5時間目 意外なユキの趣味
さすがにあそこまではっきりと言えば、もう関わってなどこないだろう。
そう思った自分が馬鹿だった。
「ユキー! おはよーっ‼ お仕事いってらっしゃーい。」
翌朝寮から校舎に出かける時、ナギにかけられた言葉だ。びっくりした拍子に思い切りずっこけてしまった。
おそるおそる声の方を見れば、自室のベランダから大きく手を降ってくるナギの姿が。
自分はきっと幻覚でも見ているのだ。
そういうことにしてその日は都合よく乗り切ったのだが……。
翌日。
さらにまた翌日。
朝出かける時と夜戻ってくる時、ナギは必ずベランダにいてこちらに手を振ってきた。
それだけで済んだならまだ可愛げもあった。
本当の地獄は新学期が始まってからだった。
ナギはきっかけさえあれば、自分と一緒に何かをやりたがったのだ。
体育では一緒に走ろうと言いながら追いかけてきて、それから本気で逃げていたらマラソンの最高記録を更新してしまっていた。
昼休みくらいは絡まれてたまるかと毎日休む場所を変えていたというのに、何故かナギはどこにいても現れてくる。
なら仕事中くらいはと思ったのだが、その間は声をかけてこない代わりに視界の端にずっといる。チラチラと見えるナギの姿がまあうざったいこと。
何? 暇なんですか? 普段の彼の忙しさはどこへ消えた?
突っ込みたいが、突っ込めばきっとナギの思う壺。ろくに不満を吐き出すことができないままナギから逃げ続ける生活を二週間以上も続ければ、気疲れもピークに達するわけで。
「しん、どい…」
西日が差す自室の中。早めのシャワーからあがったユキは、そのまま崩れ落ちるようにベッドへと身を投げた。
今日は久々に事務のバイトを入れていない日。明日からの土日も休みなので、めいいっぱい休んでやろうと思っている。
幸いにも今はとても心が安らかだ。ナギが三日くらい前から大学に駆り出されているおかげもあって、それはもう仏にでもなれそうなほどに。
(本気で疲れた。あいつ、マジでめげないんだもんなぁ……)
不屈の精神とはまさにあの事をいうのだろう。いや、紙一重でただの馬鹿なのかもしれないが。
あいつの精神は普通じゃない。
自分だったらここまで徹底的に拒絶されたらさすがにへこむ。そう思ってちょっと罪悪感を持ったりするくらいの態度を取ってきたはずだ。
なのにナギときたら、何も感じていないかのように毎日毎日声をかけてくるのだ。
「無視する方が疲れるって、どんだけだよ……新手の嫌がらせかよ……この、このっ……!」
バフバフと枕に拳を振り下ろすユキ。
「ってか、マジで勘弁してくれ。オレの頭から出てってくれよぉ……」
何が悲しくて休みの時までナギのことで気を揉まされなくてはいけないのだ。これではその内ナギに怒鳴り返してしまう。どんな形であれナギに応えてしまえば、ナギが喜ぶだけじゃないか。
分かってはいるのだが、それなら自分はこの鬱憤をどこで晴らせばいい。
「もおぉぉぉぉっ! くっそムカつくううううう‼」
癇癪を起こしたユキはしばらくベッドの上で暴れ、ふとした拍子にぐったりと全身から力を抜いた。
だめだこれは。全然生産的じゃない。
何か別のことで気を晴らさなくては。
そう思っていた時、ちょうどよく部屋のインターホンが鳴った。
まさかナギじゃないだろうな。
ドアを開ける瞬間、そんな可能性が頭をよぎって手が止まったが、覗き窓から訪ねてきた相手を確認して心底ほっとする。
「なんだよ。」
「お、タイミングばっちり。ちょうど風呂出た頃だろうなと思ったんだよね。」
廊下に立っていた彼は、ユキの格好を見下ろして悪戯っぽい笑みを浮かべた。
彼の名はトモ。一年の時からクラスが一緒で、割と仲がいい友人の一人だ。
「いやぁ、ユキってマジで真面目すぎ。絶対生活リズム崩さないから、押しかけるタイミングに困らなくて楽だわー。」
「………」
「うおぉーい。無言でドア閉めないでー。」
さりげなくドアの隙間に足を挟み、ユキの来客拒否を阻止するトモ。
「まあまあ、そうカッカしないの。ほら、お土産。」
トモがユキに差し出したのは一つのビニール袋。その中身はいくつかの食材と調味料だ。
「今日の注文はオムライス辺りか?」
「さすがユキ。材料見ただけでおれの心を読んだね。」
「そのくらい見れば分かるわ。しゃあないなぁ…。」
ユキは肩を落とし、玄関に置いてある鍵を持って部屋の外に出る。
向かうのは共用のキッチンルームだ。
基本的に時間に余裕がある時は自炊をしているのだが、そういえばトモが食事をたかりに来るようになったのはいつからのことだったか。最近ではこうして勝手に材料を買ってきて図々しく注文をつけてくることも珍しくない。
「なんだかなぁ…」
「ん? どうした? なんか足りない?」
袋の中を見つめてぼやくユキにトモが訊ねる。
「いや、そういうわけじゃないんだけど…」
ユキは複雑そうな表情でトモを見やった。
「今さらだけど、トモって変わってるよな。今の時間なら夕飯なんて学食で食えるし、お前は外からデリバリーしてもらった方が口に合うんじゃないの?」
トモの家はそれなりの金持ちだ。きっと今まで食べてきたものは、庶民の自分とでは天地ほどの差があるだろう。わざわざ寮にコックを呼んでいる金持ちの生徒もいることを考えると、自分の料理が彼の口に合うとは到底思わないのだが。
「あっはは。大丈夫、大丈夫。おれ、庶民的で質素で味気ないの、なんか好きなんだよねー。」
おおらかに笑うトモに、ユキはさらに顔をしかめるしかない。
「なんか、そう言われると複雑だな…。ってか、庶民派料理なら学食でいいじゃん。」
「ユキに頼んだ方が色々と融通が利くから楽ー。」
「なんだよ、そのくそみてぇな理由…」
「分かった、分かった。言い方変えるわ。ユキの手料理が食べたい。」
「それは気持ち悪い。」
何を言い出すんだ、こいつは。
嫌悪感も露に引いて見せるユキに対し、トモは少しだけ不満そうに唇を尖らせた。
「ユキったら、何言っても文句なんだから。そんなひねくれたこと言ってると……」
ズボンのポケットからトモが取り出したのは携帯電話だ。
「今からユキにオムライス作ってもらうって、知り合い全員に拡散しちゃうぞ?」
「すんません。もう文句言いません。なんでもするんで、それだけは勘弁してください。」
ユキは即座に手のひらを返した。
冗談じゃない。トモ以外にも自分の料理に味をしめている奴らは何人かいるのだ。その全員の食事の面倒を見るのなんかごめんだ。
それを抜きにしたって、コミュニケーションが大得意なトモの知り合い全員といったら、少なく見積もっても学年全体。下手すれば校内全体だ。その規模で無駄な情報をばらまかれてみろ。食事どころの話じゃなくなる。
「分かればよし。ってなわけで、デザートはクリームつきのふわふわパンケーキね!」
してやったり。
そう言いたげに、にかっと笑みを深めるトモ。
「おまっ…また手間のかかるやつを……!」
「なんだよ、料理好きなくせに。顔が嫌がってないぞー?」
「‼」
ずばり指摘され、ユキはぐっと口を真一文字に引き結ぶしかなくなる。
こればっかりは反論の余地がゼロだ。
「はあぁ……キッチンに置いてあるストックで足りるかなぁ?」
「だーいじょーぶ。もーんだーいない! 今メールで材料調達してくるように頼んだから。」
トモが満足そうにピースサインを見せつけてくる。
さすが金持ち。空気を吸うように他人をこき使う。
「仕方ないな…」
気持ちを切り替える意味も込めて、ユキは風呂上がりで下ろしっぱなしにしていた髪をうなじ辺りで一つにくくった。
おそらくパンケーキの材料はオムライスを食べている間にでも来るだろう。せっかく材料がタダで手に入るんだから、ここは自分も楽しまなくては損だ。
(それにしても、オムライスかぁ…)
袋の中を覗き込み、ユキはぐるぐると考えを巡らせる。
(オムライスなぁ…)
★
「……どう思う?」
「どう思う、というのは?」
「これ、ルキア喜ぶかな?」
完成した料理を見下ろし、ユキは真剣そのものといった表情で唸る。
その隣で同じように料理を見下ろしていたトモが、感想として第一声に放ったのは。
「いやもうなんかさ……ユキって、ずるいわ。」
料理には関係のない内容だった。
「は? 何が?」
怪訝そうに眉をひそめるユキ。
「何がって、ギャップが。」
「ギャップ?」
ますます分からない。
「まあおれからしたら、ユキが料理好きって時点で十分ギャップなんだけどさ、百歩譲ってそこはいいわ。だけどね、くそがつくくらい真面目で鉄面皮なあなたの手から、まさかこんな可愛いもんが出てくるとは思わないでしょ、普通⁉」
トモが指差した先にあるのはただのオムライスにあらず。
二枚の皿の上には、チキンライス、卵、ケチャップにその他野菜でてきた、なんとも可愛らしいキャラクターが鎮座していたのである。
「おれは普通の見た目のオムライスが出てくると思ってたよ! 何これ⁉ 突然どうしたの⁉」
どうやらトモはかなり動揺している様子。
何をそんなに驚くのやら。
ユキは首を捻りながらも、このオムライスのお手本にしていた画像が映った携帯電話を見せる。
「なんか最近、ルキアがこのアニメが好きらしくて。ちょうどよく黄色いキャラがいたから、再現できないかなぁと思って。車とかロケットとかでも喜んではくれるんだけど、毎回それじゃあルキアも飽きるだろうし、レパートリーは多いに越したことはないだろ。」
「車にロケットって……え、何? ユキ、実家ではそんなファンシーなセンスしてんの?」
「毎日こうなわけじゃねぇよ。ただ、たまにしか帰ってやれないんだから、その時くらい力入れてやりたいじゃん。」
そもそも料理に手をかけるようになったのも、どうすればルキアが好き嫌いなく食事を取るだろうかと考えるようになったことが起因している。
自分としては至極当然の手間なのだが、トモはそれがよく分からないらしい。
(やっぱ、年離れた兄弟とかいないと分かんないのかな…)
こういったことで話が噛み合わないのは、今に始まったことではない。別に今さら疎外感を感じることもないけれど。
「まあいいや。それ、食っていいよ。やりたいことやったし。」
未だに信じられないとでも言いたげな顔でオムライスをじろじろと見ているトモに言ってやる。
「お、おう…」
何故かそっとオムライスを手に取るトモを横目に、ユキは一度台所を片づけてしまおうとシンクに向かう。
「あ…」
ふとトモが声をあげたのはその時だった。
「ねぇ、ユキ。」
「んー?」
「おれさ、そういえばユキに聞きたくて仕方ないことがあったんだわ。」
「何?」
「ちょっと後ろ向いてみ?」
「なんで?」
「いいから。」
「……なんだよ。」
まだ片付けが中途半端なのだが…
気だるげに振り向いたユキは、トモがとある箇所を指差していることに気づく。
特に何も考えずに指が示す先を追って―――
(ひいいいぃぃぃ‼)
声も出せず、心の中で大絶叫した。
キッチンルームの窓にナギが張りついていたのである。
いつの間にあそこにいたのだ。というか、いつの間に帰ってきていたのだ。
嫌だ。明日から久しぶりに三日も休みめるというのに、ここでナギに捕まって精神的負担を増やしたくはない。
かといって、この部屋に逃げ場などない。
「う……」
顔を真っ青にするユキ。
「………」
そんなユキの様子をしばらく見ていたトモは、オムライスを片手にドアの方へと向かっていく。
「どうしたの、ナギ?」
トモはがらら、とドアを開けてナギに訊ねる。
「ユキと何してるの?」
ナギは幼い子供のように興味を丸出しだ。きらきらした笑顔が無駄に可愛らしく見えるのがムカつく。
「んー……ほい、あーん。」
ちょっと考えたトモは、持っていたオムライスをすくってナギの口に放り込む。
「ん! おいひい!」
「でしょー? ユキのお手製なんだよ?」
「もう一口ちょうだい!」
「ほいほい。」
(やめろ! 教えるな! 餌づけするなぁ‼)
文句を言いたくてたまらないのに、それを言えば嫌でもナギと会話しなければならない。それだけは絶対に無理だ。しかも今はナギの視界に入りたくない一心で、思わず作業台の陰に隠れてしまっている状態。この状況で文句を言っても恰好がつかない。
動きたいのに動き出せない。
ユキがそんなもどかしさに唸っている間にも、トモとナギの会話は続く。
「オッケー、オッケー。そんなに欲しいなら、この後ユキにパンケーキも作ってもらうから、それ部屋に持ってくね?」
「ほんと⁉」
(なんだそれ⁉ やめろ、馬鹿‼)
突っ込みが声にならないのが苛立たしい。
「ほんとだって。今日は研究室帰りで疲れたっしょ? おれはもうちょいユキと二人で話したいことがあるし、とりあえず先に部屋戻って待っててくれる?」
「りょーかーい♪」
トモに言われるまま、ナギは上機嫌でキッチンルームから離れていく。
「とりあえず、帰したけど?」
「………おう。あり、がとう…。」
トモがナギを丸め込む過程を聞いた手前素直に礼を言うのもどうかと思うが、ひとまず精神的苦行は去ったと見ていいのだろう。
そう思ったら無意識に気が抜けた。
溜め息をつきながら作業台の陰から立ち上がったユキに、トモはオムライスを食べ進めながら質問を投げかけた。
「ずっと訊きたかったことってこれなんだけど、お二人さん、夏休みの間に何があったん?」
「そんなの、オレが聞きたいわ……」
ユキは両手で顔を覆う。
何があった、と言われても、自分からするとあれは急転直下の出来事だったのだ。何がどうなってこうなったのか、こちらが聞きたいくらいだ。
「ふーむ…とりあえず、事実だけ言ってみようか?」
「………実は…」
ユキは訥々と語り始める。
おそらく、自分も誰かに話くらいは聞いてほしかったのだろう。
あの夜の過ちのことには触れないよう気にしつつ、かいつまんでナギに迫られたことを話す。
その結果。
「あー、なるほどなぁ。とうとう我慢できなくなっちゃったかぁ~。」
トモが告げたのはそれだった。
「とうとうってなんだよ、とうとうって…」
そんな納得したみたいな表情をされたところで、自分はちっとも嬉しくない。
「だっておれは昔から話聞いてるし。」
トモは何気なくそんなことを言う。
「ユキさ、一年の時におれが何度かナギのことどう思うって訊いたことあるの覚えてる?」
「ああ…? んなこともあったっけか?」
生憎と記憶が曖昧だ。ナギに関することなんて、多分真っ先に記憶から抹消する対象になっているからだと思う。
「あったって。今だからのネタばらしだけど、あれ、ナギからの探りだから。」
「………はあっ⁉」
寝耳に水だ。
素っ頓狂な声をあげるユキに、トモは悪戯っぽく笑う。
「あまりにもユキがナギのことぼろくそに言うから、ナギは逆に興味津々って感じだったよ。おれからしたら、好奇心の塊みたいなナギがよく今まで我慢できたなって感じ。」
「はっ…ちょ、お前…‼」
ユキはトモの胸倉を掴む。
「お前さぁ…何余計なことしてくれてんの…?」
ずっと見ていた、と。
ナギはそう言っていた。
急に何を言い出すんだと思っていたが、まさかその共犯者が目の前にいようとは。
「余計なことって言っても、おれは心身ともにナギの犬ですからぁ~。ナギのお望みとあらば聞いてやりたいし~。」
言われて思い出す。
そうだった。トモはナギの幼なじみ兼ナギの便利屋だった。物心つく前からの付き合いだからか、あのナギも珍しく名前を覚えている。あまりにも興味がなかったので記憶の片隅にすらとどめていなかったが、今になってそれが裏目に出ようとは。
「ってかさ…お前はなんであんな奴と仲良くやれるわけ…?」
「そこはまぁ、幼なじみの弱みかな~。なんだか何も知らなさ過ぎて、放っておけないんだよね~。」
トモはそう語る。
ナギは何も知らない。全てに恵まれていたが故に壁にぶつかることもなかった彼は、ある意味とんでもなく純粋無垢な性格をしている。
ルキアという幼い弟がいる身としては、トモがそんなナギを放っておけなくなる気持ちも分からなくはないが…。
(……って、違う違う! ルキアとあいつとでは全くの別問題だろうが!)
心の中で悶々としていると。
「でもさ、おれはユキとナギって相性いいと思うんだよね。」
トモの口からとんでもない発言が飛び出してきた。
「いっぺん死んでくるか?」
素で出た低い声がユキの喉を震わせた。
「でもなぁ…」
胸倉をぎりぎりと締め上げられながらも、トモは暢気にオムライスを口に運んでいく。
「面と向かって迷いなく嫌いって言うだけあって、ユキってナギの性格をよく見てんじゃん。ナギを才能抜きに見る人間って、今となっちゃ結構貴重だよ? ナギも今じゃ、おれたちのことなんざ眼中に入らないもんね。小さい内に周りが自分の能力しか見てないって気づいちゃったもんだから、自分もそれでいいんだって思ってるんだろうな。そんなナギの目に留まるには、それなりのインパクトが必要なわけだ。おれは幼なじみだから時間経過で認識されるようになったけど、普通に仲良くなろうとしたんじゃだめなんだよ。その条件をクリアしたのがユキなわけ。」
「オレは、あいつに絡まれたくてあんな態度取ってたわけじゃない。」
「それが逆効果。ユキは純粋にナギが気に食わなかったんでしょ? それがナギには新鮮だったわけ。今までおだてられて持ち上げられることはあっても、真正面から堂々と嫌われるなんてことはなかったからね。分かる? ナギに絡まれたくなかったなら、ユキはみんなに合わせてナギのことを褒めておくか、無関心でいるべきだったんだよ。ナギはもう見慣れてるその反応には関心を示さない。」
「…んなこと言われても……」
「まあ、完全にロックオンされた今じゃ遅いですね。」
にしし、と笑い声をあげながら、トモはどんどんオムライスを食べ進める。
「…お前、まさかこうなるって分かってて……」
「ええー、誤解誤解。おれがユキと友達になったのは、ナギのこととは関係なくユキが気に入ったからだよ。まあナギのためを思って、ユキに今まで忠告しなかったのは認めるけどさ。」
「お前な…」
何をしれっと…
ユキはぐっと唇を噛み、次に大きく息を吐いてトモを解放した。
仕方ない。トモは無条件にナギの味方だったわけだし、本人もナギの望みどおりに動くと言っている。そんなトモを相手に文句を言うだけ無駄というものだろう。そもそもトモにナギのことで協力を要請したこともないし、彼が自分の知らない所でどんな行動を取っても彼の自由。それに関して彼をこれ以上責め立てるのはお門違いだ。
「もういいよ。はぁ……ミスったなぁ…」
それは心の底から出た本音。
ナギとは、純粋に人間的に合わないと思った。だからこそ近寄ってほしくなくてあえてキツめに当たっていたのだが、まさかそれが逆効果だなんて。かといって今さら態度を変えたところで違和感が際立つだけだし、何をどうすればいいのやら。
「ユキってさ、なんだかんだつけ込みやすい性格してるよねぇ。」
「ああっ⁉ お前喧嘩売ってんのか⁉」
ただでさえトモに対する怒りがくすぶっているのに、これ以上神経を逆なですることを言わないでほしい。
「いやいや。これでもおれは、ユキのこと心配して言ってんのよ?」
そう言うトモの顔は確かに真剣だ。
「ユキっておれらよりずっと苦労してるから、割と大人じゃん? 今だって本当はおれにもっと言いたい文句とかあるくせに、どうせ筋が通らないからとか、そんな理由で無理やり引っ込めてるんでしょ? もっと感情的になってもいいところで理性を優先するのはユキのいいところでもあるけど、それだとその内、自分の理性のせいで逃げ場なくすんじゃないの?」
「オレは無理なことは無理って言ってるはずだけど。」
「うん。人道的にだめってことには、ね。それ以外のことには案外甘いって、おれはそう思ってるよ。」
「何を根拠に…」
「おれがそれで何度も美味しい思いしてるから、かな。まあユキは交友関係広いくせに誰とも一線引いてるみたいだから、まだ自覚がないのかもね。」
トモは最後の一口を皿からすくい、それを口に放り込む。
そして、口から取り出したスプーンをずいっとユキの鼻先に突きつけた。
「別にナギのことについて、おれから何かを強制するつもりはない。ナギに頼まれて協力することはあってもね。だけど、気をつけた方がいいよ。」
トモは含みのある微笑みを浮かべる。
「好きも嫌いも、相手を意識してるのには変わりないわけじゃん。油断してると、ドツボにハマっちゃうよ?」
「………っ」
悔しいが何も言い返せなかった。
好きも嫌いも、相手を意識しているのには変わりない。
感情論は別として、トモが告げたその言葉は正しいと思ってしまったからだ。
「ごちそーさん。パンケーキもよろしく♪」
次の言葉を継げなくなったユキに、トモはにっこりと笑みを深めた。