第五話 ロジオン
お母さまの腕のなかで、私は感動していた。
ロジオンだ。
ロジオンがいる!
小さなロジオンは、うかがうようにジェシカさんを見上げている。
ジェシカさんは、にっと笑った。
「どうした、ロジオン! 緊張してんの?」
と、ロジオンの頭をわしゃわしゃ撫でた。
あ! 羨ましい!
「わっ、わっ!」
ロジオンはなされるがままだ。
頬を染めた顔は、眼福だった。
ありがとう、ジェシカさん。
「ほら、ロジオン! エティアは知ってるだろ? エティアの娘のアリシアちゃんだ。挨拶しなよ」
「う……」
くしゃくしゃになった髪を触っていたロジオンが、上目遣いで見てきた。
え、すごく可愛い!
幼いロジオン、可愛いよー!!
尊い……。
「お、俺……」
ロジオンは視線をさまよわせている。
落ち着かない様子だ。
どことなく、怯えているような……。
もしや、私怖がられてる?
え、すごくショックなんだけど。
私、何かしてしまっただろうか。
「あの……」
私は無害だとアピールすべく勇気を出して話しかけたのだけど、ロジオンは体を大きく震わせた。
真っ赤な目が私を見る。
ロジオンの目に私が映っていることに、感動した。
でも、それは一瞬のことで。ロジオンはすぐに目を逸らし、唇を噛むと身を翻した。
「あ、ロジオン!」
ジェシカさんが止める間もなく、ロジオンは走り去ってしまう。
私は呆然としていた。
ロジオンに、大好きなロジオンに、嫌われた?
そんな……。
「ごめん、アリシアちゃん。ロジオンは、同年代の子が、怖いんだと思う」
「アリシア、気にしないで。あの子は今、心が痛いの」
ジェシカさんとお母さまの言葉に、ぴくりと反応する。
怖い? 心が痛い?
ロジオンは、ここで幸せに暮らしているはずだ。
癒し手と神官が、大事に育てているのだ。
なのに。
さっきのロジオンは、確かに傷ついた顔をしていた。
彼に何があったのだろう。
「アリシアちゃん。ロジオンは、寂しいんだ。その寂しさは、あたしたちでは、埋めてあげられないんだよ」
ジェシカさんが悲しそうに言う。
その様子に確かな愛情を感じて、安堵した。
今のロジオンは、ちゃんと愛情のなかに生きている。
「……わたし、あのことおはなししたい」
私はゲームのロジオンしか知らない。
今のロジオンの痛みや寂しさを、知らないのだ。
お母さまが言っていたお友達とは、ロジオンのことで間違いない。
私は、友達になりたい。
ロジオンと笑い合いたい。
それには、一歩踏み出す勇気が必要だ。
「アリシアちゃん、ロジオンとお話してくれるの?」
「うん!」
私は大きく頷いた。
ロジオンは逃げてしまったけど、追いかけるのは私の意思だ。
本当に私が嫌いなのかは、聞かなくては分からない。
「ジェシカ。ロジオンの行き先は分かるかしら?」
「ああ! 任せて!」
お母さまが私をおろした。
そして、頬を両手で包む。
「アリシア、ロジオンをお願いね」
「がんばる!」
おでこにキスをしてもらった。
勇気百倍だ!
お母さまと別れ、ジェシカさんに連れられたのは可憐な花々が咲き誇る花畑だった。
敷地内にこんな場所があるなんて、さすがは『乙女の園』だ。
花畑の真ん中では、ロジオンがこちらに背を向けてうずくまっていた。
「悲しい時は、いつもここにいるんだよ」
「かなしいのは、いやだね」
「……うん。あたしがいるとあの子遠慮しちゃうからさ。アリシアちゃん、頼んだよ」
「うん」
ジェシカさんは木の陰に隠れた。
見守ってくれるのだろう。ロジオン、大切にされてるね。
私は真っ直ぐロジオンのもとに歩いていく。
「おにいちゃん」
私はそう話しかけることにした。
ロジオンの方が年上だ。間違ってないだろう。
ロジオンの肩が揺れる。
でも、逃げる気配はない。少し安心した。
私は、小走りでロジオンの前に立つ。
ロジオンは俯いたままだ。
「おにいちゃん」
もう一度話しかける。
「……何しに、きたの」
反応があった。
無視されなかったことに、安堵した。
どうやら、ロジオンは素直な子に育ったようだ。ひとを無視するのに気がとがめるほどに、優しい子に。
「おはなししたくて、ついてきたの」
「俺は、つまらないよ」
ロジオンは俯いたまま、声を震わせた。
「……呪われた子、だから」
驚愕に、目を見開いてしまった。
誰だ! ロジオンにそんなひどいことを言ったのは!
ロジオンは、こんなにも可愛いのに!
嫉妬? ロジオンに嫉妬したの?
いや、それよりも!
重要なのは、ロジオンが傷ついていることだ!
「おにいちゃん、おにいちゃんにいじわるしたひと、ちょっとなぐってくるよ」
この拳をもって制裁する!
大丈夫、力は弱いが全体重をかければ、いける!
「え……?」
ロジオンが顔を上げた。
ぽかんと口を開いている。
どんな表情でも、ロジオンは可愛い。
「ちょっとまってね」
私はしゃがみこむと、周りをきょろきょろする。
「な、何してるの?」
「いし、さがしてる。こいしでもにぎれば、いりょくがますよ!」
「あ、危ないよ!」
ロジオンの叫びに、私は感動した。
「てきになさけをかけるなんて、おにいちゃんやさしいね。だいじょうぶ。まちがえちゃったていうから!」
「ま、間違えちゃうかなあ……?」
「ひとはだれしもあやまちをおかすのでしょう?」
「難しい言葉知ってるね……」
ふんふんと鼻息荒く石を探す。
ロジオンは、困った顔をしていた。
「あ! てごろないしあった!」
「見つけちゃったかあ」
小石を握ろうとしたら、あろうことかロジオンに奪われた。
ロジオンを見て、ハッとした。
「おにいちゃん、みずからてをくだすの?」
「俺、そんなことしないよ……」
「うーん?」
「そこで、首をかしげるのがわからない」
ロジオンは小石を遠くに投げてしまった。
「あ! アレキサンダー!」
「え、名前つけてたの?」
「みじかいつきあいだった……」
「俺は、良いことしたんだね」
ロジオンは息をはくと、花畑に寝転んだ。
私も寝転ぶ。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
「……何?」
「いまきづいたけど、しろいワンピース、よごれた」
「何で、寝転んだの……」
「おにいちゃんのまねしたら、よごれた」
「そっか」
「かなしい」
しゅんとして言えば、ロジオンの体が震えた。
「ないてるの?」
「違う、笑ってる」
なんだ。良かった、良かった!
ロジオンに泣かれたら、悲しくなっちゃうもん。
「えっと、アリシアだったよね」
「アリシア、さんさいだよ」
「そっか、俺はロジオン。五歳だよ」
ほう!
ロジオンは二つ上か!
「ロジオンおにいちゃん」
「ロジオンで、いい」
「うい」
呼び捨て許可出ちゃった! やったあ!
「ロジオン、アレキサンダーにせいさがしていい?」
「だめ」
「エリザベスさがす」
「名前変えただけだよね?」
ロジオンは、困ったように笑った。
悲しい表情はもうない。
ロジオンが身動ぎして、私の方に体を向けた。
「アリシアは、俺怖くないの?」
「ないよ?」
ロジオンを怖がるだなんて!
あり得ない。尊いなら分かるけれど。
「俺の目、赤いでしょ?」
「ルビーみたいできれい。うっとり」
「……魔力も強いし」
「まほうつかえるの!? えらばれしもの!!」
「怒ったりすると、物が浮いたり……」
「いりゅーじょん!!!!」
「うん、もういいや」
ロジオンは苦笑した。
おや、まだまだ話したいのだけど。
話が終わってしまったのかと残念に思っていたら、ロジオンはまた口を開いた。
お! 会話続行! やった!
「癒し手の母さまたちや、神官の父さまたちに迷惑をいっぱいかけちゃったんだ」
ロジオンは寂しそうに笑う。
「だから、友達を作って安心させたかったけど。皆、俺を怖がって、嫌っていったんだ」
つまり、呪われた子と言ったのは、子供たちなのか。
なんと、嘆かわしい!
「まってて! いま、エリザベスさがすから!」
「ちゃんと、話聞いて」
「はい」
ロジオンの言うこと、聞くよ!
私、良い子だもの!
「寂しかった。でも……」
ロジオンはじっと私を見た。
そして、笑う。
とても綺麗な笑顔だ。
「今は平気」
「それって……」
期待してもいいのかな?
ロジオンは、私の頭を撫でた。
とくんと胸が高鳴る。
「アリシア。俺と友達になってください」
ロジオンの言葉に、私は喜びが全身をかけめぐっていくのを感じた。
私の答えは決まっている!
「ロジオン、よろしく!!」
「わっ!!」
思いっきりロジオンに抱きついた。
そのまま、ころんころんと、二人で転がってしまう。
「あぶ、危ないよ! アリシア!」
「えへへ」
だって嬉しいんだもん!
「いまなら、アレキサンダーとエリザベス、いっぱいさがせるきがする!」
「それは、だめ」
「えー……」
不満たらたらな私を見て、ロジオンは声を出して笑った。
笑われたのは解せぬが、ロジオンが楽しそうで良かった。
「アリシア、ありがとう」
笑いをおさめた後に、はにかむロジオン。
とても可愛かったです。
尊い!