第三話 私のこと
翌朝、特に違和感もなく、すっきりと目が覚めた。
うん。気分の悪さもない。
「あたま、すっきり」
前世の記憶による混乱もない。良かった。
まだ早い時間だからか、カーテンの閉まった部屋は薄暗い。
お母さまが来るまで、時間もある。
二度寝すべきだろうか。
でも、眠くない。昨夜は、ずいぶん早くに寝たから、睡眠はバッチリだ。
よし、起きよう。
「よいしょ」
ベッドから降りて、布が被された姿見に向かう。
ぴょんぴょん跳んで、布を掴む。
バランスを崩し、布ごと尻もちをついた。
「あいにゃっ!」
可愛い声が出た。
うむ、小さい子の特権だ。今度、お母さまとお父さまの前でやろ。
体重軽いから、お尻もあんまり痛くない。
布が落ちて、姿見が見えた。
よし、目標達成だ。
「うーん、くらくて、よくみえない……」
部屋の暗さを忘れていた。
しかし、私はへこたれないぞ。
立ち上がると、窓へと向かう。
長いレースのカーテンだから、私でも掴める。
まずは、左側のカーテンから。
「よっ、と……!」
カーテンを引くと、朝日が部屋に差し込む。
眩しい。
あいにく身長が足りなくて、景色は見えない。空はよく見えた。お母さまの目の色だ。
「おー」
綺麗だなあ。
「もう、かたほうも!」
右側のカーテンも引く。
部屋はすっかり明るくなった。
達成感に胸を張る。
そして、姿見へと向かった。
ドキドキしながら、姿見の前に立つ。
「な、なんと……!」
想像していたよりも、ずっと可愛い女の子が映っていたのだ。
いや、今までも鏡を見る機会はあった。
でも、自分の外見ってちゃんと気にしたことなかったのだ。
なんてもったいないことをしていたんだろう。
「さすが、おかあさまとおとうさまのむすめ!」
サラサラの銀色の髪は、肩より下の長さ。お父さまとお揃い!
ぱっちりした目は、空色。お母さまの色だ。
顔立ちもお母さまそっくり!
優しい雰囲気がある。
美少女だ! 美少女!
「はっ!」
閃いた!
私は洋服箪笥へと走った。
バーンと一番下の箪笥を開け、中を見る。
お母さまが揃えてくれた可愛い洋服がいっぱいだ! 綺麗に畳まれている。
うわあ、楽しくなってきた!
どれにしようかな!
「うんしょっ」
ずるずると薄緑のワンピースを出す。
「うーん……?」
なんか、違う。可愛いけど、ちょっと違う。
今度はピンク色のワンピース。
レースいっぱい。
着てみたい。
「でもなあ……」
あざとすぎる気がする。
理想はもっと、こう、淑やかな感じが……。
次々に洋服を引っ張りだす。
だけど、なかなかこれだ! という服が見つからない。
ふと、白い色が見えた。
気になり、引っ張った。
「おお……!」
出てきたのは、純白のワンピース。
袖に細かな刺繍が施されている。
子供服とは思えない美しさだ。
これだよ、これ!!
私はワンピースを抱えて、姿見の前に戻る。
ワンピースを体に合わせると、私の銀髪によく似合った。
「かわいい!」
自惚れてしまう。可愛いよ、私!
これは、ぜひとも着なくては!
しかし、問題があった。
私は、三歳。未だ、ひとりで服を着替えたことがない。全てお母さまがやってくれていた。
小さな手を見る。やれるか? いや、やるのだ!
まずは寝間着を脱がなくてはならない。
寝間着は、前をボタンで留めてあった。
「えっと、んっと……?」
あれ? うまく外せない。
指が思い通りに動かせないのだ。ボタンも固いし。
もたもたしていたら、部屋の扉が開いた。
「おっ?」
振り向けば、目を見開いたお母さまと、苦笑いのお父さまが立っていた。
あ! 起こしに来てくれたんだ!
挨拶! 挨拶しなきゃ!
「おかあさま、おとうさま」
「アリシア?」
おはようございます、までは言えなかった。
お母さまに遮られたのである。
おや?
お母さま、笑顔だけど。なんだか、怖い?
どうしたんだろうか。
お母さまが、お父さまを見る。お父さまは頷くと、私の方へと歩いてきて、しゃがんだ。
お父さまの紫の目に、きょとんとしている私が映る。
「お部屋、どうしたのかな?」
「え?」
部屋?
お父さまの視線が私の後ろを見ていたので、振り向く。
そして、絶句した。
私の部屋は、無残な姿になっていたのだ。
洋服箪笥の周りには、無数のワンピースが散らばっている。
元は綺麗なものだったのに、乱暴に扱われたのか、しわくちゃだ。
誰がやったのか。
私だ。
先ほどまでのハイテンションを思い出して、血の気が引く。
そうか。お母さまを怒らせてしまったのだ。
そして、お父さまが私に話しかけたことで、全てを理解した。
お説教タイムが始まるのだ。
「アリシア」
「は、はい……」
お父さまに呼ばれ、私はびくびく振り返る。
お父さま、真剣な顔だ。
「お洋服を、大事にしなかったね?」
「う……」
「どうしてかな?」
お父さまに問われ、俯く。
自分が悪いことはわかっている。
だけど、お父さまに叱られるのは堪えるのだ。
でも、お父さまは理由を言わなければ駄目だと、目で訴えていた。
「……かわいい、ふく、さがしてたの」
「可愛い服?」
「きがえたかった、から……」
おずおずと話せば、お父さまは顔を覗き込んできた。
まっすぐ、目を見てくる。
「アリシアは、自分で着替えたかったのかい?」
「うん……」
正確には、自分の可愛さに酔いしれた結果だけど、それは言えない。恥ずかしい。
「そう、それはえらいことだよ。でもね、お洋服を大事にしないのは駄目だよ。お洋服を作ってくれた人や、お洗濯して綺麗にしてくれた人が悲しい気持ちになる」
ワンピースは、綺麗に畳まれていた。
メイドさんの努力もある。
それを私は台無しにしてしまった。
「アリシア」
お父さまが優しい声で呼んだ。
「今の君が感じてる気持ちを大事にしなさい」
「お、お父さま……」
「うん」
おずおずと、顔を上げる。
「ごめん、なさい!」
「うん、よくできました」
お父さまに頭を撫でられ、気持ちが落ち着いた。
お母さまを見れば、怖くない笑顔だ。
お母さまも私の前でしゃがむ。
「よく謝れたわ。えらいわ、アリシア」
「おかあさま」
「さ、私と一緒にお洋服を片付けましょう」
「うん!」
ワンピースたちはくしゃくしゃだ。
シワを伸ばさなくてはならない。
メイドさんに迷惑をかけてしまう分、片づけだけはちゃんとしなくちゃ。
「アリシア、自分でカーテンを開けたの?」
「うん!」
「そう、すっかりお姉さんね」
そんな話をして片づけをした後に、部屋に来たメイドさんに謝りながら渡した。
メイドさんは、困ったように微笑んでいた。
本当に、ごめんなさい……。
これから、良い子になります。
片づけの間、部屋から出ていたお父さまが戻ってきた。
お父さまは、思案げにお母さまを見る。
「エティア、今回のことだけど。アリシアの自立心が芽生えているんだと思う」
「私も、そう思うわ」
お母さまに抱きついていた私は、会話する二人を見た。何の話だろう。
「自分で考えられる。そして、なにより。アリシアは良い子に育った」
お父さまに撫でられ、私は照れた。
失敗しちゃったけど、良い子だって!
「……この子なら、会わせても良いと思うんだ」
お父さまの言葉に、お母さまは息を呑む。
でも、見上げる私を見ると、頷いた。
「そうね。アリシアなら、大丈夫よ」
「おかあさま?」
二人の会話の意味が分からず、首をかしげていると、お母さまが微笑んだ。
「アリシア。明日、お母さまはお仕事があるのを知っている?」
「うん」
お母さまは結婚してから、『乙女の園』の癒し手としての仕事を週に三日こなしている。
お母さまがいない日は、お母さま付きのメイドさんが相手してくれるから、ちゃんと理解していた。
そして、明日はお母さまが『乙女の園』に行く日なのだ。
「明日、お母さまに付いて来てほしいの」
お母さまの言葉に、目を見開いた。
お母さまに付いていく。
つまり、『乙女の園』に行けるのだ。
「いきたい!」
即決である。
何故なら!
生存ルートでのロジオンは、『乙女の園』にいるのだ!!
ロジオンに会えるかもしれない。
いや、会えなくとも、同じ場所に居られるのだ。
行くべきだ!
お父さまとお母さまが微笑ましく私を見守っているなか、私は推しに会えることに内心狂喜乱舞である。
待っててね! ロジオン!