第四話 乙女の園
「おかあさま、かわいい?」
「ええ、凄く可愛い!」
「えへへ!」
お母さまに髪を結ってもらい、私ははしゃいでいた。
リボンはお気に入りの青色にしてもらった!
だって、今日は『乙女の園』に行けるのだ。ロジオンが暮らす場所に!
オシャレしなくちゃ、失礼だ!
ふっふっふ。
ゲームのロジオンを思い出す。
艷やかな黒髪に、切れ長の赤い目。すらっとした手足。
凄い美形だった!
ああ、会いたい! 声を聴きたい! いや、会えずとも同じ空間にいたい!
『子供になった』ロジオンに!
そう!
今のロジオンは、子供なのだ!
お父さまルートでのロジオンは、消滅する瞬間に涙を流し、愛を欲していた。
そのロジオンに、幼い頃の自分を重ねたお父さまが手を伸ばしたのだ。
消滅に巻き込まれる危険があったにもかかわらず、ロジオンを救いたいと。
そして、ロジオンの想いを知り、悲しんだお母さまが奇跡を起こしたのである。
お父さまを危険から救いたい。
ロジオンの悲しみを癒したい。
その感情が、ロジオンの心にあった闇だけを打ち消し、消滅を防いだのだ。
お母さま、素晴らしい!
そして、ロジオンを構築していた大多数の闇が消え、彼の抱いていた微かな希望が残った。
希望は形となり、ロジオンは赤子として再構築されたのである。
そして、赤子となったロジオンは、『乙女の園』にて大事に育てられることになった。
それが、ロジオンの生存ルートだ。
素晴らしい……本当に、素晴らしい……。
「おかあさま、ありがとう」
「ええ、我ながら綺麗に結えたわね」
いえ、奇跡を起こしてくれて、ありがとうなんです。
「エティア、アリシア。準備は終わったかい?」
制服姿のお父さまが部屋に入ってきた。
「おとうさま、かわいい?」
くるくる回ってみせれば、ワンピースがひらりと翻る。
このワンピースは、昨日見つけた純白のワンピースだ。
お母さまに着せてもらい、気分はお姫さま。
お父さまが、にこりと微笑んだ。
「可愛いよ。ものすごく」
「わーい!」
ばふっとお父さまに抱きついた。
頭を撫でられ、嬉しくなる。
「ラティス、私たちはもう行けるわ」
ドレッサーの上を片付けたお母さまが、微笑んで言った。
勤務先が同じなので、お父さまとお母さまは一緒に出勤している。
今日は私も一緒だ。
「それじゃあ、馬車を待たせているから。行こうか」
「はーい!」
お父さまと手を繋ぎ、部屋を出る。
お母さまがメイドさんに「後は頼みました」と言って、隣に並ぶ。
よく考えたら、初めての外出だ!
今まではお庭までしか出たことなかったもん。
「おかあさま、はやくいこう!」
「ふふ、慌てなくても大丈夫よ」
「そうだね。時間に余裕もある」
お母さまたちは笑っているけど、私は胸の高鳴りが止まないのだ!
はやく、はやく!
「おそと、たのしみ!」
玄関ホールでは、使用人さんたちが並んでいた。お見送りだ!
いつもは私が見送る側だけど、今日は違う。見送られる側だ!
「旦那さま、奥さま。そして、お嬢さま。お気をつけて」
家令さんが深々と頭を下げると、後ろにいる使用人さんたちが倣う。
「行ってらっしゃいませ」
うむ、行ってきます!
私たちは、外に停められた馬車に向かう。
うわあ! 馬だ! 大きい!
「うま! すごい!」
「アリシア、馬初めてよね?」
「うん! えほんでみた!」
本当は、前世テレビで見たんだけどね!
「今度、お父さまの馬に乗るかい?」
「いいの?」
「ああ、お父さまと一緒なら大丈夫だよ」
「やったあ!」
楽しみが増えた!
「旦那さま、そろそろなかへ」
御者らしき人が馬車の扉を開けて待っていた。
お母さまはすでになかで座っていた。
「ああ、今行くよ。さ、アリシア」
お父さまが私を抱き上げる。抱っこだ!
そしてそのまま馬車のなかへ!
「おかあさま!」
お父さまから、お母さまの腕へ移動!
お母さまが隣に座らせてくれた。
お父さまは向かいの座席に座った。
扉が閉まる。
ゆっくりと馬車は動き出す。
「ばっしゃ、ばっしゃ!」
足をぷらぷらして、窓を見る。
我が家が遠のいていく。
「アリシア、聞いてほしいの」
お母さまが優しい声で言う。
なんだろう?
「今から行く場所で、お友達になってほしい子がいるの」
「おともだち?」
当然ながら生まれて三年の私には、まだ友達はいない。
友達かあ。
「アリシアなら、きっと仲良くなれるわ」
「わたし、ともだちほしいよ!」
遊び盛り。遊び相手どんとこいだ!
お母さま推薦なら、きっと良い子だよ!
「たのしみ!」
「良い子ね」
お母さまが頭を撫でてくれた。えへへ。
お友達候補は、『乙女の園』にいるのかあ。
あそこって、ゲームだと大人ばかりだったような。おや?
「アリシア、窓を見てごらん」
引っかかりを感じたけれど、お父さまに言われ外を見る。
「わあ……!」
窓の外は、まさに外国だった。
煉瓦作りの家々。
街ゆく人々。
見慣れない景色がそこにはあった。
そして、空を見て驚いた。
電線のない空には、円形の光の輪っかがあったのだ。
「おとうさま! あれ、なに!」
「ああ。女神の光輪だね」
「めがみさま?」
女神さまは知っている。
私が住む国ーーアルミシティアは、女神さまを信仰しているから。
豊穣と癒しの女神、アルテさま。
お母さまや『乙女の園』の癒し手に力を与えていると言われてる神さまだ。
「あの光は、女神さまの加護が具現化したものなの」
「おお……!」
お母さまの説明に目を輝かせる。
そういえば、ゲームのスチルにもあった。輪っかが描かれてた。
最初の頃にチラッと説明があった気がする。
なにせ、共通ルートのテキストはスキップ機能で早送りしてたから。すっかり忘れてた。
「女神の光輪の中心に、お母さまがお仕事をする場所があるんだよ」
「そうなの!?」
「ええ。『乙女の園』は、中心地に建てられるから」
凄いなあ!
ますます楽しみだ!
早く着かないかなあ。
わくわくしながら、景色を眺め続けた。
馬車が止まったのは、しばらくしてから。
景色が止まったので、私はお母さまを見上げた。
「ついた? とうちゃく?」
「ええ、お待ちかねの場所よ」
「やった!」
馬車の扉が開いた。
私はお父さまに向けて両手を伸ばす。
お父さまは、軽々と私を抱き上げてくれた。
「さ、アリシア。馬車から降りるよ」
「うん!」
お父さまに抱っこされたまま馬車から降りる。
お母さまは御者さんの手を借りて続いた。
私の視線に気づくと、微笑んでくれた。
「アリシア。ここが、『乙女の園』の、裏門よ」
言われてお母さまの視線を追う。
白い壁と、入り口らしき門が見えた。門の奥には、白い建物が見える。教会のような外観だ。
「私たちのような癒し手と守護騎士は、ここからなかへ入るの」
「お、おおきいね」
「そうだね。騎士の訓練所もあるし、生活する為の建物もあるからね。広い庭もあるよ」
「おー……」
さすが、国公認の施設だ。
教会の後ろ盾もあったはずだし。
規模が違う。
壁の先が見えないよ……。
「じゃあ、エティア。アリシアを頼むね」
「ええ、頑張ってね」
お父さまから、お母さまの腕へと移動した。
ここから、別行動なのか。
「おとうさま、またね!」
「ああ。アリシア、お母さまの言うことをよく聞くんだよ」
「うん!」
お父さまは笑顔で手を振り、門をくぐり歩いていった。
「それじゃあ、行こうか」
「はーい」
我が家に帰る馬車を見送り、私を抱っこしたお母さまは歩き出す。
お父さまが歩いていった方向とは、逆だ。
教会らしき建物から逸れて向かった先には、白くて四角い建物があった。
花壇と木々に囲まれた、雰囲気の良い場所だ。
「あそこが、癒し手が生活する場所よ。私みたいに結婚したら婚家に行くけれど、そうでない癒し手は、あそこで暮らしているの」
「ほー」
確かに教会に比べたら小さいけど、それなりの規模がある。
建物の前に、裾の長い白いワンピースを着た女性が立っていた。赤くて長い髪が鮮やかだ。
「おーい、エティア!」
手を振ってお母さまを呼んでいる。
「ジェシカ!」
女性の名前かな? お母さまは親しい様子で女性に近づいた。
女性はお母さまと歳が近いようだった。
ゲームでは、お母さまと仲の良い癒し手が何人もいた。その一人だと思う。
よく名前が出てたのは、アリスという金髪の女の子だったけれど。
「その子が、アリシアちゃん? エティアを小さくした感じだねえ。可愛い」
女性ーージェシカさんはにこやかに私を見た。優しい人みたいだ。
「はじめまして。アリシア、です」
「挨拶できて、えらいねえ。あたしは、ジェシカよ。あなたのお母さんの友達! よろしくね!」
「はい」
お母さまのお友達なら、良い人決定だ。
私は安心して、笑いかける。
「ジェシカ、あの子はどこかしら?」
「ああ、そうだったね。うーん、一緒に来たんだけど、さ」
お母さまに困ったように笑い、ジェシカさんは後ろを見た。
後ろには、建物の玄関がある。
左右にある白い柱が、玄関の屋根を支えているようだ。
「おーい、出てきなよ」
ジェシカさんが声をかけると、右の柱から何かが見えた。
青色の服。よく見れば、影が伸びている。誰かが隠れているようだ。
「昨日は会うって、決めたでしょ。約束は破ったら駄目だ」
「だって……」
小さな声が聞こえた。子供の高い声。
「ロジオン!」
ジェシカさんの声に影がびくりと動く。
私も身体を震わせた。
え? ジェシカさん、今なんと?
その名前、まさか……。
驚く私の前で、柱から五歳くらいの男の子がおずおずと出てきた。
私は目を見開く。
男の子は、艷やかな黒髪に、透明な赤い目をしていたから。
会いたかった存在が、目の前にいた。