げつつも答えたが、プリメラは違う、と真剣な眼差しで言った。


「違うね。ぼくが魔王になるのに一番必要なもの……それはお色気の力だ」

「お色気の力だと?!」


 あまりにも予想外の発言にユキは驚愕で叫んだ。


「なんだよお色気の力って!!」

「考えてみたまえ、ユキにぃさま。それぞれが独特の考えや風習を持つ魔族たち各種族を纏め上げるには力がいる。

 暴力、財力、権力。そしてぼくとママの種族は強すぎるゆえに傲慢で、他種族によって滅ぼされた吸血鬼の亜種であり、他者から精気を頂戴して生きている吸精鬼エナジーバンパイアだ。今でも一部の人間からは淫魔呼ばわりされるようなぼくらが魔王として君臨するなら、全種族を無理やりまとめるお色気の力が足りないといけない」


 あまりにも独特の統治法ではあるが、言いたい事は分かる。ユキは頷いた。


「……プリメラだったな。君は俺が見た中で一番ものすごい色気の持ち主だがそれでも足らないのか?」

「え? ……な、なぁ!」


 突然の褒め言葉はあまりに予想外だったのだろう。プリメラは驚いたように後ろに仰け反り……顔を背けた。


「なぜ顔を逸らす」

「べ、別に褒められたのが嬉しいんじゃないぞ! ぼ、ぼくが美しくて色気に溢れるのは自明の理、お日様が東より出でて西に沈むのと同じぐらい当たり前のことだ、うん」


 耳まで真っ赤になっているから照れているのは間違いなさそうだ。

 どうも彼女は照れたり喜んでいることを隠したがっているようだが……ユキはそこで彼女の体の一部の反応に気付いた。



 しっぽめっちゃ振ってる。



 柔軟性に富み、黒くてしなやかなしっぽは、先ほどから嬉しそうに揺れていた。

 ユキは最近可愛がっているお馬さんを思い出す。このしっぽの動きはいかにも動物的で感情が分かり易く、かわいい。


(……まさか)


 ユキは口を開いた。


「いやいや、正直な話今までで見た中でもっとも麗しく美しい。眼福の極みだ」

「ふふ。ふふふふ」

(あ、しっぽの振りがさらに勢いを増している)


 もしかしてこのクールな印象の麗人はものすごく分かり易いのではないだろうか。

 そう思っていたら……尻尾の激しい振りのせいでじょじょにパンツスーツがずれおり始め、生尻が半分ほど見え初めている。

 とりあえず冷静を装って指摘することにした。


「ごめん。とりあえずお尻隠さない?」


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