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第二話 お父さま

「はい、アリシア」

「あーん」


 椅子に座ったお母さまがスープをお口に運んでくれたので、口を開ける。

 カボチャのスープ、美味しい。


「おかあさま、もっとー」

「ふふ、甘えん坊ね」


 三歳だから、いいのである。

 甘えたい時に甘えなければ、損なのだ。

 お母さま付きのメイドさんが、にこやかに口もとを拭ってくれる。

 本来なら、私にもメイドさんが付くはずなのだけど。

 お母さまはもともとは、庶民。自分の手で育てたいと、メイドさんはつけなかったのだ。

 もう少し大きくなったら、専属のメイドさんがつくと思う。

 それまでの間、お母さまにべったりでも許されるのだ。三歳、素晴らしい。

 お父さまは、伯爵家の次男で守護騎士。様々な功績を認められ、領地もあるんだよ。

 よく領地を管理してくれている人の使いが来るもん。


「アリシアさま。食後の薬湯をご用意しますね」

「えー……」


 薬湯……苦そうな響き。

 飲みたくないと、ちらちらとお母さまを見ると、苦笑していた。


「アリシア。甘い味にしてあるから、飲みましょう」

「ほんとう? にがくない?」

「ええ、お母さまが嘘ついたことあったかしら?」

「ないよ!」


 元気いっぱい答えると、頭を撫でられた。ふへへ。

 仕方ない。お注射がないだけ、マシだ。うん。


「さ、アリシア。あーん」

「あーん」


 ご飯が再開され、お口を開けた。

 すると、くすくすという笑い声がした。

 口をもごもごさせながら視線を移せば、部屋の扉にお父さまが立っていた。守護騎士の制服を着てる。

 急いでスープを飲み込んだ。


「おとうさまだ!」

「まあ、ラティス。お帰りなさい」


 お母さまがスープを横のワゴンに起き、椅子から立ち上がる。

 ご飯、中断。

 お父さまのほうが優先だ。

 お父さまはお母さまを抱きしめた。サラサラの銀髪が、お母さまの頬にかかる。

 キスしてるー。


「ただいま、エティア」

「お帰りになったのなら、お迎えしたのに」

「ごめんね。アリシアが心配で、そのまま部屋に来たんだ」


 そして、お父さまの紫の目が私に向く。

 ほっとしたように顔を和ませた。


「良かった。目が覚めたんだね」

「しんぱいかけて、ごめんなさい」


 お父さまが制服のままなのは、着替える時間も惜しんで駆けつけてくれたのだ。

 いつもは埃が着いてるからと、着替えてから会いに来てくれるのに。

 それだけ、不安があったんだ。娘が目の前で倒れたのだから、当たり前だけど。


「アリシア」


 お父さまが私の名前を呼ぶ。優しい声だ。

 お母さまから離れたお父さまが、ベッドの横でしゃがんだ。

 私と目線を合わせた。


「お父さまは、アリシアが大好きだよ」

「ア、アリシアも、すき」


 お父さまは、自慢のお父さまだ。


「ありがとう、アリシア」


 お父さまは微笑んだ。

 なんて、綺麗な笑顔だろう。


「大好きなアリシアを心配するのは当たり前だ。だから、謝る必要はないんだよ。ね?」

「うん……」


 諭すように言われ、頷く。

 お父さまは、私の頭を撫でた。


「アリシアが無事で良かった。ほら、いつものように笑顔を見せてごらん」

「うー……」


 いや、なんだか恥ずかしくて。口もとがひくひくしてしまう。

 もぞもぞした衝動のまま、お父さまに抱きついた。


「おや、笑顔を見せてくれないのかい?」

「いまは、ぎゅっとするのがいい!」

「そう」


 お父さまは、私の背中を撫でた。なんか、安心するなあ。


「二人とも、仲が良いのはいいのだけど。食事を再開しないと」


 お母さまが、笑いを含んだ声で言った。

 そうだった! ご飯!


「おとうさま、スープ!」

「甘えん坊は終わりかな?」

「うん!」


 お父さまは椅子に座ると、スープの入ったお皿を手に取った。

 カボチャのスープ!


「ほら、アリシア」


 お父さまが柔らかな笑みを浮かべて、スプーンを差し出す。

 ぴんときた!

 これは、あれだな!


「あーん」


 口を開ければ、カボチャのスープの味が広がる。

 いつもは、ひとりで食べられるけど。仕方ないよね。今日は、安静にしなきゃいけないんだから! 仕方ない、仕方ない。


「おいしい」

「良かったね」


 お父さま、にこにこだ。

 お母さまが、ちょっと呆れている。


「ラティス、羨ましかったのね……」

「当然だよ。君たちだけ、仲良くしているのはずるい」

「もう。時々子供なんだから」


 お父さまは手を止めずにスープを運んでくれる。

 美味しいなあ。


「いいじゃないか。甘えてもらえる時間は少ないのだから」

「寂しい?」

「ものすごくね」


 ふむ。

 つまり、甘えるのに手加減はいらないということ?


「アリシア、おとうさま、だいすきだよ」


 スープを飲み込み、はっきりと言い切る。

 お父さまがお母さまを振り返る。


「聞いたかい? さっきは好きだったけど、今度は大好きだって!」

「ラティス、顔がにやけてるわ。アリシアが可愛いのはわかるけれど」

「愛しい君との子供なんだ。可愛くないわけがない」

「……もうっ」


 あ、お母さま、照れてる。

 お父さま、ご機嫌だ。


「エティア、ありがとう。今の幸せは、君がいなければなかったよ」

「ラティス……」


 お母さまが、軽く目を見開く。

 そうだ。お父さまは、早くに両親を亡くしている。若くして当主に就いた兄は、多忙で触れ合う機会がなかったのだ。

 幼いお父さまは、一歩線を引いた使用人に育てられた。

 寂しい気持ちを、長らく抱えてきたのだ。


「君に出会うまで、ひとと関わるのが苦手だった」


 お父さまが穏やかに話す。

 お母さま付きのメイドさんは、少し離れて控えている。空気を読んだのだ。もちろん、私も空気を読んで静かにしている。


「愛情が分からない私に、君は辛抱強く付き合ってくれた。君を愛して、私は強くなれたよ」

「それは、ラティスが自分で得たものよ」

「……やはり、君は素敵だね」


 背を向けてるお父さまの顔は、お母さまには見えない。

 でも、私は見た。

 お父さまが、凄く幸せに微笑んでいるのを。


「愛しているよ、エティア」

「私もよ」


 お母さまも、愛しいという想いを込めてお父さまを見ている。

 なんて、美しい愛だろうか。

 私、本当に二人の娘で良かった!

 そう思ったのだけど。

 お父さまは、またスープを私に運ぶ。

 そして、笑顔のまま言った。


「早く二人目、ほしいな」

「ちょっと、ラティス!」


 お母さまが、顔を真っ赤にしてお父さまに詰め寄る。

 お父さま……、そういう話は二人きりの時にしてください。

 私、三歳。

 大丈夫、意味理解してないよ。

 そう装ったけれど。

 メイドさんに口もとを拭われたのを見るに、スープこぼしたんだろう。

 お父さま、天然入ってるのかな?


「アリシアさま、薬湯飲みましょう」

「うん」


 メイドさんと会話してる後ろでは、デリカシーに欠けていたお父さまをお母さまが叱っていた。

 でも、たぶんだけど。弟か妹ができる予感がする。

 三歳の勘!

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