さほど仲間にこだわりもない
「どういう理屈だ?」
ユキは不思議だった。
自分は冒険者パーティー『鉄牙の狼』に在籍する。
いずれ学園のスペアボディをマライア姉さんの前で爆破し、死を偽装した後の放浪に備え、旅慣れておくためパーティーで斥候を努めていた。
「お前みたいな役立たず、置いとく必要が感じられねぇんだよ!」
どん、と乱暴にテーブルを叩けば、周囲の視線がこちらに集中する。
ユキは無言のまま仲間達の非難の眼を見返した。
「俺ほど役立つ男はいないつもりだったんだが」
「言いやがる! 戦闘では常に周りをきょろきょろして戦いに参加しねぇ男が!」
「たまに弓を打つぐらいで、一人だけサボってばかりで面白くねぇんだ!」
ああ。そう。
ユキは仲間が斥候の仕事に対して恐ろしく理解が低いことを悟った。
冒険者はモンスターと戦いこれを倒すことを生業とする。前線で戦う彼らは重要だ。これに異議はない。
しかしまず目的地に移動し目標の位置を見つけ出す斥候を軽んじる発言は良くない。事実、斥候の重要性を知る他の冒険者達は何名かがこちらに不快そうな目を向けてきた。
「ああ。つまり俺は『鉄牙の狼』に相応しくないからクビだと」
「そうだ、俺たちは銅貨級から銀貨級、つまり冒険者として一流、ギルドの主戦力に上がる。その時にお前みたいな雑魚で一枠埋めとくなんざもったいないんだよ」
冒険者の実力は報酬に一番多く使われる硬貨で呼ばれる。
もっとも数が多くもっともよく死ぬ、ピンからキリまで実力に差がある銅貨級。
ギルドの主戦力である銀貨級。
超一流の金貨級。
実力と才能に恵まれたギルドの切り札、決戦戦力である白金貨級。
「わかったわかった。クビだな。それでいいよ。……で、話は終わったか」
「なっ……」
ユキは仲間に対してそれ以上興味を失った。
きょろきょろしているのは周辺の敵警戒。たまに弓を打つのは、後衛を狙う敵を事前に排除するためだ。行動の意味も理解してもらえない仲間と一緒にいても、もう疲れるだけだと見切りをつける。
「なんで、腹を立てねぇ」
「なんで俺が腹を立てるタイミングを指示されなきゃいけない。……ああ、トラクス。もしかするとあんた。俺を怒らせたかっただけなのか?」
怪訝そうな顔をしたトラクスに、ユキは嘲るような口調で答える。
「ん、なわけねぇだろが! おら、てめぇはこれからソロだ……さっさと負け犬らしく失せな!」
「どこか知らないとこで野たれ死ねよっ。謝るなら今だぜ」
「やだよ」
「「なんでだよ!!」
ユキは冷静に答えたが、その冷静な返答が『鉄牙の狼』メンバーには不満だったのだろう。
「俺は。あんたたちとはもう違うパーティー、なんら関わりのない無関係の人間だ。
俺がこのギルドのテーブルで酒を呑もうと喧嘩をしようとなんら関係はない。……そしてこのテーブルは今俺が使っている。分かったらさっさと失せろ」
もう興味もない。ユキはしっし、と野良犬でも追い払うような失礼な応対をする。
満面に怒りを浮かべるトラクスを無視し、ユキは頭の中で手紙の内容を思い起こす。
この冒険者ギルドで待っていれば、師であり祖父のコゴロウ=ゴトーから頼まれた『誕生日プレゼント』が送られてくるらしい。
――赤い糸を捜せ――
てがかりはそれだけ。
探してもどこにも見つからない。やはり騙りだったのだろうか。
「……ふん、もう慣れたさ」
誕生日だけど誰も祝われることはない。
姉は祝ってくれるだろうが、ユキはあの姉が心の底から大嫌いだ。
待ち人が来るまで酒でも飲もうか、そう思った時。
ユキは左手の小指から、赤い糸が伸びていることに気付いた。
「ええぇ……?」
意味が分からず声を漏らす。
指で触れてみると、質感はある。しかし軽く引いても手ごたえはない。
糸の先端はある程度進んだ先では空中に消えており……これは物理的な糸ではなく魔力的なもので可視化された実体を持たないものだと推測した。
ユキは『糸使い』の固有スキルを持つ人間だが、このような赤い糸を張った覚えはない。誰かに結ばれた記憶もない。
どうしてこんなものが? と不思議にこそ思ったが、これこそゴトー先生が誕生日プレゼントの道しるべとして残してくれたものでないか、と考えた。
その時、冒険者ギルドの入口を開ける女のひとの手。
左手の小指には、ユキの指先から伸びた運命の赤い糸が巻き付いていた。