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第十九話 お姉ちゃんだ!

 ゆらゆら、温かい水のなか。

 私はたゆたっていた。

 体は、軽い。羽になったみたい。

 ゆらゆら、ゆらゆら。お母さまの腕のなかにいるような心地で、安心する。

 夢見心地でいたけれど、誰かが私を呼んでいることに気がついた。

 知っている声だ。大好きな声。

 いつも穏やかで優しいのに、悲しそうに私の名前を口にしている。

 起きなきゃ。

 ここはとても気持ちがいいけど、でもいつまでもここに居てはいけない。

 早く、起きなくては。

 私の意識が浮上していく。

 それにより、声がはっきりと聞こえた。


「アリシア……!」

「お、とう、さま……?」


 うっすらとぼやける視界に、お父さまの端正な顔が映る。

 お父さま、泣いてる?

 私、なんで自分の部屋にいるんだろう。ベッドに横になっているみたいだし。

 何かした気もするけど、覚えていない。

 ぽたり、雫が頬に落ちた。

 お父さまの涙だ。


「良かった……目を覚ましてくれて……っ」

「お父さま、どこか痛いの?」


 状況がわからず、そんなことしか言えない。

 お父さまは、涙を滲ませた目を細めた。


「違うよ、アリシア。私は嬉しいんだ」

「嬉しい……?」

「覚えてないかい? 君はお母さまを癒やしてから、気を失ったんだよ。それから数時間目覚めなかったんだ」

「お母、さま……」


 ふっと、脳裏に目を閉じたまま動かないお母さまの姿が浮かんだ。

 瞬間的に私は身を起こしていた。


「お父さま……! お母さまは!?」


 そうだ。

 お母さまは、赤ちゃんを生んで……それで……!

 頭から血の気が引いていく。

 お父さまの慟哭を聞いて、部屋に入ってからの記憶が曖昧だ。


「アリシア! 急に動いては」

「だって、だって、お母さまが……!」


 恐慌状態になった私を、お父さまは抱きしめた。

 安心させるように、背中を擦ってくれる。

 ぽんぽんと。


「大丈夫。大丈夫だよ。エティアは、お母さまは無事だ。今は生まれた子と居るよ」

「お母さま……大丈夫?」

「ああ。今、体を休めている。アリシアのことを心配していたよ」

「会える……?」


 お母さまに会いたい。会って、優しい笑顔を見たい。

 お父さまは背後に視線を向けた。

 それで気づいたけれど、部屋にはたくさんの人が居たのである。

 メイドさん数人に、あと、お産の時に見た癒し手の人も。

 その癒し手の女の人がお父さまに頷き返す。


「まだ疲れは取れていませんので、あまり無理をさせなければお会いできます」

「そうか、ありがとう」


 お父さまはそう言うと、私を見た。


「アリシア。お母さまに会いに行こう」


 と、いつもの優しい微笑みを見せてくれた。


 お母さまは、お産をしていた部屋に居た。

 ベッドから身を起こしていて、少し顔が白い。

 お父さまに連れられて部屋に入った私に、微笑んでくれた。


「アリシア」


 お母さまに名前を呼ばれたら、我慢できなかった。


「お母さま!」


 ベッドまで走りより、しゃくり上げてお母さまを呼ぶ。

 良かった。お母さまが居る。

 それだけで凄く安心した。

 お母さまは泣き続ける私の頭を撫でてくれた。


「心配かけてしまったわね。ごめんなさい。でも、アリシアのおかげでもう大丈夫なのよ」

「わっ、わたし、の、おかげ……?」


 泣きながら問うと、お母さまは目を瞬かせたあと、苦笑した。


「そう。覚えてないのね。私の時と同じだわ。大切な人達の為に必死になる。アリシア、貴女はとても素晴らしいことを成したのよ」

「お母さま?」

「今はわからなくてもいいの。いつか、貴女が守りたい人を守る力があることに、気づく時が来るから。だからね」


 そして、お母さまは私の頬にキスをした。


「ありがとう、アリシア。感謝を貴女に」

「う、うん」


 お母さまの言葉には、温かい力があった。

 私は、覚えてないけれど、大切な何かをしたのだ。

 ならば、今はお母さまからの言葉を受け取ろう。


「ふふ、涙は止まったわね」

「うん! お母さまが大丈夫だったから!」


 ぴょんぴょん跳ねると、お父さまが私の肩を叩いた。


「アリシア、ちょっと静かにしようね。起きてしまうから」

「起きる?」

「ふふ、お母さましか見えていなかったんだね。ベッドの横に小さな籠があるだろう。見てごらん」

「籠……?」


 見れば、お母さまのベッドの近くに長い足が付いた籠があった。

 そして、そのなかには白い布に包まった……。


「赤ちゃんだ!」


 叫んでから慌てて口を押さえた。

 危ない。寝てる赤ちゃんを起こすところだった。

 いや、割とさっきまで騒いでいたのに、赤ちゃん起きなかった。この子、大物だな。


「男の子なんだ。アリシアの弟だよ」

「可愛がってあげてね。お姉ちゃん」

「おねえちゃん」


 お母さまの言葉を反芻する。

 おねえちゃん。

 お姉ちゃん!

 私、お姉ちゃんになったんだ!

 じわじわとしたものが、爆発的な喜びに変わる。

 私はそろそろと、籠に近づいた。

 生まれたばかりの赤ちゃんは、しわくちゃだけど。可愛い。私の弟だ。


「お父さま、お母さま。名前は?」


 私は囁くように二人に尋ねる。

 すると二人は、微笑んだ。


「これから皆で考えようか」

「アリシア、良い名前付けましょうね」

「うん!」


 まだ小さい新しい命。

 私の大切な弟。

 早く教えてあげたいな。

 貴方には、お兄ちゃんもいるんだよって!

 幸せになろうね!

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