第八話 ほわほわな気持ち
朝起きるのが大好きだ。
朝が来れば、大好きな人たちに会えるから。
カーテンが開けられ、朝日が部屋のなかに差し込んだ。
にゅっと布団から顔を出せば、お母さまと目が合う。
「おはよ、ござ、ます」
「はい、おはよう」
目をしぱしぱさせ、布団から這いながら出る。
ベッドから降りて、お母さまに抱きつこうと走り、直前で止まった。
いかん、いかん。
お母さまに抱きついては、だめなのだった。
だって、今のお母さまは……。
「アリシア?」
「抱っこ、がまんする。赤ちゃん、だいじだもん」
そう、お母さまのお腹には新たな生命が宿っているのだ。
先日、お医者さまに言われたのだ。
ご懐妊おめでとうございます、と。
現在、三ヶ月ぐらいとのこと。
ロジオンと出会ってから、四ヶ月。
私は、四歳になっていた。
「そう、お姉ちゃんえらいわね」
「えへへー」
頭を撫でられ、ご満悦だ。
お姉さんになるんだから、少しは甘えん坊控えなくちゃ! お姉さんになるんだから!
「わたし、自分できがえられるよ!」
お姉さんだからね!
自分でできるもん!
意気揚々と洋服箪笥に向かう。
「ふふ、アリシアったら」
「今日は、ロジオンとお絵かきするから。みどりの服にする!」
緑色のワンピースは、装飾が少ないのだ。
うつ伏せで絵を描くので、シンプルが一番!
あと、着替えるのが楽なのだ!
「ふんふーん」
寝間着からワンピースに着替える。
うん、ちゃんとできた!
お母さまに見てもらうと、スカートを軽く引っ張られた。
ちょっと背中に引っかかっていたみたい。
失敗、失敗。
「お母さま、アリシアかわいい?」
「ええ、とっても!」
「わーい!」
髪の毛をお母さまに編み込んでもらえば、完成!
美少女アリシアちゃんである。
「アリシア、用意は終わったかい?」
「お父さま!」
今日も騎士服を着こなしたお父さまが、様子を見に来た。
「アリシア、ひとりできがえられたよ!」
「それは、すごい! すっかりお姉さんだね」
「うん!」
お父さまにも褒められ、私はご満悦だ。
姿見の前で、再度チェック。
ロジオンに会う日は、こうやって入念に身だしなみを整えているのだ。
私の後ろでは、お父さまがお母さまの顔を覗き込んでいる。姿見に映ってるからね!
「エティア、顔色が良くないんじゃないか?」
「いつも通りよ? ラティスは心配性ね」
「……私は、君が大事なんだよ。無理は絶対にしないように」
「分かっているわ」
お母さまは優しくお腹を撫でた。
まだ目立つ膨らみはないけど、命が宿っているんだ。
不思議な感じだ。
あと半年を過ぎれば、私はお姉ちゃんなんだ。
心がふわふわする。
「エティア、愛しているよ」
「ええ、私も」
幸せな二人の様子に、私まで嬉しくなる。
しばらく二人きりにしてあげよう。
私は、部屋の外で待つことにした。
「というわけで、わたしはお姉ちゃんなんだよ」
「良かったね。あ、そっちのクレヨン取って」
「はい!」
「ありがとう」
ロジオンと二人、談話室の床にうつ伏せになり、画用紙に絵を描く。
私は、お母さまとお父さまを描いている。
今朝の幸せな二人を描くのだ!
ロジオンも真剣な顔で、何やら描いている。
クレヨンはひと組しかないので、仲良く二人で使っているのである。
「でも、アリシアがお姉ちゃんかあ」
「うん。りっぱにお姉ちゃんをきわめてみせるよ!」
ぐっと、親指を立てる。
ロジオンは首をかしげた。
「なんでだか、不安しかないよ」
「なんと!」
「アリシアだからなあ……」
「わたし、ちゃんとお姉ちゃんできるもんー」
むううと、頬を膨らませる。
たいへん、遺憾であるよ。
ロジオンは何やら考え込んでいる。
「やっぱり、想像できないや」
「がんばれ、ロジオン!」
「俺が頑張るんだ……」
「そうぞうりょくのけつじょは、たいへんだよ!」
「アリシアは、たまに難しい言葉を使うよね」
「ひび、せいちょうしてるんだよ」
ぐりぐり描きながら話し続ける。
「じゃあ、小石集めはやめなきゃ」
「アレキサンダーたちとの友情は、ふめつですう」
「ふめつなんだね」
「ロジオンとも、えいえんに仲良くしたいしょぞんだよ」
「……ふ、ふうん」
あ、ロジオン。顔が赤い! 照れてる?
「わたし、ロジオン大好きだよ!」
気持ちは言葉にしなきゃ! お父さまを見て学んだのだ。
お父さまの真っ直ぐな愛情は、美徳だと思うの。
ロジオンを見れば、顔から煙が出るんじゃないかというぐらい真っ赤だ。
さっきの比じゃない。
「ロジオン?」
「顔、痛いくらい熱い……」
「えっ、だいじょうぶ? 母さまたち呼ぶ!?」
「だ、大丈夫……、ちょっと恥ずかしいだけだから」
なんだ。私の好意が直撃したのか。
うむうむ!
もっと、受け止めてほしい。
「わかった! 大好きをひゃっかい言えばいいんだよね!」
「それは、やめて……」
真っ赤な顔を両手で押さえて、ロジオンは呻く。
「わたしは平気なのにね」
「うん。アリシアだからね……」
ロジオンは諦めたように言う。
好きだから、素直に生きてるだけだよ!
ロジオン大好き!
「と、ところで、アリシア」
「なに?」
「それは、何を描いているの?」
と、指差した先は、完成間近の画用紙。
なかなか上手に描けたよ!
「お父さまとお母さま!」
「え……?」
赤い顔だったロジオンが、真顔になる。
しばらくの沈黙のあと、そっと目を逸した。
「……可愛い、絵、だね」
「じぶんのさいのうが、怖い」
「そ、そうかなあ」
「まわりから、しっとされちゃうかも!」
「う、うーん」
ロジオンはなんだか、困りきった顔をしていた。
どうしたんだろう。
私の才能の片鱗に、感動したのかもしれないな、うん。
「ロジオンは、なに描いたの?」
「え……」
画用紙を覗いたら、女の子が描かれていた。
銀色の髪に、空色の目。
これ、もしかして……。
「アリシアを、描いたんだ」
と照れ笑いを浮かべた。
確か、ロジオンは大切なものを描くのだと言っていた。
ロジオン!
「ありがとう! すごく、可愛い!」
嬉しい!
本当に、嬉しい!
「気にいって、もらえた……?」
「うん! 宝物にする!!」
「あ、ありがとう……」
ロジオンは、はにかんだ。可愛い。ものすごく、可愛い。
「お礼に、わたしもロジオン描く!」
「あ、それは大丈夫だから」
照れちゃってー!!
ロジオンの絵は、自室の壁に大事に飾った。
ロジオン、大好きだよ!!