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覚えていたいか? あんな奴らのあんな顔

 ユキがヴリスを招いた場所は、学園内の片隅に設けられた古い物置だった。

 すでに蜘蛛の巣が張っていたりと長らく人の手が入っていない場所だが、足元に靴跡があるため、ユキがここを使っていたらしい。

 少し進めば……一台の馬車がある。

 華美な装飾は一切施されていないが、しかし剛健な作りをしており、埃を払って整備をしてやれば今も立派に使えそうな外観をしている。

 

「ここが、工房になる」


 言いながらユキが馬車の戸を開ければ……ヴリスはそこに魔力を感じた。

 瞠目しながらも中に入れば……その内部は、しっかりとした作りの一軒家のような廊下が広がっていたのである。


「え? ……こ、ここは? まさか……魔術的な圧縮空間なのか?」

「勇者ゴトー爺様の昨年の誕生日プレゼントさ。何でも女神様より授かったストレージの権能を研究して、見かけは普通の馬車だが内部に生活空間を設けているらしい。勉強も人形の生産もここでやってる」

「え? 人形とは……自動人形か?」


 ユキが頷きながら、馬車内部の圧縮空間の廊下を歩き、一室のドアを開ける。

 そこには頭部のカメラアイとマニュピレーターアームを供えた作業用の自動人形が数基、存在している。

 ユキはまるで……患者が医者に診察してもらうかのように身を横たえた。


「殿下。……俺はね。嫌なんだ」

「何が。だ?」

「これからの人生でこの時代を振り返って――記憶に一番残るのは俺を虐待し、理不尽な事ばかり繰り返したクソみたいな同級生ばかり。殿下、なんだかちょっと腹立ちませんか?

 俺を殴った奴は学園を卒業したら、加害の事実なんかすぐ忘れる。殴られたほうは永遠に忘れないのに……なんで被害者が加害者より苦しまなけりゃいけない」


 ユキの上着のボタンを剥がし、腹を見せる。 

 そして――作業用人形のアームがユキの腹部の皮膚に似せたカバーを外した。


「殿下。俺は復讐をする」

「な……」


 ヴリスは……ユキ=ゴトーの腹部に収まっているのが血肉の通う臓腑ではなく……冷たい光を発する魔術機関と歯車、バネ、滑車である事を見せられ、驚愕のうめきを上げる。


「きみ……きみは――自動人形だったのか……?!」

「正確には。ユキ=ゴトーが遠隔操縦を行うお手製の影武者型自動人形。

 こいつの体内にある魔石と機関を意図的にオーバーロードさせることにより……この影武者人形は炎上、爆発する」


 ユキは笑った。派手な悪戯の準備にほくそ笑む、悪童ワルガキの笑顔だ。


「ふふふ。とりあえず30メートル半径は高熱の突風と衝撃で痛い目見るだろう。

 勇者ゴトーの孫が自爆、炎上死したとなりゃ、海洋都市ヤルマや魔族連合デモンユニオンでも調査ぐらいはされるだろう。

 そうなりゃテラン王国の誤った歴史認識だって叩きのめされる……。

 マライア姉さんも目の前で大爆発すりゃ、少しぐらいはショックだろうさ」


 ヴリス王子を見る。


「俺はな。殿下。俺を虐待していた奴全員に責任を取らせ、報復し、泣きっ面を掻かせてその顔を見物しながら指差して大笑いしてすっきりして――奴らのことをきれいさっぱり忘れて新しい人生を送るんだ」

「どうして、私には教えてくれたんだ。ユキ」


 その言葉にユキは少し黙り……静かに答えた。


「さぁね。

 でも、テラン王国の中で俺にとって一番マシな知人が殿下だったから……一人ぐらい、自爆した俺は遠い空の下で幸せに暮らしているって、知っていてもいいんじゃないかと思っただけだよ」





遠隔操縦終了リモートコントロール・アウト


 並列思考を終わらせる。  

 ユキはヴリス王子を送り返してから、魔力糸を通して操っていた影武者の自動人形を馬の一頭の傍に横たえさせて機能を停止させた。

 自動人形の制御で、一番難しいのは顔面筋の制御だ。人間であると見せかけるため、ユキ=ゴトーは脳の演算能力の9割を使っている。


 母親から生まれた生身の人間ユキはゆっくりと意識を本体へと傾けた。

 王都の周りに位置する都市ネルカ、その冒険者ギルド、ネルカ支部の中で、こきこきと首を鳴らす。

 周囲の喧騒に耳を傾け、ユキは数日前に送られてきた手紙に手をやった。

 

「今日は俺の誕生日、かぁ……」


 虐待を受けるようになってから、誕生日を祝福されなくなってずいぶんと長い。

 けれど、師であり祖父である『偉大なる裏切りの勇者』コゴロウ=ゴトーは、今回も17歳になる今日に、前回の馬車と同じくプレゼントを用意してくれたのだと、手紙には書いてあったのだ。

 ユキは現在は引き取られた家では虐待同然の扱いを受けており、もし手紙が普通にポストに投函されていたなら勝手に中身を改められ、金目のものなら奪われたりして、絶対に自分の手には届かなかっただろう。

 だが、この手紙の送り主はユキの実情を知っていたらしい。

 ある時は鴉がくわえて目の前で落とし。ある時は昼寝していた時に蛇が手紙を手渡し。

 こんな風に親族に知られぬように手渡しされれば、相手の本気が伝わってくる。使い魔を使えるという事は魔術師。それも達人の手によるものだ。


 今日はここで冒険者仲間と顔を合わせて次の準備を話し合い。

 その後、自分の『誕生日プレゼント』に関する話を手紙の主から聞く予定である。


「お、来た。なぁトラクス。今回は狩場を変えないか、なんでも暴食虎グラトニータイガーが出たって情報が……」


 見れば、最初の予定である冒険者仲間がやってきた。

 ただし、リーダー格である『豪腕』トラクスは眉間に皺を刻み、こちらを睨んできた。

 はて。なんか嫌な事でもあったのか、とユキは待ち合わせのテーブルで首を傾げて。


「……てめぇはクビだ、ユキ」


 という唐突な言葉に、さらに首を傾げるのだった。

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