第七話 いたずら
帰宅後、お母さまにライオネルさんから、クッキーをもらったことを報告した。
お父さまは、今は領地からの報告書に目を通していて無言だ。
ソファーでお母さまに甘えながら、会話を楽しむ。
「そういえば、ロジオンは食べ物の好き嫌いが多くて、ライオネルが苦戦してたのよね」
「そうなの?」
あのロジオンが偏食家だとは。意外だ。
頑張って食べようと努力しそうなのに。
「ええ。それで、ライオネルが食事に工夫するようになったの。クッキーは食べた時のご褒美ね」
「ほー」
ロジオンの為に、料理やお菓子作りを始めたんだね。
愛だよ、愛!
「ライオネルは、ロジオンが大好きなのね」
「うん! わたしも、そうおもう!」
ロジオンを見るライオネルさんの眼差しは、すごく優しかったもん。
お父さまみたいだった!
「彼は、ずいぶん変わったよね」
報告書確認が終わったのか、お父さまが輪に入る。
「以前は、教会に子供が入ってくると顔をしかめていたのに」
「今では、お菓子を配っているものね」
「クッキーおいしかったよ!」
ライオネルさんのクッキーまた食べたい。
お母さまに頭を撫でられた。ふふん。
「きっと、また食べられるわ」
「そうだ。ライオネルに、お礼をしないとね」
「おれい、わすれてた!」
クッキーをむさぼるのに夢中になりすぎていたよ。
だめじゃないか! もう!
「お礼なら、いいものがあるわ。頂き物だけど、茶葉がたくさんあるの。とても美味しかったから、ライオネルも気に入るはずよ」
「ああ、あの香りの良かった」
「アリシア、しらないよー?」
二人だけずるいとむくれれば、苦笑されてしまう。
「アリシアには、まだ早いの。もう少し大きくなったら、一緒に飲みましょうね」
「うん!」
ミルク好きだけど、紅茶も飲みたい!
お母さまやお父さまに甘えて、団らんの時間は過ぎていった。
『乙女の園』に着くと、お父さまから茶葉の入った包みを受け取った。
「ちゃんとお礼を言って渡すんだよ」
「はーい!」
「良い子だね」
お父さまは微笑んで、仕事場に向かった。
ライオネルさんは、癒し手たちの仕事場である敷地内の教会で朝の祈りを捧げている時間だ。
それが終わったら、居住区画の談話室に休憩しに来る。
先日会った場所が談話室。
あそこは男女共有スペースで、あそこを境界線として神官と癒し手の生活場所が区切られているのだ。
ロジオンは甘えたい盛りだから、癒し手たちと一緒に暮らしている。
七歳になったら、神官側で暮らすことになるって言ってたよ。
「おれいするなら、きゅうけいじかんだね」
それまでロジオンと遊んでいようっと!
私は白い建物へと足取り軽く向かった。
談話室に絵本を持って向かう。
絵本はロジオンのものだ。
「アリシアは、まだ文字読めないんだよね?」
「うん」
「じゃあ、俺が読んであげるね」
「わーい!」
ライオネルさんに茶葉を渡すと言ったら、一緒に談話室で待とうということになったのだ。
しかも、待っている間にロジオンが絵本を読み聞かせてくれるという。
至福の時間だ。
談話室に入ると、誰もいない。
「今は母さまたちはお仕事で、父さまたちはお祈りの時間だから」
少ししたら、神官たちは休憩しにくると教えてくれた。
「それまで、大人しくしていようね」
「うーん?」
「そこで、首をかしげるのはなんでかな……」
まあまあ、深く考えちゃだめだよ、ね!
ソファーに向かう途中、あるものに気がついた。
「ロジオン、あのはこはなに?」
部屋の隅に、大きな箱が置かれていたのだ。
前にはなかったはず。
「ああ、あれは外からお薬や包帯を入れて運ばれたものだよ。なかは空っぽだと思う」
「ほっほーう!」
「……ねえ、なんで目がきらきらしてるの?」
空っぽの箱! 良いねえ!!
私は、箱に走り寄った。
ロジオンの言うとおり空っぽになっている箱を倒し、なかに入る。すっぽりだ。
「ロジオン、ロジオン!」
「……なに?」
「はこ、おこして!」
「……いいけど、なにするの?」
ロジオンは渋々、箱に手を掛けた。
私は体重移動をして、起こしやすいようにした。
箱は見事に起きた。
「ふたして! ふた! あと、えほんもってて!」
「ねえ、なにするの?」
律儀に絵本を受け取ったロジオンは、再度質問してきた。
「ライオネルさん、おどろかすの!」
「怒られるよ?」
「いいの! ふたして、ふた!」
「はあ……」
ロジオンはため息をつくと、箱に蓋をした。
「まっくら!」
「じゃあ、やめようよ」
「でも、そこはかとなくあんしんする」
「なに、言ってるの……?」
ロジオンの困惑する声に、靴音が重なる。
誰かきた!
どきどき! わくわく!
「おや、ロジオンどうしました?」
「あ、ライオネル父さま」
「アリシアは一緒ではないのですか? 今日は来る予定でしょう」
「えっと……」
よっしゃ! ライオネルさんだ!
いくぞー!!
茶葉の入った包みを右手でぶら下げる。
そして……。
「ばっばーん!!」
蓋を開け、勢い良く立ち上がる。両手は上にピンと伸ばして!
「アリシアちゃんだよ!!」
驚いた? ライオネルさん、びっくりした?
期待に満ちてライオネルさんを見れば、真顔になってた。
あれー?
ドッキリ成分少なかったかな?
「アリシア」
「はい!」
ライオネルさんが名前を呼んで近づいてきた。
元気よく返事をしたら、ライオネルさんはすっと右手を上げた。
そのまま、ぺちんと頭をはたかれた。
「あいにゃっ」
「備品の入ってた箱で遊ばない!」
あんまり痛くなかったけど、ライオネルさんに叱られたのは理解した!
「ライオネル父さま、アリシアはまだ小さいから……」
「年齢は言い訳にはなりませんよ。それに小さいからこそ、きちんと叱らねばいけません」
「う……」
庇ってくれたロジオンが黙る。すまねぇ、私がだめなんだよね。
「アリシア、ロジオンがあなたぐらいの時はもっとしっかりしていましたよ」
あれ?
ロジオン自慢入ってる?
「あと、いたずらをする元気はいいですが。もう少し慎みを持ちなさい」
いいですねと念を押されたので、頷いた。自信ないけれど……。
そうしたら、頭を撫でられた。
「ごめんなさいでした」
「はい、よろしい」
ライオネルさんは頷くと、ロジオンの持つ絵本に気がついたようだ。
「アリシアに絵本を読んであげようとしたのですか?」
「うん」
「えらいですよ、ロジオン」
褒められたロジオンは、すごく嬉しそうだ。
うん。
ロジオンは、愛を知っている。
それが、すごく嬉しい。
なんだか、涙が出そうなのでごまかす為に、茶葉の包みを掲げた。
「ライオネルさん! クッキーのおれい! おかあさまが、おいしいちゃばがあるからって!」
「おや、ご丁寧にどうも。そうですねえ、二人にはミルクを用意しますので、一緒に飲みましょう。お菓子もありますよ」
「やったあ!」
「ありがとうございます!」
ロジオンと二人喜ぶと、ライオネルさんは優しく微笑んだ。
それは、幸せに満ちたもので。
私は、また涙が出そうになったけど、我慢した。
ロジオン、良かったね!